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「五輪は私の人生そのもの」北京五輪開幕前にキム・ヨナが公式インタビューで語った”現役時代”

金明昱スポーツライター
オリンピック公式チャンネルでインタビューに答えたキム・ヨナ(写真:エンリコ/アフロスポーツ)

 2010年バンクーバー五輪で金メダルを獲得し、2014年のソチ五輪後に引退した元フィギュアスケート選手のキム・ヨナ。

 韓国ではCMやファッション誌の撮影に引っ張りだこで、ジュニア選手へのフィギュアスケートの指導などもこなし、大忙しの日々を過ごしている。

 そんな彼女が北京冬季五輪の開幕を前に「オリンピック・チャンネル」のインタビューに応じ、その内容が2日に公開された。

 多くの韓国メディアがその内容を大きく報じているが、彼女がそこで何を語ったのかを見てみたい。

 まずは“冬季五輪”という舞台についてだ。

「長野大会で初めて五輪を知った」

「私がフィギュアスケートを始めて間もない頃、1998年の長野大会を見ながら五輪という舞台を始めて知りました。その時は実際に五輪がなんなのか分からず、海外の選手たちが大きな舞台に立つ姿を見て、『私もこの舞台に立ってみたい』と漠然とですが、思いを描いていました。ジュニアからシニアに上がり、少しずつ五輪という舞台が近づいてきました。楽しさだけで見ていた五輪が、選手にはどれだけ切実で、人生でどのような意味を持つのか。その重みを感じました」

 彼女は2010年バンクーバー五輪で金メダルを獲得しているが、それまでの過程ではたくさんの苦楽があったことも吐露している。

「私が五輪への準備過程から舞台に立つまで、大なり小なりの苦労があったので、どちらかと言えば辛いことのほうが多かったと感じます。危機感や不安を感じながらも、最終的にはいい成績を出すことができましたが、それまでの過程を考えてみると、第2の人生を生きていく上での糧になると思います」

 さらにキム・ヨナにとって、五輪は何なのかという質問についてはこう答えている。

「人生には本当にたくさんの苦楽があります。それらが五輪を準備する過程に凝縮されているように感じます。五輪の意味を問うならば、私にとっては『人生そのもの』だと言えます」

「起こる事にはすべて意味がある」

 また、インタビューでは「五輪王者になったあとの変化」について聞いているが、それについてはこう答えている。

「投げ出したかった辛い過程を経て金メダルを獲得しました。試練を乗り越えたという自負心ができたことが一番大きいです。どんなことも乗り越えられるという勇気ができました」

 辛い練習に耐え、結果を残してきた経験が、今に活かされていると言い切る。また、バンクーバー五輪を控え、ケガをしたことについても回顧している。

インタビューに応じるキム・ヨナ(写真・「オリンピック・チャンネル」キャプチャー)
インタビューに応じるキム・ヨナ(写真・「オリンピック・チャンネル」キャプチャー)

「準備過程ではとてもコンディションが良かったんです。空に飛べるように感じるほど体が軽かった。こんなにうまく事が運ぶわけがないのにと思っていたら、五輪開幕1カ月前に足首を負傷しました。その時、『あ!そうだ。今、少し休むことで、五輪本番にコンディションが上がるタイミングなんだ』と考えていたのですが、私も知らないうちに前向きに状況を受け入れていたんです」

 “怪我の功名”とも言うべきか、当時、ケガをしていたが回復に努めた結果、「氷上で練習を再開したときも、コンディションが崩れていないのを感じました。思いがけないことが起こっても、そこにはすべて意味があります。それもまた過ぎ去る一つの出来事なんだと知ることができました」と振り返っていた。

「想像できなかった今の技術力向上」

 近年のフィギュアスケートのレベルが上がり、高難度のトリプルアクセルに挑戦する選手が増えていることについて、自身の見解を述べている。

「驚くことに優れた選手がどんどん登場していますよね。韓国の選手も技術的にどんどん発展しています。私の現役時代には想像もできないことが実現されていくのを見ながら、スポーツも発展し変化しているんだな、という不思議な感じもあり、期待を込めて見ています」

 最後に「引退して長い年月が経ちましたが、今でも記憶してくれる方が多く、いい言葉を贈ってくれることに感謝しています。これから登場するフィギュアスケート選手にもたくさんの応援を送ってください」と笑顔でインタビューを締めくくった。

 引退してからは中々、公の場で見ることが少なくなったが、日本では“浅田真央のライバル”と言われ、何かと話題性のある選手でもある。これからも一挙手一投足が注目される。

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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