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ロシアW杯9日目。クラブでは不遇シャキリ、K.ナバスの活躍。流行のロングスローの小さくないリスク

木村浩嗣在スペイン・ジャーナリスト
人間の体はあそこまで四角くなれるのか?という体。ゴール時のタッチはさすが(写真:ロイター/アフロ)

マッチレビューではなく大きな視点でのW杯レポートの8回目。観戦予定の全64試合のうち大会9日目の3試合で見えたのは、クラブでは不遇のW杯のヒーロー、流行のロングスローに潜むカウンターリスクだ。

セルビア対スイス(1-2)でのシャキリは、ポルトガルのロナウドに匹敵するものだった。

つまり、チームを背負い、チームを動かし、勝利に導くという絶対的な存在。ブラジルのネイマール、アルゼンチンのメッシ、フランスのグリーズマン(あるいはエムバペ)が期待され到達していない域にいる、ということだ。今後のスイスのゲームは彼が何をするかを見ていれば良いということになる。

W杯で活躍クラブで不遇。”王様”の正体

前半右サイドに張っていてボールに触れないとなると後半は下がってボールをもらい始めた。監督に与えられた役割は崩しとフィニッシュだったが、そのもう1つ、2つ前の仕事、ボール出しと組み立てにも関与し始めた。それと連動してジャカがプレーに参加し始め、チームのボール支配力が上がり、安心して両SBが攻撃参加できるようになった。シャキリが下がったことでゴール前の決定力が落ちる――ジェマイリ、ツバー、ガブラノビッチでは心もとない――というマイナスはあったが、スイスの2ゴールは3列目のジャカ、シャキリから生まれており、決定力を落としても攻撃回数を増やす、という損得勘定は最終的にはプラスと出た。セルビアは空中戦で圧倒的に強く、それで先制したが、ボール支配率38%ではCK、FKのチャンスすら得られない。

W杯でシャキリを見るのは3度目だ。

その度に素晴らしい選手だと思うのは私だけではないようで、W杯が終わるごとにバイエルン(12年)、インテル(15年)とビッグクラブに白羽の矢を立てられるものの、クラブレベルでは結果を出せていない。代表でのように“王様”扱いされないと、いくらドリブルしても文句を言われない地位を築けないと、つまりエゴを満たせないと、力を出せないのかもしれない。もう30歳くらいかなと思っていたが、まだ26歳。所属クラブのストークはプレミアリーグを降格したから、この夏、移籍市場の目玉となるのは間違いない。

あのレベルのGK冷遇は”集客力”不足?

ブラジル対コスタ・リカ(2-0)を見ると、レアル・マドリーが新GKを探している行為がいかに馬鹿らしいものかわかるだろう。彼がコスタ・リカのゴールを守っていなければ、ロスタイムでの勝利ではなく試合はとっくの昔にブラジルの大勝で終わっていたはずだ。

ケイラー・ナバスの最大の武器は猫のような俊敏な反応だが、もう1つの隠れた武器はボールを弾かないしっかりとしたキャッチング。山のようにシュートを打たれながらボールをこぼしたミスは1つだけで、セカンドチャンスを与えなかった。

CL3連覇で世界一を自認するクラブにケイラー・ナバスが評価されていないのは、メディアに注目される選手ではなく、シャツが売れずスポンサーを引き寄せないからだと言われる。ビジネス化したサッカー界では、選手はグラウンド内の力だけではなく外での“集客力”を問われる時代になっている。そんな時代の犠牲者の1人である。

後半のブラジルに見えたベスト布陣

ブラジルは第1戦より確実に良くなった。

ネイマールの調子が上がっていることもあるが、効いているのは2試合連続ゴールのコウチーニョ。特にこの試合の後半、彼が右サイドでドウグラス・コスタとコンビを組み始めてからブラジルの一方的な攻勢が始まった。それまでのネイマール+コウチーニョ+マルセロのトリオは確かに強力ではあったが、窮屈でスペースを消し合うこともあった。コウチーニョのポジションチェンジにより、右SBダニーロが負傷欠場で攻撃力が下がっていた右サイドが強化され、左右に振られ始めたコスタ・リカ守備陣にギャップが生まれ始めた。

人間があんな倒れ方をするのか?といかにも不自然だったPKがVARに取り消されたネイマールが、ロスタイム7分にゴールを決められたのは大きかった。コウチーニョとドウグラス・コスタの右サイドコンビの確立+ネイマール上向き+ゴールで気を良くする+勝ち点3獲得で一安心となって、ブラジルの視界は一気に開けた。

55分均衡が破れるまでのナイジェリア対アイスランド(2-0)は、この大会ナンバー1の退屈さ。その理由は引き分け狙いにあった。ナイジェリアは負ければ敗退決定で、引き分けは両チームにとって悪い結果ではない。そんな中、ナイジェリアが先制して別の試合が始まったわけだ。2、3戦目になると勝ち抜けのための星勘定が始まり、必ずしも勝利を目指す必要のない試合も出て来る。暗黙の了解の引き分けでグループステージ突破というような事態はFIFAとしては避けたいのだろうが……。

アイスランドの野心と過信

この試合の教訓は2つ。1つは、やはりアフリカ勢に走るスペースを与えると怖い、ということ。これについてはこの記事を参考にしてほしい。2つ目は、流行のロングスローにはカウンターリスクが隠れている、ということ。いずれ計算してみたいが、この大会、セットプレーからの得点が目に付く。ロングスローからの得点はまだない、と記憶するが、クラブレベルではほとんど見ないロングスローがこれほど流行しているのはなぜなのか?

考えられる理由は3つ。1つ目は、攻撃のコンビネーション構築の時間がない代表にとって手っ取り早いオプションであること。2つ目は、アジア勢など極端に空中戦に弱いチームがあるため。3つ目は、短期決戦だから勝ち点の価値が重く、何が何でも点を取る、いわゆる“パワープレー”の必要性に迫られること。明らかに即興としか思えないロングスローをするスウェーデンのようなチームもあったが、その点アイスランドは鍛えられていた。だが、それが過信になったのか? ナイジェリアの先制点は、アイスランドのロングスローからのカウンターによるものだった。

そもそも球の勢いが弱く、回転の素直なスローからのボールは、コントロールしやすい。クリアではなく味方へのパスとしてカウンターにつなげ易いのだ。アイスランドが敷いたのは、とても届きそうにないファーポストに3人を配置する野心的な布陣だったが、その分センターラインがスカスカ。しかも、投げ手は守備的MFのグンナルソンだったので、真ん中に跳ね返されてスタートしたナイジェリアのカウンターを阻止する者が1人少なかったことになる。結果、数的不利で止められずムサの美しいゴールが生まれる。

ブームのロングスローの明らかになった弱点、韓国や日本などにとっては逆に狙い目となるかもしれない。

在スペイン・ジャーナリスト

編集者、コピーライターを経て94年からスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟のコーチライセンスを取得し少年チームを指導。2006年に帰国し『footballista フットボリスタ』編集長に就任。08年からスペイン・セビージャに拠点を移し特派員兼編集長に。15年7月編集長を辞しスペインサッカーを追いつつ、セビージャ市王者となった少年チームを率いる。サラマンカ大学映像コミュニケーション学部に聴講生として5年間在籍。趣味は映画(スペイン映画数百本鑑賞済み)、踊り(セビジャーナス)、おしゃべり、料理を通して人と深くつき合うこと。スペインのシッチェス映画祭とサン・セバスティアン映画祭を毎年取材

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