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渋野日向子への“過度な期待”に潜むもの――元世界1位・申ジエの言葉から考える

金明昱スポーツライター
ブリヂストンレディスに出場した渋野はあえなく予選落ちした(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 たったの2日間だが、会場が熱を帯びたような雰囲気に包まれたのは確かだった。

 今季から米ツアーを主戦場にしている渋野日向子が、一時帰国し、19日から開幕したブリヂストンレディスオープンに出場した。

 日本ツアーの出場は今季初ということで、多くのファンが集まったが、期待に及ばず2日間を通算3オーバーとして1打足らず予選落ちした。

 ただ、予選落ちはどの選手にも起こりえることで、また次の試合に向けて前に進めばいいもの。ただ、今大会の渋野のコメントからは、かなり“気負い”があったことがよく見えてきた。

 初日を終えたあとこんなことを口にしていた。

「あれだけのたくさんのギャラリーさんの前でするのは久しぶりだったので、緊張感もありましたし、スタートホールに行く道が拍手で迎えられたのは嬉しかったですけど、応援を力に変えられず、残念な結果ではありました」

 今季から初参戦となった米ツアーでは、メジャーのシェブロン選手権4位タイ、ロッテ選手権2位を含むトップ10入りが3回と結果を残しての凱旋で、久しぶりの日本のファンに向けていい所を見せたいと思っていたのだろう。しかしそうした気持ちが、空回りした部分があったのは否めない。

 さらに今回の予選落ちだけで「渋野は好不調の波があってダメだ」と烙印を押すような空気を感じなくもない。「注目されるのはスターの宿命」と言ってしまえばそれまでだが、過度な期待は選手に重圧を与えてしまう。

過度な“期待”は“負担”になる

 去年、元世界1位で元米ツアー賞金女王でもある申ジエにインタビューした時、ゴルフ界における日本の風潮について、こんな指摘をしていた。

「選手たちを“完成形”のように周囲が見ていることに違和感があります。日本国内や海外で1度でもいい結果を残すと、すでに“完成された選手”かのように見ていたり、メディアがそう報じていたりします。

例えば、渋野日向子選手が全英女子オープンで勝ったあと、新たな挑戦というときで、今からもっとがんばらないといけないときにもかかわらず、結果を残して当たり前という見方をしている人たちが多いと思います。

私にも『あの選手は上手いですよね?これからどうなると思いますか?』と意見を求められることもありますが、日本の若い選手たちが米ツアーで安定して結果を残し続けるのは、これから先の話です。挑戦する姿を見守ることも必要です」

 渋野はまだ米ツアーに挑戦したばかりで、1年目は安定した結果を残すための準備段階。全英女子オープン制覇という肩書きが独り歩きし、「次のメジャーも勝てる」と見られがちだが、申ジエの言うとおり、結果を求めすぎる風潮は選手をつぶしかねない。

 それに申ジエは「私が米ツアーで戦っていたとき、韓国で常に結果を求められて苦しかった」とも正直に話していた。

「毎年、試合で結果を残す難しさを感じています。どうしても世間は結果を求めるのですが、そうした風潮は選手への“期待感”ではなく、“負担感”になっている部分があると思います」

 過度な“期待”は“負担”になると申ジエは言い切っていた。

“気負い”が見えた渋野

 常勝を求められれば、それが重圧になり、ストレスから心はすり減る。渋野は今大会で「プレッシャーはないけれども緊張感はあった」と語っていたが、微妙なニュアンスが違うだけで意味はほぼ同じだ。

 間違いなく渋野には“気負い”があった。

 ほどよい緊張感のなかで試合を楽しむ雰囲気がもう少しあっても良かったと感じるが、米ツアーの半年間でゴルフへの向き合い方や考え方、価値観などに変化が表れてきているのかもしれない。

 とはいえ、米ツアーの第1回リシャッフルで出場優先順位を上げ、5月以降の出場権を手に入れたことで、今後の予定を組みやすくなったのは好材料。それが日本に帰国した理由の一つと語っていたが、半年ぶりに実家に戻り、家族や知人と出会ってリフレッシュできたことは、これから米ツアーを戦ううえで重要なポイントになるかもしれない。

 というのも、申ジエが米ツアーで成功する秘訣について、こんなことを教えてくれていたからだ。

「練習や努力をするのは当然のことですが、ゴルフばかりの人生でなく、プライベートを充実させるのはすごく大事です。私は自分が好きな人と会うことで、リラックスする時間を設けています。

自分の胸のうちを正直に話せる人と会うのがいいです。私は家族と過ごす時間が大好きなので、妹と弟と一緒にいる時間をとても大切にしています。会うたびに力をもらい、心を穏やかにしています。

ゴルフ場での自分と、外での自分を分ける作業は大事なことだと思います。ゴルフから離れて、人間らしい自分になれる場所ですね。近くにいる人を大切にしてほしいと思います」

 もしかすると、渋野は申ジエから、米ツアーで戦ううえでの心得を教えられているかもしれない。

 オフを上手に過ごして充実させる大切さも米ツアーでの成功の秘訣ならば、渋野にとっては有意義な日本での試合となったのかもしれない。

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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