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【独占】北朝鮮代表コーチが語った森保ジャパンの弱点と中止の経緯「平壌決戦なら日本に勝つ自信もあった」

金明昱スポーツライター
北朝鮮代表コーチとして日本戦をピッチから眺めた在日コリアンの申載南氏(写真:ロイター/アフロ)

「日本はW杯に出場する常連国として、監督や選手もみんながその強さを認めていました」 

 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)代表コーチとしてチームに帯同した在日コリアンの申載南(シン・ジェナム)氏は、先月21日に行われた日本代表とのワールドカップ(W杯)アジア2次予選で日本代表に0-1で敗れた試合を振り返り、そう語っていた。

 申氏は昨年まで、元北朝鮮代表FW鄭大世の母校でもある朝鮮大学校サッカー部監督を務め、現在は在日本朝鮮人蹴球協会の事務局長の肩書きを持つ。

 26日に平壌で行われる予定だったワールドカップ(W杯)アジア2次予選の北朝鮮代表対日本代表の試合は、5日前に開催が白紙となり、最終的に国際サッカー連盟(FIFA)の決定で没収試合となった。結果、3-0で日本の不戦勝が決まった。

 これらの事態を北朝鮮代表チームはどのように受け止めたのだろうか――。日本の報道は“憶測”を書いた内容が多く、当事者の証言はほぼ取れていない。

 というのも、北朝鮮代表のシン・ヨンナム監督は日本戦後の記者会見で「今後のことに関しましては、私がここで何かを言うのは控えたいと思います」と言葉を濁し、選手たちはミックスゾーンで日本の記者の問いかけには無言を貫いた。

 敗戦したチームの監督が多くを語らず、選手が足を止めないことはよくあることでもあるが、彼らが日本戦後に何を思い、何を感じたのかは分からないままだ。これを少しでも解消したいと思い、ベンチから日本戦を眺めていた申氏に話を聞いた。

 北朝鮮代表は日本の実力をどのように見ていたのか。0-1の僅差での敗戦だったが、通用した部分のほか、日本の弱みはどこにあったのか。さらに中止に至った経緯、その後のチームの様子、課題などについて聞いた。

「日本がロングボールに弱いのは知っていた」

――21日の日本代表との試合は0-1と僅差での敗北でした。試合内容や結果をどのように見ていますか?

 前半早々の失点は予想外の出来事でしたが、試合の中でしっかりと修正して、アジャストできればもっと良かったのかなとは思います。一方で、後半はこちらがペースを握り、押し込む時間帯もあったのですが、得点に結びつかなかった。やはり最後のクオリティーを高める必要はあると思いました。

――前半2分での失点が予想外ということですが、どのような試合の入り方をしたのでしょうか?

 前提として日本はグループ1位の強豪国ということ、そして朝鮮としてはアウェーなので、慎重に試合に入ることを心掛けていました。冒険はせずに安全に試合を進めること。積極的に前から奪いにいくというよりかは、ブロックを作ること。そして、ディフェンスラインの裏のスペースは絶対にやらせてはいけないという約束事はありました。ラインを下げすぎないようにしていたのですが、立ち上がりの失点は確かに痛かったです。

――失点した後、攻撃的に試合を進めるなど戦術に変更は?

 シン・ヨンナム監督がピッチに伝えていたのは、攻撃と守備面をしっかりと見直すこと。失点したとはいえ、前のめりにならず、まだ0-1というスコアなので慎重に試合を進めようという指示はありました。後半に勝負をかければ追いつけるという考えは監督の中にあったと思います。

――日本代表の戦術や選手のことはどれほど分析していましたか?

 監督や選手たちは、日本代表のことをしっかり分析していました。特にアジアカップの試合映像は何度も見ていましたよ。日本がロングボールに対する守備の対応が良くないことは知っていて、そこは一つの弱点と捉えていました。選手1人1人の特徴についても頭の中に入っていました。日本の攻撃パターンも事前にチームには共有されていて、選手の特徴は、私のところに何度も聞きにきていましたね。

北朝鮮DF陣は上田綺世の裏のスペースへの抜け出しに注意していたという
北朝鮮DF陣は上田綺世の裏のスペースへの抜け出しに注意していたという写真:つのだよしお/アフロ

シン・ヨンナム監督は久保建英を警戒していたが…

――特に警戒していた日本の選手は誰でしょうか?

 ディフェンスからすれば、FW上田綺世が裏のスペースに抜けるのが上手いのでそこを警戒していましたし、堂安律、南野拓実、遠藤航、田中碧ら中盤の選手に対して、簡単にやらせないことは意識していたと思います。シン・ヨンナム監督は久保建英のことも注意して見ていました。今回は試合に出なかったですが、選手も久保への対策は練っていましたよ。

――全体的に通用すると感じたのはどこでしょうか?

 通用する部分で言えば、走力とインテンシティでしょう。後半に入ってからの動き、プレッシングをかけて主導権を握ることができたのは、朝鮮選手たちの特徴の一つ。球際の強さもひけを取らない。選手たちは自信になったと思います。

――逆に課題はどこでしょうか?

 日本がボールを持ったとき、中盤と最終ラインの間に入る選手を捕まえきれない部分がありました。中盤か最終ラインの選手のどちらがつくのか、という判断がうまくいかなかった。日本は流動的な動きの中で、縦パスが入ったときにルーズにさせてしまう部分があったので、前を向かせないような守備の指示は出ていました。

 あとは試合の流れにおける要所の状況判断の部分をもっと明確にする必要があるということ。プレッシングに行くのか行かないのか、繋いでいくのか、縦にパスを入れるのか、ロングボールを使うのかというような判断の部分。それはこれから試合を分析しながら、改善していけると感じています。

在日コリアンJリーガーの本国の評価は?

――JリーグのFC岐阜でプレーする在日コリアンの文仁柱選手がA代表デビューを果たしました。在日選手の役割をチームとしてはどのように捉えていますか?

 これまで安英学、鄭大世、李漢宰、梁勇基、李栄直など在日コリアンのJリーガーが朝鮮代表としてプレーしていますが、日本のサッカーで育った選手がチームに入ると、特に中盤に関しては、「しっかりと顔が上がって、周りが見えている」「プレー全体が落ち着く」という評価は本国のサッカー協会からいただいています。代表の強化につながるので、今後も本国とのパイプは大事にしていきたいです。

――最終的に日本のサッカーをどのように評価していましたか?

 監督も選手もそうですが、日本は強敵で実力があるチームという認識です。日本は本当に組織力、技術においてアジアではトップクラスと認めています。とはいえ、0-1で敗れたものの「自分たちもできる」という自信を得ていました。ただ、アウェーの試合が中止となったので、そこだけはみんなが残念に思っていると思います。

平壌開催を熱望していた北朝鮮代表の選手たち
平壌開催を熱望していた北朝鮮代表の選手たち写真:つのだよしお/アフロ

選手が平壌開催と試合中止を知ったタイミング

――21日の日本戦後に平壌開催が中止となり、アジアサッカー連盟(AFC)が中立地での開催で動いている状況でしたが、チームと選手にはどのように伝わったのでしょうか?

 試合が終わったあとに選手たちは、平壌開催がなくなった事実を知りました。まずホームで試合ができなくなったことには、とても残念がっていました。というのも、監督や選手たちは家族の前で自分の勇姿を見せたいという気持ちでいましたし、親戚や友人、知人もたくさんいます。日本と戦う機会も中々ないので、平壌では絶対に勝ち点3を取るという気持ちでいました。それにホームなら絶対に勝てるという自信も持っていた。なので、中立国での開催がどこになるのか、そのことを一番気にしていました。

――最終的に22日の夜にFIFAが試合中止を決めました。選手たちは日本を離れ、帰国後にそれを知ったということですよね?

 その通りです。なので、中止や没収試合になったあとの選手の反応は分かりません。ただ、平壌開催でなく、中立国で試合をするにせよ、次は絶対に勝ちたいという気持ちでいました。それに選手たちの帰国前にホテルでは、在日同胞たちが集まって送迎会が行われたのですが、まだ予選は続くこともあり、選手たちの笑顔がたくさん見られる催しだったのが印象的でした。

――ちなみに平壌で開催できなくなった理由について、チームではどのような説明があったのでしょうか?

 正式に何か発表があったわけではありません。ただ、私が聞いたのは、日本で感染者が増加している「劇症型溶血性レンサ球菌感染症」への対策で、日本選手団を入国させることができないからというのが理由だそうです。

日本戦の翌日に行われた北朝鮮選手団の送迎会。日本戦に出場したDFキム・キョンソク(左から2番目)やMFカン・グクチョル(右から2番目)の姿も(写真提供・申氏)
日本戦の翌日に行われた北朝鮮選手団の送迎会。日本戦に出場したDFキム・キョンソク(左から2番目)やMFカン・グクチョル(右から2番目)の姿も(写真提供・申氏)

 ここで少し中止の件について、自身の考えを記しておきたい。感染症を北朝鮮国内に持ち込ませたくないというのは、大きな理由になりえる。おそらく、過去にコロナ禍での国境閉鎖を徹底したこともそうだが、スポーツよりも国家の安全、市民や選手の健康を優先させる国であるというのが大前提にあると思う。
 仮にそうした感染症患者が国内に増えた場合、医療体制がひっ迫するのは想像できる。日本よりも医療環境は決していいとは言えないため、そこは懸念材料として抱えていた部分はあるだろう。
 それにもう一つ、日本で「劇症型溶血性レンサ球菌感染症」が流行しているという報告は、北朝鮮内にも入っていたはずだ。しかし、今回、北朝鮮選手たちが日本に入国する時点では、そこまで深刻に捉えていなかった節がある。
 というのも、日本-北朝鮮の試合が行われた21日。同日付けの朝鮮労働党の機関紙「労働新聞」6面に「死亡率が30%に達する悪性伝染病が急速に拡大」、「日本で伝染力の強いはしかが伝播」という2つの見出しで、日本で流行する感染症に関する記事が大々的に掲載されていた。
 つまり、平壌市民に日本で拡大する感染症についての情報が広く伝わったのが21日。ようやく事態の深刻さに気づき、5日後に迫った平壌での試合に多くの日本人を受け入れることを北朝鮮側はためらった可能性が高いのではないか――。というのが、申氏の話を聞いた上での筆者の見解だ。

北朝鮮にとっても2026年W杯出場は悲願

――北朝鮮選手たちの技術やポテンシャルについてどのように感じましたか?

 ご存知の通り、欧州でプレーしていたハン・グァンソンやチョン・イルグァンなど、前線の選手のスピードやパスやシュートの精度、フィジカルを見ていると非常にポテンシャルは高い。サッカーは常に状況が入れ替わり、様々なシチュエーションに対応しないといけない競技。準備してきたものとは違う状況が出てきます。状況に応じて持てる力を常にベストの選択で発揮できるようにすれば、もっといいチームになると思います。

――シン・ヨンナム監督は今回、日本戦後の会見でも言葉数は少なかったですが、W杯出場への思いはどれほど強く持っているのでしょうか?

 個人としては、W杯出場は悲願だと思います。元代表選手でもあったので、監督として今の選手たちとW杯出場を勝ち取りたい気持ちはあるでしょう。それにもう一つ話していたのは、日本戦に訪れた在日コリアンの大応援団に、すごく感謝していたことです。アウェーの地でこれだけ応援されたのは監督も選手も初めてですし、だからこそ敗れて期待に応えられず申し訳なかったとも言っていました。国民からの期待もありますし、国を背負っている以上、必ずW杯出場を成し遂げるという気持ちは感じました。

国立競技場に集まった在日コリアンの大応援団
国立競技場に集まった在日コリアンの大応援団写真:ロイター/アフロ

――現在、グループ1位が日本(勝点12)、シリアが2位(勝点7)、北朝鮮は3位(勝点3)です。残りホームでシリア(6月6日)、ミャンマー(6月11日)と2試合を残しています。最終予選進出の可能性はどうでしょうか?

 2勝すれば勝点9になります。まずアウェーでは敗れたシリアをしっかりとホームに迎え入れて、何がなんでも勝つことです。ミャンマーにはアウェーで6-1で勝利しているので、次も勝てると見ています。シリアが日本に敗れたら、朝鮮が2位に上がるので最終予選突破の可能性は十分あると見ています。今回で見えた課題をしっかりと分析、修正して準備をしていきたいです。

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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