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「北朝鮮の激しさは想定内。気遣いのなさはもったいない」サッカー元日本代表・福田正博氏が見た日朝戦

金明昱スポーツライター
アジア大会の日本対北朝鮮の試合を冷静に分析してくれた福田正博氏(筆者撮影)

 中国・杭州で開催されたアジア大会の男子サッカーで日本代表は決勝戦で韓国に1-2で敗れて、銀メダルとなった。その日本代表と準々決勝で戦ったのが、朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)代表だ。2-1で日本が勝利したが、結果的には大会期間においては日本を“苦しめた”チームということになるだろうか。

 ただ、その後の審判への抗議やラフプレーなどがネットやテレビで大きく取り上げられ、肝心の試合内容について冷静に分析する内容はほとんど見受けられなかった。そこでTBSのアジア大会サッカー中継で解説を務めた元日本代表の福田正博氏にサッカーの視点から北朝鮮代表の実力について、さらに今回の“騒動”についてどのように受け取ったのかを改めて聞いた。

「ハードに来るけれど技術のある選手も多い」

――北朝鮮代表が杭州アジア大会で4年ぶりに国際大会に出場しました。日本戦も含めてチームの実力をどう見ましたか?

 日本は2-1で勝利しましたが、かなり手ごわい相手だったと思います。日本は組み合わせに恵まれたところもありましたが、準々決勝の北朝鮮と決勝戦(1-2)で敗れた韓国の2試合はかなりタフな試合でした。日本の立場から言えば、優勝を目指すにあたって、トーナメントで当たった北朝鮮はやりにくい相手だったと思います。試合の流れによっては違う結果になってもおかしくないような力はあったと思います。

――北朝鮮の技術や戦術など率直にどのような印象を持ちましたか?

 北朝鮮のグループリーグを何試合か見たのですが、日本戦も前半から激しく当たってくると予想はしていました。大会期間は先発メンバーも変えずに、今大会に向けて相当な準備をしていて、完成度の高いチームという印象です。日本の選手の中には国際大会の経験が浅い選手も多かったので、北朝鮮の激しいプレーに委縮していた部分はあったと感じました。前半20分くらいまでは北朝鮮に流れがありました。全体的には技術のある選手も多く、フィジカルを生かしてハードにくるところが彼らの特徴だと思いました。

――意外と“できる”選手が多いという感じでしょうか?

 非常に鍛えられていて、技巧派の選手もいましたよね。チームの規律がしっかりしている。言い方が悪いかもしれませんが「軍隊」というか、ものすごく真っすぐなサッカーをするなと思いましたね。ただ、意外性やクリエイティブさはやや欠ける印象を持ちました。

――確かに全体的にはハードワークの強いチームとの印象はあったと思います。

 試合の中で1人にかわされたあとも「自分の責任を果たさなきゃいけない」という思いが強いのか、しつように追いかけていくプレーが何度も見られました。言われたことをしっかりやるので、そこが良さでもあるけれど、フィニッシュの精度などの繊細さも必要かなと思います。

「90年代は日本が勝てない時代があった」

――規律のあるサッカーというのは北朝鮮の伝統的な部分かもしれません。

 少し話が変わるのですが、昔、私と同い年のドイツで監督をしている方が来日していた時に聞いた話です。その方は西ドイツ出身の方なのですが、コーチ時代には社会主義国だった東ドイツでサッカーの指導をしていたそうです。東西ドイツが統一したあと、東と西のサッカー指導者たちは一緒に指導をするようになったわけですが、東ドイツのサッカーはある程度までは強くなるけれど、それ以上のレベルには行きづらいという話をされていました。

――つまり規律を重んじたサッカーだと独創性が生まれにくいということでしょうか?

 サッカーの指導において規律を重んじてやらせる部分があったということですが、これはどちらがいいか悪いかという話ではありません。かつての東ドイツのような部分が、今の北朝鮮サッカーのスタイルにも多少は影響しているのかなと感じたという話です。

――福田氏が現役時代に対戦した北朝鮮代表もそのような印象を受けましたか?

 今でこそ北朝鮮は“格下”と見られていますけれど、1990年代は日本は韓国、北朝鮮、中国にも勝てない時代がありましたからね。今では立ち位置が完全に変わりましたが、昔はそういう激しさや強さ、速さを前面に押し出してくるので、日本は相当苦しめられた。だから今もそこを大切にして指導していると思うんです。でも日本はそこから色々なものを取り入れてここまで成長してきたわけですからね。

日本代表として1990年アジア競技大会に出場した福田正博氏(後列左端)。日本はベスト8で北朝鮮は準優勝
日本代表として1990年アジア競技大会に出場した福田正博氏(後列左端)。日本はベスト8で北朝鮮は準優勝写真:山田真市/アフロ

「良くも悪くも変わっていない印象」

――試合は2-1のスコアで見れば接戦でしたが、一方で北朝鮮の「ラフプレー」が大きくクローズアップされました。

 日本戦で北朝鮮側に出されたイエローカードが6枚という数字をどう見るのか。激しく来るのは僕の中では想定内でしたし、カードの枚数も「6枚」は少なくはないけれど、ものすごく多かったのかと言われればそうでもない。我々の時代は韓国、北朝鮮、中国が日本に対して激しく来るのは想定内でしたから、そういう見方はできました。ただ、今は選手を「守る」ということに関してルールもファウルに対して厳格化されていますから、そこは選手たちも意識すべき部分ですよね。

――つまり北朝鮮のサッカースタイルは、福田氏の時代からあまり変わっていないということでしょうか?

 私が現役時代、それこそ30年前のチームカラーは残っているなとは思いました。言い方としては良くも悪くも「変わっていない」という印象ですね。これは指導の部分において、チームの伝統的な部分なのか、一貫した指導があまり変わっていないのかもしれないなとは感じました。

――ほかに何か感じられたことはありますか?

 世界的な観点から見ると、北朝鮮が激しいプレーでファウルをしたあと、相手選手への気遣いがなかったのがとても残念に見えました。

「相手をリスペクトする姿がなかったのは残念」

――具体的にどういうことでしょうか?

 FIFA(国際サッカー連盟)は以前は「フェアプレー」フラッグで入場していましたが、今は「リスペクト」フラッグです。世界のサッカーシーンでも相手に対してのリスペクトが欠けているからそこを大切にしましょうねということ。例えば倒れた相手に手を差し伸べたり、肩をたたいたりする。これが日本戦に関しては一切なかったので、少し残念に思いました。それを日本の選手にしていけないのかどうか、事情までは分からないですし、真剣勝負の戦いのなかなのでそうなったかもしれない。それに北朝鮮からしてみれば、日本に対しては歴史上における問題で感情的には難しいかもしれないけれど、試合後の抗議などもあったので、悪い印象を与えてしまったと思います。

――いわゆる見せるパフォーマンスとして損をしている部分があるということでしょうか?

 相手に当たるにしてもしっかりボールにいって取られるファウルもあるわけで、そこで「申し訳なかった」となればまた違った見え方になります。それこそピッチ内では、選手やレフェリーとの駆け引きでもあるわけで、「俺は悪いことしていませんよ」というアピールにもなります。ずるがしこさというのが正しいか分かりませんが、“駆け引き”がないので、そこはもったいない部分かなと感じました。選手はまっすぐにプレーをしすぎている感じは見受けられました。

――試合後の審判への抗議のシーンについてはPKの判定に対して納得していなかったそうですが、これはどう見ましたか?

 今大会はVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)がなかったので、それがあればもう少し対応が変わっていたかもしれませんが、私からすれば海外でも試合後の抗議するシーンは多々あることなので、ここは冷静に見ていました。選手の立場からすれば、それだけ勝負に対してこだわっている側面もあるわけで熱くなってしまうこともある。この時は収まるのを待つしかないと思って見ていましたが、ペットボトルの件があったのでサッカーファンにはさらに悪い印象を与えてしまいましたよね。

中国の杭州には多くの北朝鮮応援団の姿も
中国の杭州には多くの北朝鮮応援団の姿も写真:ロイター/アフロ

「ペットボトルの件はサッカーとは別の問題」

――日本の給水スタッフから北朝鮮の選手がペットボトルを奪ったシーンが大きく取り上げられていました。

 このシーンに関してもテレビでコメントを求められたのですが、これはサッカーとはまた別の部分の話になります。ハッキリしておきたいのは、北朝鮮は「プレーの中で悪質なファウルのシーンが多かったな」という印象を持たれがちですが、僕からすればそこまでではなくて、世界的な視点から見てもそうした試合がないわけでもありません。もちろんクリーンで白熱するゲームになるのが一番いいわけですが、ただ、ペットボトルのシーンに関しては、私も理解ができなかったというのが正直なところです。

――こうしたシーンは福田氏も初めてみたのでしょうか?

 記憶ではほぼ初めてでしたね。日本がファウルを受けた後に治療のためのスタッフがピッチに入ったため、日本のスタッフしか入れなかった訳ですが、その水を相手の選手がもらうことは多々あります。もらう立場の選手が、なぜスタッフに対して手を振り上げてしまったのか。その北朝鮮選手が、相手との意志疎通がうまくいかずに水を渡すタイミングがなくて、もらえないように見えたのかなとか思ったりもしたのですが、腹を立てることもないし、筋違いな部分はあったと思います。

――のちに日本から北朝鮮チームに帯同したスタッフに聞いたのですが、その選手もチームもペットボトルに関してはとても反省していると言っていました。

 世界が見ている国際大会ですから、今後のためにも何が悪いのかを理解しておくのはとても大事だと思いました。世界的なスポーツという価値観からすると少しかけ離れてしまっている感じがしたので、国内での指導なども含めて、今回の経験を今後に生かせればいいのかなと思います。

「激しさはあってもいいがあまりに素直」

――逆にどうすれば北朝鮮はアジアで強豪国の常連となれると思いますか?

 当たりの強いサッカーは特徴だとは思いますし、国内でも普段からそうした指導が行われているのかなと感じます。日本戦で見せたようなプレッシングやハードな当たりは普段からしていないとできないと思います。日本戦では最初に激しくいって、心理的にアドバンテージを得ることは頭にあったでしょうが、「あまりにも素直すぎる」ということです。もちろんその激しさがあったから、日本が苦しんだのも事実です。ただ、日本は試合の流れのなかで、そこに慣れてきた部分も多少はあった。北朝鮮はカードをもらう覚悟であったにせよ「激しいこと」と、「汚いこと」や「ケガをさせること」は違うので、そこをうまくプレーの中で判断できればいいかもしれませんね。

――プレーの中で良さもあったと思いますが、上げるとすればどのような部分でしょうか?

 いいプレーもたくさんあったし、やっているサッカーも決して悪くはない。コンビネーションもあるし、蹴って走ってだけではなく、しっかりとボールをつなぎながらコンビネーションで崩したりもできる。なのでどうしても騒動がクローズアップされてしまいましたが、何度も言うようにそこは残念でもったいない。世間が「ラフプレーが多いこと」をことさら強調するところには乗っかりたくはなかったので、冷静にプレーの部分においてはテレビでコメントさせてもらいました。ペットボトルの件は反省してもらって、次に生かせばいいと思います。

W杯アジア2次予選で日本と同組の北朝鮮。アウェーでは厳しい戦いが予想される
W杯アジア2次予選で日本と同組の北朝鮮。アウェーでは厳しい戦いが予想される写真:ロイター/アフロ

「W杯2次予選の北朝鮮戦は厳しい戦いに」

――11月から始まるW杯アジア2次予選ですが、日本は来年3月に北朝鮮とホーム&アウェイで戦います。

 特にアウェイとなると日本にとってはいい条件ではないので、厳しい戦いになると予想しています。アウェイだとスタジアムが北朝鮮の観客でいっぱいになりますし、過去にもアウェイではザックジャパンが0-1(2011年11月15日、W杯アジア3次予選)で敗れたこともあるので、格下とはいえ油断できません。

――アジア大会のような激しさは想定していたほうがいいでしょうか?

 当たりの部分に関しては、今の日本代表はヨーロッパでプレーしている選手ばかりなので、そこに対応する経験値は十分にある。なので、そこまで心配はないと思います。ただ、独特なスタジアムの雰囲気や不慣れな人工芝でのプレーになると、そうした心理的な部分での戦いも重要になると思います。もちろんホームもそんな簡単な試合にはならないはずで、しっかりと対処する心構えは必要になると思います。いずれにしても真剣勝負の中でも好ゲームを期待したいです。

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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