まさか本当に成し遂げてしまうとは驚かずにはいられなかった。

 プレミアリーグ最終節でトッテナムは、アウェイでノーリッジ・シティと対戦し、5-0で勝利。4位以内が確定し、2022-23シーズンのチャンピオンズリーグ出場権を手にした。

 もう一つ、トッテナムの韓国代表FWソン・フンミンが2ゴールを決めて、通算得点を「23」にまで伸ばした。

 この日、リバプールのエジプト代表FWモハメド・サラーもゴールを決めたため、単独での得点王とはならなかった。それでもアジア人として初のプレミアリーグ得点王は衝撃だ。

 母国・韓国はもちろんのこと、日本でも大々的に報じられているが、やはりアジアの選手が世界最高峰のプレミアリーグでこれだけゴールを量産する姿は、漫画のような世界にも思えてくる。

 ソン・フンミンがなぜここまでゴールを量産できたのか――。もちろん自身の努力やチームメイトの支えがあってのことだが、最近、父の教えが実ったと、韓国でもクローズアップされている。

 ソン・フンミンの父の名はソン・ウンジョン(60)。Kリーグでプレーした元プロサッカー選手だが、試合中に足首を骨折し28歳という若さ(5シーズン)で現役を引退。その後は指導者の道に進み、現在は自身の名前を冠にした「SONサッカーアカデミー」を昨年設立し、そこで監督を務めている。

 父・ウンジョン氏は自身がケガによって現役を長く続けられなかった経験から、息子を小・中学校時代はサッカー部に所属させずに自ら指導していたのは韓国で有名な話だ。

「サッカー場“以外”にもサッカーはある」

 今月、スポーツ紙「スポーツ京郷」に父・ウンジョン氏の単独インタビューが掲載されていた。息子をどのように教えてきたのかについての話がとても興味深い。

 まずは、幼い頃からソン・フンミンに常に強調してきたことについて。

「サッカーすることを正しく理解するように教えました。子どもたちがボールだけ上手に蹴る“機械”になることを望む親はいません。サッカー場以外にもサッカーがあることを教えたかった。ハンブルクとレバークーゼン、イギリスのロンドンで試合がある日、一緒にサッカー場を訪れる家族を見ると、彼らの日常とサッカーがどれほど密接につながっているかを改めて感じます」

 また、トレーニングで最も重要なことは何かという質問にはこう答えている。

「華やかな技術を身につけることがすべてではありません。立派な人間性を備え、人生で謙遜、感謝、誠実さを備える必要があります。サッカーが上手くなるよりも重要なのが、まず人間性が高い人になることです。サッカーをしっかりと理解した人は傲慢にはなりません。オランダのサッカーの英雄ヨハン・クライフも自叙伝で『私が出会ったワールドクラス選手の中で人間性が悪い人は一人もいなかった』と話しています」

 つまり、父は息子であるソン・フンミンにサッカーばかりでなく、人生を生きる上で大切な人間性を身につけるように強調した。幼少期の技術面での指導についての話も興味深い。

「練習を始める前に強調したこと、約束したことを二つ話します。一つは“基本の重要性”です。とにかく長い期間、基本の練習に集中しました。サッカーはすべて基本的な技術から生まれます。試合でボールを自由自在に扱うには、パス、ドリブル、ヘディング、シュートを正確に行う必要があります。体系的なトレーニングを通して、幼いときに身についた動作が反射的に出なければ、すでに遅れていると見るべきです。繊細なボールタッチは一日で完成されません。サッカーを学ぶというのは、基本技術を学ぶ長い旅の始まりです。フンミンも基本技術を学ぶのに7年がかかりました」

ソックスとシューズすべて“左足から”

 ソン・フンミンは右利きとは思えないほど、左足でのシュートの精度の高さが際立つ。ちなみに今季の23ゴールは、右足11ゴール、左足12ゴールだ。

 左足については、幼少期から父にはこだわりの指導があった。

「本能的に右足が出るよりも、もっとも必要な足が自然に出るように教えました。フンミンには『左足を忘れるな』と強調しました。フンミンが本格的にシュート練習をするときも、常に左足からさせました。集中力と体力があるときに左足でシュート練習させ、それが終わったあとに右足でシュート練習させました。その成果なのか、今ではシュートだけは左足がより楽に蹴れると言うまでになりましたよ」

 また、ソン・フンミンが左足の精度が高い理由の一つに、生活習慣の中から“左”を意識させたという話がある。

「サッカーのソックスをはくときも左足から。サッカーシューズの紐を結ぶときも左から、練習場やスタジアムに入るときも左足から入る習慣をつけさせました」

 父ウンジョン氏の教えとこだわりには驚くことばかりだが、プレミアリーグ得点王を獲得し、ワールドクラスのFWへと成長した礎には、息子を想う父の愛情とこだわりの指導があった。