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ロシアW杯8日目。意気消沈のメッシで考えるエゴとリーダーシップ。敗者の悪循環と勝者の好循環

木村浩嗣在スペイン・ジャーナリスト
メッシは国歌斉唱の時からおかしかった。下を向き額をなで……。苦悩が伝わって来た(写真:Shutterstock/アフロ)

マッチレビューではなく大きな視点でのW杯レポートの7回目。観戦予定の全64試合のうち大会8日目の3試合で見えたのは、メッシの性格とリーダーの適性、第1戦で学んだチームと迷い続けるチームの姿だ。

アルゼンチン対クロアチア(0-3)。アルゼンチンの大敗についてはいろんな解釈があるだろう。流れを決めたGKカバジェーロのミス、第1戦の先発から3人入れ替え4バックから3バックに変えたサンパオリ采配の是非……。が、ここはメッシに絞りたい。アイスランド戦よりも周りは機能していたが、逆に消えてしまったメッシについてだ。

前半のボールタッチ数は20でカバジェーロの22よりも少なかった、というデータがある。「消えた」という表現がこれほどふさわしい例はないだろう。第1戦はボール出しからフィニッシュまで、その是非は別にして攻撃の全部をやりたがったメッシが、この試合では何もやりたがらなかった。それはやはり心の問題ではないのか? あのPKを外してから意気消沈したままのように見えた。

アルゼンチンメディアからは“チームを背負う意識がなかった”という批判が聞こえて来る。”マラドーナとは違う”、と。

メッシとは直接話をしたことはないが、十数年前インタビューを数分立ち聞きしたことがある。蚊の鳴くような声でぼそぼそと答えているのを見て、あー凄く内気なんだな、と思った。その後、大選手となり髭もはやして貫禄も付きインタビューの受け答えも変わった。が、性格はあのままなのかもしれない。内気でナイーブで球を蹴っているのは大好きだが、“祖国の名誉を背負え”と言われても……。

メッシはマラドーナにはなれない、性格的に

要はマラドーナとは正反対なのだ。

目立ちたがり屋でエキセントリックで、ついでに麻薬にも手を染めて、VIP席からチームの一挙手一投足を見張り、試合後は歯に衣を着せない批判だってする、という祖国の英雄とは。何かと比較されるロナウド、ポルトガルを背負って大活躍中の彼にもエゴイスティックな部分はある。少年サッカーならリーダーにはエゴイスティックな者ではなく、うまくて監督の言葉を理解できる頭の良い者を選ぶ。しかし、のし上がるには気持ちの強さも必要で、その結果エゴの塊のようなプロの世界では、リーダーにはさらに強烈なエゴが要る。

疑いなく世界一の選手であるメッシはプレーではチームを引っ張ることができる。しかし、世界中から注目され、厳しいことで定評のあるアルゼンチンメディアから“メッシは友だちを周りに集めた。実質的に監督は彼”などと極論を吐かれる異常な事態でも、平常心でプレーできるほどハートは強くないのではないだろうか?

単独で試合を決められる世界唯一の選手だからこその悲劇である。

敗退は「解放」。メッシの本当の「解放」は?

メッシだけを矢面に立たせず擁護する別のリーダーがいれば、こんなことにはなっていない。グループステージで敗退することはメッシには「解放」を意味するのではないか。そうしてその後、本当の解放=代表引退の可能性もあると見る。

クロアチアは第1戦に学び、ブロゾビッチを先発させモドリッチとラキティッチの守備の負担を減らし、より自由を与えた。その結果ともに1ゴールずつ。が、彼ら2人より光ったのが勝敗が決していたにもかかわらず、90分プレスを掛け続けたマンジュキッチだ。あれで本業は点取り屋のCFだというのだから。本当に良いチームプレーヤーになった。

ああいう選手、ファイトでチームを前向きにさせられる選手は、監督ならぜひ欲しい。プレー上のリーダーはモドリッチかもしれないが、クロアチアの闘争心、ハートはマンジュキッチが代表している。おそらくロッカールームでもリーダーは彼だろう。

フランスが第1戦から学んだ教訓とは?

フランス対ペルー(1-0)でフランスはベスト11を見つけたのではないか。

対オーストラリア戦のメンバーからデンベレOUTでジルーIN、トリッソOUTでマテュイディINで正解。ジルーの役割はマンジュキッチのそれとほぼ同じ。前線からのプレスと相手CB2枚の引き付けとライン押し下げとポストプレー。彼が1つ前で奮闘してくれるお陰で、グリーズマン、エムバペの守備の負担が減りスペースをもらい、しかもジルーとの縦関係のコンビネーションが攻撃オプションに加わり、単なる頭を目がけてのロングボールを脅威に変えられる。

マテュイディ投入はペルーの強力右サイド、カリージョ、アドビンクラを封じ込めることになり、カンテがアンカー、その前に左右にマテュイディとポグバという並びと役割分担を明確にし、配球役ポグバのパフォーマンスを比べものにならないほど向上させた。得点差こそ第1戦と同じだが、フランス強しを強烈に印象付ける内容。ペルーの方は頼みの右サイド、秘密兵器のはずのゲレーロが完全に封じ込まれクエバスも不調で、良いサッカーをする良いチーム止まりでW杯を去ることになった。

チャンスとピンチの連続、駆け引きなし

中立的な立場からの観戦が最も楽しかったのは、デンマーク対オーストラリア(1-1)。

こういう古きイングランド風の、良く走りスピード感あり、ロングボールとサイドからのクロスを主体とした戦法はシンプルで、少々のフィジカルコンタクトで痛がったりもせず、抗議なんて無駄をせず黙々と戦うクリーンで武骨なサッカーには、ラテンとは違う醍醐味がある。両ゴールの間のチャンスとピンチの行ったり来たりに、思わずメモを取る手が止まった。ラテンの裏技の仕掛け合いや戦術家の駆け引きも面白いものの、それだけでは飽きる。

話題のタレント、デンマークのエリクソンは消えてしまう癖が消えず、オーストラリアの19歳、W杯最年少のアルザニは途中出場でも必ず大器の片りんを見せつける。アルザニ所属のメルボルン・シティはマンチェスター・シティの姉妹クラブなので、グアルディオラはもうとっくに目を付けていることだろう。

在スペイン・ジャーナリスト

編集者、コピーライターを経て94年からスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟のコーチライセンスを取得し少年チームを指導。2006年に帰国し『footballista フットボリスタ』編集長に就任。08年からスペイン・セビージャに拠点を移し特派員兼編集長に。15年7月編集長を辞しスペインサッカーを追いつつ、セビージャ市王者となった少年チームを率いる。サラマンカ大学映像コミュニケーション学部に聴講生として5年間在籍。趣味は映画(スペイン映画数百本鑑賞済み)、踊り(セビジャーナス)、おしゃべり、料理を通して人と深くつき合うこと。スペインのシッチェス映画祭とサン・セバスティアン映画祭を毎年取材

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