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NBが画期的な「片方だけのシューズ」制作 片足に障がいでも「両足買うのが当たり前」という盲点

金明昱スポーツライター
アンプティサッカー選手の片足のサイズを測るニューバランスの社員(筆者撮影)

 浦和レッズFW杉本健勇の名前を冠した12歳以下の少年サッカー大会「第2回杉本健勇カップ」(主催:健勇会)が4月4日、大阪・泉佐野南部公園グラウンドで開催された。

 昨年の第1回大会では、杉本健勇も駆けつけ、サッカー少年たちと親睦を深めたのだが、第2回大会の今年は少し違う光景が目の前に広がっていた。

 8人制の21チーム参加の地方の小さな大会に、足に障がいがあるサッカー選手たち――「アンプティサッカー」をする選手たちが集まったのだ。

 メンバーはアンプティサッカーチーム「関西セッチエストレーラス」の面々。

 そこにはアンプティサッカー日本代表で高校1年の近藤碧くんもいた。そのチームと同大会に参加した少年チームの監督やコーチ、ジュニア選手たちも実際に両手に杖を持ちながら試合を体験した。

参照:片足でサッカー!?プロリーグがある国も…パラリンピック種目を目指すアンプティサッカーの魅力

 そればかりではない。この大会のためにわざわざ、東京本社からシューズメーカーのニューバランス(NB)の社員も駆けつけていた。理由は「選手がベストパフォーマンスを発揮できるようにサポートしたい」。

 そこに関わった人たちは、それぞれ熱い想いを抱えていた。

日本代表の近藤碧くんのボールコントロールと機敏な動きは見事なもの。健常者も初めての杖を使ったサッカーに難しさを感じていた(筆者撮影)
日本代表の近藤碧くんのボールコントロールと機敏な動きは見事なもの。健常者も初めての杖を使ったサッカーに難しさを感じていた(筆者撮影)

「片足だけのシューズは買えない」

 同大会主催のメンバーで、杉本健勇も通った少年サッカークラブ「FCルイラモスヴェジット」監督の金尚益氏から、あるアンプティサッカーチームに一本の電話が入った。

「子どもたちの前でアンプティサッカーを見せてほしいという依頼をいただいたんです。いや、本当に金さんは気持ちの熱い方ですよ」

 そう語るのはアンプティサッカーチーム「関西セッチエストレーラス」の代表代理で、トレーナー・理学療法士の田中孝弥さん。アンプティサッカーの日本代表トレーナーのチーフとして、昨年のW杯にも帯同した人物だ。

 田中さんが「杉本健勇カップ」に招待されたきっかけについて教えてくれた。

「うちのチームにいる(近藤)碧だけじゃなく、そのほかの選手がどれほどすごいのかを見たい、という話をいただきました。子どもたちに希望を与えるいい機会になるからと」

 さらにもう一つ、金氏はある提案を田中氏に伝えていた。

「片足のスパイクシューズを現地で提供したい」――。

アンプティサッカー日本代表の近藤碧くんとFCルイラモス ヴェジット監督の金尚益氏(写真提供:金氏)
アンプティサッカー日本代表の近藤碧くんとFCルイラモス ヴェジット監督の金尚益氏(写真提供:金氏)

 田中氏がその経緯についても教えてくれた。

「会場でスパイクシューズの片足だけのサイズを測って、それを提供してもらえるという話をいただいたんです。アンプティの選手たちは、普段からスパイクを買うときは、両足を一緒に買わないといけないんです。それを片足だけで買えるようにしていただけるという話でした。自分たちがこんなに甘えていいものなのかと思う部分もありましたが、ハンディがあっても同じサッカーをしている人間として見てくれる。その気持ちがすごく嬉しかったです」

 そのために、金氏が同大会に来てもらえるように声をかけたのは、有名シューズメーカーの「ニューバランス」だった。

 金氏が熱く語りはじめる。

「片足だけを買えないのは正直、納得がいかなかったんです。それで、シューズ作りに100年以上の歴史を持つニューバランスの社員に会いに行き、『あなたたちがすべきことがここにある』と伝えたのです」

「シューズを必要とするすべての人に満足を」

 ニューバランスジャパンの高田理功氏は、「シューズを必要とする、すべての人に満足して頂けるシューズブランドでありたい」という強い信念を持ち、地方の小さな少年サッカー大会に東京から3人で自社のサッカーシューズを持ち込み、会場を訪れていた。

「これはたぶん日本どころか、世界初の試みだと思うんです」。そう語る高田氏。金氏との話をきっかけに様々なことを考え、心を動かされた。

「お店にサッカーシューズを買いに行くと、両足での購入が当たり前の環境です。シューズとは両足だけなのか。それは違います。片足だけであってもすべての選手はひとりの人間であり、シューズを必要とするすべての人に満足して頂ける対応をしなければならないと思いました」

 高田氏はすぐに動いた。

「グラウンドで選手1人1人の片足のサイズを測らせてもらい、ジャストフィットのシューズでプレーして頂こうと思いました」

当日会場に持ち込まれたニューバランスのサッカーシューズ(筆者撮影)
当日会場に持ち込まれたニューバランスのサッカーシューズ(筆者撮影)

 持ち込まれたシューズがピッチの脇にずらりと並んだ。そこに置かれた椅子に座り、アンプティサッカーの選手たちは丁寧に足のサイズを測ってもらっていた。

 また、選手の足の計測だけでなく、「アンプティサッカーの方に喜んで頂けるのであれば」(高田氏)と、片足専用シューズボックスも今大会限定ではあるが、用意されていた。

「胸を張れる取り組みとして」

 選手の足の大きさを測定し、シューズ選びのアドバイスを送っていた同社の下田和希氏もこんな感想を抱いていた。

「正直、僕もサッカー自体はそこまで詳しくないのですが、アンプティサッカーという競技のことはもちろん初めて知りました。私のイメージでは、片足だけだとかなり負担がかかっているんじゃないのかなと思っていました。初めて選手と接することで、実際にどういう履きこなしをしているのか、足の形も含め、僕自身も興味のあるところでした。僕なら片足だけでシューズ販売ができるメーカーというのは、とても理解があると思いますし、今回は自分たちとしては胸を張れる取り組みなのかなと感じています」

アンプティサッカー選手の片足のサイズを測るニューバランス社員の下田和希氏(筆者撮影)
アンプティサッカー選手の片足のサイズを測るニューバランス社員の下田和希氏(筆者撮影)

 もう一つ驚いたのが、元鹿島アントラーズGKの八木直生氏がニューバランス社員として現場に来ていたことだった。

 聞けば2013年に現役を退き、鹿島の育成組織でコーチを務めたあと、16年から同社社員として働いているという。

 今回は社員としての仕事のほか、実際にアンプティサッカーの試合にも出場した。左腕をユニフォームの中に入れ、右手だけでゴールマウスを守った。

「今日、実際に片腕でキーパーをやらしてもらったのですが、すごく難しいなと感じました。ただ、プレーしづらいなかでも、色々な考え方があることも分かりました。練習次第でセービングもできるし、しっかりとキャッチもできる。それにフィールドの選手も実際にプレーを見て、すごくうまい。動きも綺麗で洗練されていて、動作に対してすごく磨きがかかっているなと思いました。健常者と障がい者の方がこうして同じサッカーをする姿にすごく感動してしまって……。途中で涙腺が緩んでしまいました。今日は本当にいい経験をさせてもらい、自分の中でもまた一つ幅が広がりました」

 元Jリーガーも意外な場所で、新たな経験をさせてもらったことに感謝していた。

 ちなみに、アンプティサッカーの選手たちの片足を測定して新たに制作されたニューバランスのサッカースパイクは、大会運営の主催者側が購入し、寄贈されることになっている。

東京から大阪まで駆けつけ、片足の選手たちの足のサイズを測り、片足だけのシューズを作ることを決めたニューバランスの社員たち。左から八木直生氏(元鹿島アントラーズGK)、下田和希氏、高田理功氏(筆者撮影)
東京から大阪まで駆けつけ、片足の選手たちの足のサイズを測り、片足だけのシューズを作ることを決めたニューバランスの社員たち。左から八木直生氏(元鹿島アントラーズGK)、下田和希氏、高田理功氏(筆者撮影)

盲点だった“片足”だけの購入

 筆者も取材を進めるうちに、ハッと気づかされることが多かった。

 靴は両足を購入するのが当然で、そこに片足の不自由な障がい者のことを想像できる人はどれくらいいるだろうか。

 片足の靴を必要としている人は、日本にも数多くいるだろうが、片足だけを販売しているシューズメーカーは皆無だ。

 つまり、片足の靴だけが必要な人にとって、両足を購入するということは必要のない商品に対し、余分にお金を払っていることになる。

 まさに盲点。

 こうした話を聞いて初めて気づかされるところ、健常者と障がい者の間にはまだ小さな壁があるのかもしれない。

 今回はアンプティサッカーをする選手たちに、ニューバランスの熱意で片足だけのサッカーシューズを作ることになり、大会主催者がそれを購入して提供する形となった。

 だが、こうした片足しか使えないサッカー選手たちだけでなく、日本には片足の靴だけを必要とする人たちが、自分たちの周囲にも存在することは容易に想像できるだろう。

 今回は小さな一歩かもしれない。だが、こうしたニューバランスのような活動は、足に障がいがある人たちへの精神面や金銭面への配慮、さらには社会的な課題解決につながっていくに違いない。

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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