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「昔の私はもういないです」消えた元賞金女王、プロゴルファー森田理香子の今

金明昱スポーツライター
2013年賞金女王の森田理香子がインタビューに応じてくれた(筆者撮影)

「私は引退するとは言ってないんですよ」

 2013年、日本女子プロゴルフツアー賞金女王のタイトルを獲得した森田理香子。

 2018年にツアー第一線から退くことを表明し、その後は雲隠れするかのようにゴルフ界から姿を消した。

 そして今――。2020年から少しずつゴルフ関連の仕事をスタートさせ、クラブを握る日も多くなっている。

 森田はこれまでどのようにして自身と向き合ってきたのか、再びツアーに姿を見せる日は来るのか。一度頂点に立ったアスリートの苦悩と“引退”に対する考え、現在の活動や将来的に描いていることはなんなのか。その胸中を告白した。

ツアー解説やウェアデザインなど手掛ける

 オシャレなショップやカフェが立ち並ぶ東京・表参道。街行く若者のファッションも街並みもとても洗練されている。

 待ち合わせ場所に訪れたプロゴルファーの森田理香子も、そんな街の雰囲気に合わせたのだろうか。見慣れないオシャレな私服姿からは、かつて賞金女王を手にしたプロゴルファーだったことは一目見ただけではわからなくなっていた。それだけ年月が経った。

「もちろん身なりには気を使っています。30歳をこえてからは本当に太りやすくて。だからトレーニングがんばってるんです」

 確かに体はかなり絞られ、痩せたというか、引き締まった感じだ。穏やかな日々を送っているのが表情からも見てとれた。

「今は自分がやってこなかったことに挑戦したり、やりたいことを好きにやっているので、充実していますよ!」

 現在はプライベートゴルフや企業コンペ、個人レッスン、JLPGAツアーやステップ・アップ・ツアーの解説にも挑戦しているという。最近はオリジナルブランドとなるゴルフウエアのデザインも手掛け、秋ごろには商品化の予定だ。

 2019年1月から始めたインスタグラムを見ても、ゴルフとのつながりを強く持ち続けているのがよくわかる。

 8歳からクラブを握って、ゴルフ漬けの人生だった森田からすれば、この3年間は何もかもが新鮮なはずだ。

 ただやはり、何か物足りなく感じるのはなぜだろうか。

賞金女王になって「やっと解放された」

 森田は2013年の日本女子プロゴルフツアーで4勝をマークし、横峯さくらとのデッドヒートを130万円差で制して、賞金女王となった。

 そんな実績を持つ選手が、2014年の1勝を最後に勝てなくなり、2018年シーズンを最後に第一線から退いた。当時28歳。退くにはまだ早い年齢で、突然の休養宣言にとにかく驚いたものだった。

 シーズン最後となったその年の獲得賞金は104万円。賞金ランキングは131位で、賞金女王の面影は完全に消え失せていた。2009年から保持してきた賞金シードを2016年に喪失。そこから立て直しを図ったが、精神的にはボロボロだった。

「目標がどんどん変わってきてしまって…。どうやったらフェースに当たるのか、どうやったらグリーンに乗せられるんやろうくらいまで悩みました。優勝するとか、そういうレベルの話じゃなかったんです」

 不調の要因の一つが、アプローチイップスだ。

「賞金女王になった私がイップスになっていることが、もし世間に知れ渡ったらどうしようって、内心どこかで怖がっていました。そのことを考えると、すごくしんどかった」と当時、吐露していたほど。

 もう一つは、“燃え尽き症候群”になってしまったことだ。

「賞金女王を取ってから、何か燃え尽きたのもあったかもしれません。接戦が続いて、終盤戦になるとスコアが悪くてもメディアの会見にも毎日呼ばれていましたから。『あー、終わった!』みたいなものがあったんだと思います。でもシーズンはすぐに始まる。その切り換えがたぶんうまくできませんでした。気持ちが戻らないまま、試合をこなしていたので、賞金女王になったのに爆発しそうなくらいうれしい気持ちが沸いてこなかったんです。やっと解放されたという思いのほうが強かったし、ずっとそのテンションだったので、精神的に耐えられなかったんでしょうね」

 努力を重ね、目標を達成したあとに生じる虚脱感。トップアスリートによくある現象とも言えるが、メンタル面が結果に追いついていなかったと、正直に告白した。

 当時、師匠だった岡本綾子からは、賞金女王を取ったとき「あなたはまだ早すぎる」と言われたという。

「技術や成績ばかりに目が行き過ぎて、自分の中身が子どもだったんです。『自分の中の精神年齢と、成績が一致していない』と言われていたのですが、今ではそれがすごく分かります。いま賞金女王になっていたら、きっとうまく対処できていたのに(笑)」

 23歳で頂点に立った彼女も31歳になった。酸いも甘いも噛み分けての今だからこそ、わかることがたくさんあるのだろう。

森田がツアーでプレーする姿を再び見たいと思うファンも多いはずだ(写真:アフロスポーツ)
森田がツアーでプレーする姿を再び見たいと思うファンも多いはずだ(写真:アフロスポーツ)

「メディアの会見は大事な仕事であり使命」

 ツアープレーヤーだった森田が当時「鍛えられた」と自負するのが、メディア対応だという。

「実は、すごくメディアが嫌いだったんです」

 10代の頃から注目されていた森田には、いい時は寄ってきて、悪いときになると離れる人たちに不信感を抱くようになった。

「メディアとの受け答えでも、かなり不愛想と思われていたと思います」と笑うが、現在の印象からは程遠い。

 賞金女王争いをしていたころは、試合が終わるたびに囲み取材に呼ばれることに困惑している様子だった。話を聞くこちらが気の毒なほどのときもあったが、回数をこなすたびに饒舌になり、うまく対処していた印象もある。

「私は本当にメディアに鍛えられました。取材ばかり受け続けると正直、嫌になりますよ。成績が悪いときに賞金女王争いのことを毎日聞かれたら、精神的にはめっちゃしんどい」

 すると少し考えてから、大坂なおみが全仏オープンテニスで会見拒否をした話題に触れた。

「大坂さんが会見を拒否することに対して、合っているとか間違っているとかはないと思うんです。私のころはSNSがまだ今ほど発達していなかったので、現在の生活環境も関係しているはずです。誹謗中傷もよく目にする時代なので、嫌でも勝手に情報が目に飛び込んできますから」

 大坂には同情しつつも、森田は会見も大事な仕事だという意見だった。

「私はメディアとの受け答えは、プロとしての仕事であり、使命と受け止めていました。しぶしぶ行った会見でのやり取りで、ハッと気づかされることもあったんです。『意外とこんな受け答えもできるんや。こちらがうまく対応すれば楽しくできるもんやな』って。すべてが悪いわけでもないことを知ってからは、うまくメディア対応できるようになりました」

 プロ6年目で日本一になったことで、次の目標を失い、モチベーションが低下していたとはいえ、その過程で多くの人達と出会い、精神面では成長していたと自負している。

「過去の自分に未練はない」

 現在は“休養中”であることを強調する森田。しかし、当時のメディアは「事実上の現役引退」と書いた。「引退する」と公に話したことはないが、一方で「もうツアーには戻らないだろう」と思われているのも確かだ。

「私はプロゴルファーを引退するとは言ってないんですよ。『引退します』と簡単に言いたくないというか……。私のイメージは引退といったら、もう一生、表に出てこないイメージです。完全にツアーに戻らないというイメージがあるから、それは何か違うと思いました。もしかしたらまた、気持ちが変わって(ツアーで)やりたくなるかもしれません。だから休養と発表したんです」

 つまりは、まだツアーへの未練があるということなのだろうか。

「未練はないんですよ。過去の自分には。まだ自信が持てないというのが、率直な理由です。スイングに悪い癖があるので、そこを直してもっと進化していけばいつかは戦えると思っています。ただ、昔の自分、優勝したときの私はもういないんです」

 最近では「もったいないよね。もっとできるはずやのに」と周囲から言われることも多くなったという。確かに練習とトレーニングを重ね、再びツアーに戻れば、優勝はできなくとも、上位フィニッシュできる可能性はなくもない。

 ただ、やはりかつての苦労や再びスイングに不調をきたすのではないかという不安が募る。

「やっぱりツアーに戻ってもできるかな?って、思うこともあります。でも冷静に考えて、あの苦しさをもう一度こなすのかと思うと、そこまでのモチベーションに持っていくのは、今は厳しい。それに今の状態で勝てる世界じゃないというのは、私がよく分かります。今の若い選手たちはみんな本当にゴルフがうまい。努力した人が勝つし、根拠のない自信もすごく大事になってきます。これだけやったから私は負けへんみたいな精神力ですよね。私も二十歳のころ、絶対負けへんっていう気持ちが強くありました。人よりも練習して、苦しい思いもしているから、何で負けなあかんねんって(笑)。じゃあ、もう一回がんばれって言われるかもしれないけれど、そう簡単じゃない。だから今は機が熟すのを待っているところです」

「やっぱりゴルフ界にはいたい」

 森田のこの先が明確に定まったわけではない。しかし、“引退”を宣言していない立場からもわかる通り、ツアー復帰への望みを残したのは、再びスポットライトを浴びたいという思いがあるからなのか。

 だから、最後に聞きたいことがあった。

 プロを目指す子どもから「賞金女王になるためにはどうしたらいいですか」と聞かれたら、何と答えますか、と。

 即答だった。「練習しかないです」と。それは自分への答えでもないだろうか。

 ひたむきに練習する才能があったからこそ、森田は賞金女王になれた。それを実践できたのであれば、気持ち一つで再びツアーに復帰することも可能だと思える。

「人生は長いので、そんなすぐにとはいかないけれども、やっぱりゴルフ界にはいたい」

 いつの日か、ティグラウンドでクラブを握っている元女王の姿を多くのファンが待ち望んでいる。

■森田理香子(もりた・りかこ)

1990年1月8日生まれ。京都府出身。8歳からゴルフをはじめる。アマチュア時代はナショナルチームで活躍。2008年のプロテスト合格。岡本綾子に師事し、しなやかで力強いスイング作りを目指した。飛距離を武器にツアーで台頭。09年に日本ツアー初参戦し、賞金ランキング27位で初シード獲得。10年に樋口久子IDC大塚家具レディスで初優勝。13年には4勝し、23歳327日で賞金女王に輝いた。16年にシードを喪失。18年シーズンを最後に休養を宣言した。現在は女子ツアー解説の仕事やラウンドとトレーニングも続けている。

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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