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“平壌開催の中止”で最も気の毒なのは北朝鮮選手たち?中立地は実現するのか

金明昱スポーツライター
(写真:ロイター/アフロ)

 立ち上がりから北朝鮮の選手たちは、間違いなく浮足立っていた。21日、国立競技場で行われたワールドカップアジア2次予選で日本代表と対戦した朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)代表は、0-1で惜敗した。

 国立競技場に約6万人近くの観客が訪れるなか、そのうちの約3000人は在日コリアンの同胞応援団。これだけ海外で北朝鮮が応援される国は日本くらいで、応援を力に変えたいところではあった。

 だが、試合開始直後の2分、日本代表MFの田中碧が先制。これで日本は楽に試合を進めることができたが、逆に北朝鮮は自分たちがやりたかった形でカウンターを食らったと思う。試合の流れを崩された感は否めなかった。

 それに実力差はあった。特に中盤の細かい連係と個人技の質に関しては、完全に日本に軍配。北朝鮮も球際強さやフィジカル、90分を走り抜く体力を駆使して、日本を苦しめるシーンはあった。MF堂安律の決定機をGKカン・ジュヒョクが2度のスーパーセーブで防ぐなどして、なんとか失点を1に抑えた。

 元欧州組のFWチョン・イルグァンとFWハン・グァンソンもタテへのドリブルやスピードには能力の高さも見られたが、決定機を作るまでには至らなかった。0-1での敗戦はむしろ健闘したと言えるが、そこに突然入ってきたのが「26日の平壌での試合が中止になった」というニュースだった。

日本の「悪性伝染病」が本当の理由?

 日本サッカー協会の田嶋幸三会長が21日の試合後、記者の取材に応じて、中止に至った経緯について説明した。北朝鮮側がアジアサッカー連盟(AFC)に「開催が難しい」と通達があり、その後、ハーフタイムに北朝鮮チームから「日本開催」の打診もあったという。

 ただ、5日後の日程を確定させるのは難しく、北朝鮮代表チームの日本滞在許可も期日が決まっていることから、日本開催案はなくなった。

 それにしてもこのタイミングでの平壌開催中止の理由は、一体何なのか。日本では「日本の『悪性伝染病』が報じられており、日本で報告数が増えている劇症型溶血性レンサ球菌感染症を警戒した防疫上の措置の影響」と報じられているが、公式な発表ではないため、本当の理由は分からない状況だ。

 そんななか、AFCが予定通り「26日の試合を中立地で行う」と回答。4日後の試合会場の確保と選手の移動を考えるともう時間に猶予は残されていない。本来は平壌に入ることになっていたメディアが、中立地での試合の取材に入れるのかもまだ決まっていない。

北朝鮮が本来のポテンシャルを発揮できない理由

 個人的には平壌入りが承認されなかった立場としては、26日の試合が中立地となってことで、ふと「取材ができるかもしれない」と考えたが、これも残り4日後の日程で準備するには航空券の手配などを考えるとかなり厳しいものがある。ただ、何よりも気の毒なのは北朝鮮の選手たちだろう。

 北朝鮮代表チームとしては26日に日本を迎え入れるだけで良かったわけだが、中立地だと彼らは再び海外に出なければならない。単純に移動が大変でこれほど面倒なことはないし、コンディションを整える余裕もなくなる。

 平壌のホーム開催であれば、地の利を生かして有利に試合を進めることができただろうし、選手の士気も高まったはずだ。実際、元北朝鮮代表の鄭大世も「平壌で試合をやるとまったく違うチームになる。180度、パフォーマンスが変わる」と自身の経験を踏まえて話していた。

 それが一転、他国で行われることになれば、北朝鮮にとってはアウェーの状況となる。国の決定には「仕方がない」と選手たちは半ば諦めた状態だと思うが、こうした動きに左右されてしまうと、国際大会の経験値がまた乏しくなる。北朝鮮代表が持てるポテンシャルを最大限に発揮できない理由の一つかもしれない。

26日に再び激突する日本と北朝鮮。開催場所はどこになるのだろうか
26日に再び激突する日本と北朝鮮。開催場所はどこになるのだろうか写真:ロイター/アフロ

前回大会はコロナ禍でW杯2次予選を辞退

 過去に「もったいない」と思ったのは、北朝鮮が21年5月にカタールW杯アジア2次予選の参加を辞退すると発表したとき。当時はコロナ禍による辞退だったが、同組の韓国とともに最終予選に進める順位にいたにも関わらず、北朝鮮は国の防疫を優先させた。

 コロナパンデミックにならないためにも感染対策を万全にしておくのは大前提であったわけだが、時にこうした“不可抗力”で選手生命や進むべき道が断たれてしまうのは、才能のある選手たちの立場を考えると心が痛む。

 イタリアセリエAでプレーしてきたハン・グァンソン、スイスのバーゼル時代にチャンピオンズリーグにも出場したパク・クァンリョンも、2020年に「対北朝鮮制裁」措置を理由に労働ビザが発給されず、退団を余儀なくされているが、数年は所属クラブがなかった期間があった。ハン・グァンソンが「消息不明」と言われた時期、彼はコロナ禍で帰国ができず、入国が許されるまではイタリアに滞在しながら、自主練を続けていたと聞いた。

 実践から長らく離れると当然、パフォーマンスは落ちる。昨日の日本戦を見ても能力は高いが、カリアリやペルージャでプレーしていた全盛期にはほど遠いと感じたものだった。

来年のシリアとミャンマーの平壌開催はどうなる?

 今回は当時と状況は少し違うとはいえ、これからもホームで試合を開催できないとなれば、AFCが何かしらの措置を検討する可能性もある。というのも北朝鮮は3月26日の日本との試合のあと、6月6日にはシリア、11日にミャンマーをホームの平壌に迎え入れなければならず、これも実現するのかも不透明だからだ。

 ただ、せっかくの最終予選進出のチャンスを棒に振ることはない。日本に次いで2位通過の可能性は十分に残されているだけに、場所はどこであれまずは26日の日本戦を無事に消化し、来年開催の残り2試合はホーム開催を実現させることに力を注いでもらいたい。

 W杯のアジア出場枠は8.5枠もある。“辞退”だけはもう勘弁だ。

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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