Yahoo!ニュース

「羨ましい!悔しい!」日本の快進撃に複雑な韓国は運命のドイツ戦。国を挙げての大応援を体感してきた!

金明昱スポーツライター
メキシコ戦を応援するため光化門広場に集まった韓国人(写真はすべて筆者撮影)

 ソウル市内のホテルで支度していると、窓の外から聞こえてきた怒号のような声。拡声器を使って何かを叫んでいる女性の声だ。

「もうワールドカップ(W杯)の応援が始まったのか?」と思いきや、そこにはまったく別の光景が広がっていた。

「朴槿恵(パク・クネ)は大統領だ!」「朴槿恵大統領様を釈放しろ!」

 車に乗って、韓国国旗「太極旗(テグッキ)」を振り回す50代くらいの女性が拡声器を持って、大声で叫んでいた。

 その車の後ろには数百人、いや数千人はいただろう。多くの日本人や外国人観光客が訪れる明洞(ミョンドン)の大通りの前を通り過ぎる人々の列。

 見ると「大韓愛国党」のデモ行進だった。この政党は昨年結成された党で、朴槿恵の釈放を求め続けている。

明洞の大通りに現れた大韓愛国党の大規模デモ
明洞の大通りに現れた大韓愛国党の大規模デモ

 韓国では南北融和を進める文在寅(ムン・ジェイン)大統領の支持率が高まる一方、懲役30年を求刑された朴槿恵前大統領を支持する極右勢力がいまだにこんなにもいるのかと驚かされた。

 左と右。どの国にも対立する政党や勢力はあるが、融和ムードを嫌う韓国人にとって、現在の文在寅政権は歯がゆくて仕方がないのだろう。

 もはや、この人たちにとってはW杯など眼中にない。韓国がグループリーグ突破に向けた大事なメキシコ戦を控えているというのに……。

 この国が抱える闇の一部を現地で見た気がした。

W杯特需に沸くコンビニ

 そんな大規模デモがあったかと思えば、W杯で韓国を応援する人たちの熱気も相当なものだった。

 F組の初戦でスウェーデンに0-1で敗れた韓国は、2戦目のメキシコに勝利しなければならず、いわば大一番。

 24日、日曜日の0時から試合開始ということもあって、街頭でのパブリックビューイングには相当な人が集まることが予想された。

 それにしても、試合開始7時間前の17時から会場周辺ではイベントが開始され、試合を楽しみにしている人たちが集まり始めていた。

 ソウル市と大韓サッカー協会が主催のソウル市庁前のソウル広場と光化門広場には、真っ赤な応援Tシャツを着た人だかり、韓国代表サポーター“レッドデビル”の象徴ともいえる光るカチューシャを頭につけた人々が続々と集まっていた。

 もちろん、この日はソウル市内だけでなく、地方都市でもパブリックビューイングが行われており、全国規模で大応援が行われていた。

 光化門駅に到着すると、駅構内のコンビニではゴザや応援グッズが店頭に並び、ビールやつまみもじゃんじゃん売れている。どこから来たかわからない人が駅構内で、応援Tシャツやグッズを販売しはじめる。

応援会場では数多くのイベントも行われていた
応援会場では数多くのイベントも行われていた

 お金の匂いを嗅ぎつけた商人が、どこからともなく現れる韓国人の商魂をここで見る。

 忙しそうにレジ打ちするコンビニの店員に少し話を聞いた。

「試合がある日の売上はすごいよ!毎日こうだとありがたいよね(笑)」と親指を立てながら喜びを表現する。

『聯合ニュース』によると「スウェーデン戦に比べて、パブリックビューイング会場周辺のコンビニは2倍を超える売り上げを記録した」と伝えている。

 店側にとっては勝ち続けるほど“W杯特需”が続く。

「そりゃあ2002年の4強のときみたいになればいいけれどね。さすがに今回は厳しいだろうけれど」

 スウェーデン戦の結果を見たからか、今の韓国代表には期待が持てないのだろう。コンビニ店主はそういって苦笑いしていた。

ソウル広場に集まった人たち
ソウル広場に集まった人たち

熱いソン・フンミンへの期待

 しかしながら、街頭応援のための人の集め方がうまい、と思った。というのも、W杯応援だけのために特別に設営された舞台では、K-POPアーティストや有名ガールズグループらによるライブ公演が行われ、試合前に大盛り上がりだったからだ。

 スマホを手に写真や動画を撮る人々でにぎわいを見せていた。W杯応援を呼びかけるための客寄せ効果もあるが、試合前のライブ公演はもはや韓国ではW杯応援前の定番だ。

 光化門広場とソウル広場の両方に駆け付けたが、もう見る場所がないくらいに人で埋め尽くされていた。

 23日、土曜日の深夜。0時に日付が変わる。試合開始。

 みながメキシコ戦の勝利を願い試合を見守る。ドイツを破ったメキシコにはかなり勢いがあった。やはりエースFWソン・フンミンへの期待は高く、名前が呼ばれたり、ボールを持つたびに歓声が上がる。

 緑のメキシコ代表ユニフォームを着て応援するメキシコ人も数十人いただろう。赤の中に緑が混じるとかなり目立っていたが、怖くはないのだろうか。その勇気に感服する。

 前半26分にDFチャン・ヒョンスの腕に相手のクロスが当たり、ハンドを取られてPKを献上。

 人々からはため息が漏れる。不用意なタックルに落胆する人、「ハンドではない!」と叫ぶ人と様々だ。決められて0-1。

 後半に入っても流れは変わらなかった。後半21分にはメキシコが得意とするカウンター攻撃にやられて2失点目。

 試合をあきらめかけていたその時、アディショナルタイムにエースのソン・フンミンが左足で強烈なミドルシュートを突き刺して1点を返した。

 割れんばかりの歓声で会場はわいた。だが、追いつくには時間がなさすぎた。

試合前はK-POPアーティストによるライブで大盛り上がり
試合前はK-POPアーティストによるライブで大盛り上がり

試合日は地下鉄深夜便を運行

 私がいた目の前の若い男性グループ6人。帰り際、とても残念そうだった。日本から来て取材していると声をかけ、感想を聞いた。

「最後、ソン・フンミンが決めてくれたのは良かったけれど、これが実力ですよ。最後の試合で意地を見せてほしいけれど、ドイツですからね。でも最後まで応援しますよ」

 話題は日本代表のことに。ところで日本がコロンビアに勝ったのは見ていたのかと聞くと、かなり興奮した様子で話を続けた。

「もちろん見ていましたよ。日本が負けると思っていたけれど、まさか勝つとはびっくりしました。でも、アジアではライバルですけれど、これらも勝ってほしいと思っていますよ」

 もう一人の男性は「一人がレッドカードで退場したとはいっても、日本はすごくまとまっていましたよ」と褒めていた。残りの4人は「でもやっぱり少し悔しい気持ちもあります。韓国がこんな結果なので。だから日本にはアジアを代表してがんばってほしい」と、意外にも日本に好意的だった。

 日本から来たことを伝えたからか、リップサービスなのかはわからない。だが、明らかに韓国代表に対する失望感の反動が、日本代表の善戦を願う力に変わっているようだ。

 韓国が2連敗した夜の深夜2時。多くの人が帰路についていたが、普段は動いていないはずの地下鉄とバスの公共機関が特別運行していた。

 聞くと韓国戦がある日だけ、深夜運行をするという。日本ではとても考えられない。国民性の違いをここでも実感する。

 この日はソウルの地下鉄2号線が早朝4時まで運行され、市内バスも最終が2時30分まで延長されていた。こうした対応力を見ると、日本とはまた違った“応援文化”を実感する。

 悔しさ、うれしさ、驚き――いろんな感情が入り混じった夜だった。

テレビ中継ではかつてJリーグでもプレーしたアン・ジョンファンの解説が人気だそうだ
テレビ中継ではかつてJリーグでもプレーしたアン・ジョンファンの解説が人気だそうだ

「日本-セネガル」検索ワード1位

 その翌日、日本がセネガルに2-2で引き分け、勝ち点1をもぎとった。これで韓国では、日本代表への関心度は一気に高まった。

 韓国内最大手のポータルサイト「NAVER」の検索ワードでは「日本-セネガル」が終日1位にランクインし、関心の高さをうかがわせた。

 日本の快進撃に対する韓国人の書き込みを見ても好意的なものが多く、韓国メディアもそうした国民の声をニュースにしていた。

「日本を認めるのは嫌だけれど、本当にうまい。監督もいきなり変わったのに、これは監督の功績が大きいのでは?」

「うまいのはうまいと認めるべき。日本がアジアのプライドだ」

「韓国と比較してはいけないくらいにうまい。本当に精神力から違う」

「日本が本当の実力を発揮した。16強を今から祝うよ」

 日本代表への羨望のまなざし、そして韓国代表に対する情けなさが入り混じった、韓国国民の正直な感想だろう。

 韓国のグループリーグ敗退がほぼ決まったと思った矢先、ドイツがスウェーデンに2-1で勝利したニュースが届いた。首の皮一枚つながった。

 今日、行われるドイツ戦で勝利すれば、グループリーグ突破の可能性を残している韓国。再び、韓国内では大規模な応援を準備している。2014年ブラジルW杯覇者、“本気”のドイツを破ることができるか。

 日本の快進撃に続いて、“アジアの虎”は奇跡を起こせるのだろうか。

 眠いからか悔しいからなのか、目を真っ赤にしてソウル広場で応援していたサッカー少年がこう言ってきた。

「日韓両国の決勝トーナメント進出が叶えば、残りの試合ももっと楽しみが増えるよね!」

 確かにその通りだと、その少年にうなずいた。

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

金明昱の最近の記事