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最終回は過去の回想なのか、それとも老いた家康の脳内世界なのか「どうする家康」演出・村橋直樹の仕掛け

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
「どうする家康」より 写真提供:NHK

客観的に見たら小さいけれど、家康にとってはとても大きな救い

大河ドラマ「どうする家康」チーフ演出・村橋直樹インタビュー 後編

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――最終回、ここをラストシーンにしたのかーと驚きがありました。

村橋直樹(以下村橋)「狸親父として、あるいは、神の君として、僕らのパブリックイメージにある家康は実は虚像で、ほんとうはただの弱い白兎だったのかもしれないという、古沢良太さんが打ち出した方向性を、序盤からスタッフ間で共有してきました。前半はあえて、ひたすら他者に流されまくる、巻き込まれ型の主人公として家康を描いて、後半にみんなのよく知っている、どっしりした家康に変貌していきますが、それはある種、演じている家康で、根っこは第1回から描いてきた白兎で、そこは何十年経ってもまったく変わっていないことを、どう第48回のなかで設計して行くか腐心しました」

――家康の変わらなさは胸を打ちますが、最終回の茶々も印象的でした。お市から茶々まで、長いこと一緒に走ってきた村橋さんとしてはどんな風に思っていらっしゃいますか。

村橋「僕が、古沢さんにひとつ、お願いしたことがあります。秀吉の死のときと同じで、ずっとラスボス的であったので、最後、茶々(北川景子)に人間に戻ってほしいなあと思って。当時も、きっと、秀頼の母として、周りからの見られ方もラスボス的だっただろうし、実際、自分の背負ってきた業みたいなものに突き動かされて走ってきたのでしょうけれど、最後は、一瞬でもいいからひとりの人間に戻してあげたいとお願いして、書いてもらったセリフが『茶々はよくやりました』です」

――印象的でしたね。

村橋「誰に向かって問いかけているのか、わからないようなセリフだけれど、お市――母さんに話しかけているのだと僕は思っています。これだけはやりたかった。映像的には地獄絵図みたいなことになっていますけれど、一瞬だけ光が当たってーーいや、映像で光が差すわけではないですが、北川さんのお芝居の中に人間としての光が灯る瞬間。そこはかなり気合いを入れて撮りました」

――家康は、瀬名のみならず、女性に支えられたということも描かれていました。

村橋「そこは古沢さんも意識していたことだと思います。歴史の偉人として家康を描かないことが古沢さんのテーマだったと思うので、マッチョな武将になってしまいそうなところを、瀬名(有村架純)、於愛(広瀬アリス)、阿茶(松本若菜)……など女性の存在によって回避できた。でもそれは、多様性の時代に配慮して、女性を描かなければということでは決してなく、そばにいつも女性たちが自然にいたということなのではないかと思います」

――大坂の陣の和睦を、初(鈴木杏)など女性が影で取り持っていたという流れが良かったです。

村橋「男同士だとメンツにこだわってしまい、それでどん詰まると、女性たちに頼っていたのかもしれませんよね」

自分と向き合った素晴らしい芝居が生まれたのではないか

――家康の生涯を終えた松本潤さんの演技はいかがでしたか。どんな表情が印象的でしたか。

村橋「家康が死を迎える瞬間は、”客観的に見たら小さいけれど、家康にとってはとても大きな救い”というアメリカ文学的な主題のシーンになりましたが、松本さんがそこを非常に上手く演技で表現してくれました。あの穏やかな表情で家康の苦しい生涯を一転して肯定してくれたのですから。100%演技ではなく、少し自分のことが重なったのかもしれません。大河ドラマの主演としての1年半はまさに重き荷を負うて遠き道を行くが如し、でした。ひとり徳川家康の生涯を演じきり手応えを感じて終わっていく瞬間を迎えているという充足感みたいなものが、このドラマでの家康の最期と重なったのかもしれません。死んでいくシーンは完全な一人芝居で、芝居相手から感情を受け取ることもできず、自分ひとりで感情を作っていかなくてはいけない。それが逆に良い方に作用して、自分と向き合ったああいう素晴らしい芝居が生まれたのではないかな、と思っています。私の想像ですけれど」

「どうする家康」より 写真提供:NHK
「どうする家康」より 写真提供:NHK

お芝居を通して家康に(=松本潤さんに)労いの言葉をかけているような

――瀬名たちと出会って家康が目を瞑り、岡崎での結婚式の時代に変わっていくシーンなどはどんなふうに見せようと思いましたか。村橋さんの真骨頂な演出はどこですか。

村橋「いきなり過去に戻るという古沢さんらしいギミックに溢れた台本の力。そして瀬名、信康や家臣団らの懐かしい面々が揃って出てくる俳優部によるお芝居の力。終盤のシーンはそれだけで、私の力などなくとも、正直放っておいても良くなります。ですので腐心したのは、その前段のセットアップです。大坂の陣が終わり平和な世が訪れてからの家康の描写にはこだわりました。すべての業を背負い込み抜け殻のようになった家康を強く印象付けておかないと、ラストで家康に訪れる小さな救いが効かなくなってしまう。家康の寝かされている場所は、狭い私室ではなく馬鹿みたいに広い空間にし、見舞いに来た正信らとの距離感を大切にしました。家康の手や首、正信の手にも特殊メイクを施してもらい、彼らの年月を感じさせるものにしています。松山ケンイチさんはそれを敏感に感じ取り、家康の手を見たところから芝居のニュアンスが変わっていますよね。終盤のシーンが『ホップ・ステップ・ジャンプ』のジャンプだとすれば、その跳躍力を高めるために、台本と俳優部を信じ、ステップの部分である中盤のシーンの土台をしっかり固めることが演出の仕事だと思うので、真骨頂と問われると、そこでしょうか。

あと、遊び心ですが、岡崎の鯉のくだりが始まってからは、本来その時代にはあってはいけないもの(オーパーツ)を随所に仕込んでいます。うさぎの彫り物や夏目が持っていたトラの人形etc……。元々の狙いは、これは過去の回想なのか、それとも老いた家康の脳内世界なのかをあやふやにするためですが、もし2回見ていただけるのであれば探してみると面白いかもしれません」

「どうする家康」より 写真提供:NHK
「どうする家康」より 写真提供:NHK

――家臣団が大集合したときの様子はいかがでしたか。

村橋「もうこれは、同窓会ですね。俳優同士の、僕らスタッフとの、そして視聴者の皆さんとの。現場当日も、座長・松本潤のところに集ったレギュラー俳優たちの同窓会のような様相だったわけですが、それがそのまま、死にゆく家康の記憶の中に集まった家臣団たち、という台本の構図に溶けていった、という印象です。

お芝居を通して家康に(=松本潤さんに)労いの言葉をかけているような、そんな雰囲気でもありました。役と現実とは切り離さなければならないものと考えますが、それが滲み出てしまうことも、長い年月をともに過ごして作る大河ドラマの良さであるとも言えます。そういう意味で、あのラストシーンは、松本潤という座長の人間力が生み出したものだったのかもしれません」

Naoki Murahashi
1979年生まれ。愛知県出身。制作会社にてドキュメンタリーから、バラエティ、音楽、スポーツ番組と、幅広くテレビ番組の演出、プロデュースを手掛けた後、2010年にNHK入局。2013年にドラマ制作へ。2018年、「透明なゆりかご」、2019年「サギデカ」で文化庁芸術祭大賞を受賞。2020年「エキストロ」ではじめての映画監督を務めた。大河ドラマは「おんな城主直虎」「青天を衝け」の演出を手掛けた。

どうする家康 総集編①~④
12月29日(金)NHK総合、BSプレミアム4K 午後1:05~

主演:松本潤
作:古沢良太
制作統括:磯智明
演出統括:加藤拓
音楽:稲本響

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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