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もし家康が卯年だったら?という発想から生まれた「どうする家康」制作統括・磯智明の現代へのメッセージ

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
大河ドラマ「どうする家康」より 写真提供:NHK

なにがなんでも作り切るという覚悟の方が大きかった

「どうする家康」制作統括・磯智明チーフプロデューサー インタビュー第3回

大団円。最終回を迎えた大河ドラマ「どうする家康」(NHK)。古沢良太の真骨頂である大胆な展開、乾いた眼差し、でもそれだけでない愛らしく情緒的な面の数々が合わさって、さらに、祈りを現代に繋げた、印象深い結末になった。

制作統括・磯智明チーフプロデューサーにインタビュー。「どうする家康」をやり遂げた思いは。

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ガンダム好きのアニメ世代が作った大河

――サブタイトルは磯さんが考えているのでしょうか。

「古沢さんが全48回のプロットを最初に作って、そこにサブタイトルが書いてあって、それをそのまま使っているものもあれば、やや作り変えたものもあります。歴史的なエピソードとして重要だから、みんなの知っているワードを使おうと提案することもありましたが、基本的には古沢さんのアイデアです」

――「逆襲の三成」など、アニメのサブタイトルみたいな感じでした。

「僕も古沢さんもアニメ世代なんですよ。古沢さんと話していると、学生の頃どんなものを見ていたとか何が面白かったとかいう話になって、やはり『ガンダム』が面白かったとかいう話になります。僕たちより少し上の世代の先輩たちは漫画・コミック世代で、さらに上だと映画に影響を受けた世代があって。作り手たちが若い頃に影響を受けた文化が、大河を形作っているかもしれません。今、僕らより下の世代は、アニメメーションを本格的に見て育った世代ですが、今後はゲーム世代が出てくるのかなと思います」

【古沢良太さんの回答】
――ガンダム等のアニメなどを意識していましたか。

古沢「ガンダムは全体のモチーフの一つでした。サブタイトルはぱっと思いつくことも、思いつかず皆に相談することもありました」

――第28回のサブタイトル「本能寺の変」を当初「ローンウルフ」としたお気持ちと、それを大衆性のある「本能寺の変」に変更したお気持ちは。

古沢「『ローンウルフ』は信長の孤独な人生の表現ですが、演出の村橋(直樹)さんが『撮り終わったら、孤独というより次へ向かって進んでゆく感じ』と言っていて、視聴者の皆さんにとっても『本能寺の変』のほうが親切だろうということで同意しました」

――磯さんは連続テレビ小説「なつぞら」でアニメーションの黎明期を題材にされました。アニメを通り過ぎて来たからこその「なつぞら」だったということなんですね。

「僕が小学生のころ、家の近くに、世界名作劇場などのアニメーションの彩色スタジオがあって、面白がって毎日通って、窓からのぞいていたら、中に入れてくれたという経験があります。そこでアニメ職人の仕事を目の当たりにしました」

――「なつぞら」と「家康」の共通点は、兎が出てくることです(*「なつぞら」ではヒロインは兎のセル画を大事にしている)。

「ははは」

――磯さんが兎好きなんでしょうか。

「兎は古沢さんの発想ですね」

「どうする家康」より 写真提供:NHK
「どうする家康」より 写真提供:NHK

――寅年か卯年かという説がうまく物語になりました。

「兎が寅になる話ですからね。家康が何年生まれか説も諸説あって。ほんとに寅年なのか、古沢さんが考証の先生に訊ねて、そこははっきりわからないなみたいな話だったんです。家康自身が、卯年と書いている史料もあって。もし家康が本当に卯年だったらどうだったかという発想から、家康のキャラクターを考えたのでしょう。うまく物語にまとまりましたよね。そういうセンスというか計算力が素晴らしいですよね。シミュレーション能力とでもいうのでしょうか。これは多分、これから若い人達の脚本家に必要な能力になってくるような気がします」

――家康は兎なのに寅にされてしまった悲しみや、家庭を大事にしようとしていたのにできなかった後悔をずっと引きずって。でも、最後、結婚式という家族の儀式で終わっていく。見事でした。

「そうなんですよ。古沢さんの構想力、構成力がすごいんですよ」

【古沢良太さんの回答】
――家康が、卯年か寅年かわからない歴史を物語に見事に取り入れられたと感じました。物語の発想は、家康の生まれ年がわからないことから生まれたものですか。それとも、もともと、弱きプリンスを考えていたら、偶然、生まれ年の謎に行き着いたものだったのでしょうか。

古沢「偶然です。あとから考証の先生に『卯年としている史料もあることを古沢さんは知っていてああしたのだろう』とおっしゃったのを聞いて、そういうフリをしました」

「どうする家康」より 写真提供:NHK
「どうする家康」より 写真提供:NHK

過去の大河ではあまりない最終回

――どういう議論がなされて、あの最終回になったのでしょうか。

「最後に鯉の話はやりたいと、古沢さんも強く思っていて、問題は、その場面が、最終回の1時間の中で、どのぐらいの分量を占めるかでした。8月頃、大坂夏の陣のクライマックスを最終回の序盤戦にして、終盤、鯉の話にした時、中盤をどういうふうにするかという話し合いが成されました」

――鯉の話の尺がたっぷりありましたね。

「本当は、豊臣滅亡後、家康は江戸の町づくりをはじめとして、法整備など色々やっていて。そこの部分を描くかどうか、やるとしたら、そこにはどういう登場人物が必要なのか考えたりもしたんです。結果的には、夏の陣が終わって徐々に家康神話みたいなものが作られていく中で、最期の家康の境地みたいなようなところにシンプルにまとまったと思います」

――過去の話なのか有り得たかもしれない世界線なのかわからない場面で終わるのは、今までの大河にはなかったのではないでしょうか。

「カーテンコール的に、最後、登場人物が主人公と関わった人たちがイメージの中で再会するような作り方は、大河ドラマでもよくある手法ですが、前々から伏線を貼りながら、一つのエピソードとして作ることは、ぼくもあんまり記憶がないですね。ただ、“鯉の思い出話”と“信康と五徳の結婚式”を最終回のラストでやる時、家康の気持ちは、結婚式当時の気持ちなのか、それともその臨終の時の気持ちなのかは何度も何度も話し合いました。最初のうちは、独立したエピソードとして描こうとしたのですが、やはり、家康の積み上げていった晩年の境地から、昔の三河の思い出に入っていくような感情ラインを作ることにしました」

「どうする家康」より 写真提供:NHK
「どうする家康」より 写真提供:NHK

――松本潤さんは家康の一生をどう演じきりましたか。

「難しい役だったと思います。非常に真摯に、台本に向かい、葛藤する松本さんの姿そのものが徳川家康の人生そのものにぼくは見えました。撮りきった時、すごくいい表情をされていました。まさに家康が、人生をやり終えた瞬間に近い表情なんじゃないかと思ったりしました。本当にお疲れ様としか言いようがないです」

――撮り切りーークランクアップした瞬間の場面はどこですか。

「クランクアップ瞬間は、最終回冒頭の軍議のシーンです。家康最期のシーンはその前々日に撮りました。瀬名と信康が現れ、家康が自分の思いを語るところは、まさに家康の最後はこういう心境だったんじゃないかと思いました。さらに、松本さんがここまで演じきった思いや、ここまでの撮影で積み重ねてことすべてを語っている表情だなと僕は思いました。演じているというより、その人になりきっているという感じが僕はしました」

――「平清盛」の松山ケンイチさんもそうでした。磯さんの作るドラマは、その俳優の人生と役がすごく重なって見えてくるように感じます。

「僕は全然違うものを作ったと思うのですが、人物デザイン監修の柘植伊佐夫さんが一緒で、年を重ねる表現が素晴らしかったこともあるのでしょうか。……なんて言うんですかね、ドラマはあくまで作り物ですが、それを超えるためにはやっぱりリアリティーが必要なんだと思います。それには演技で見せるリアルさとその俳優が持つリアルさのふたつがあって。俳優の持っているリアリティーみたいなものとドラマのなかのリアリティーが一致したときに、ものすごく大きな力が出るのだと思います。僕はかつて、土曜ドラマで、現代ドラマをドキュメンタリータッチで作っていたことがあって、そこでは、犯人にどうやったらリアルさが見えるかが勝負だったりしたので、大河ドラマでも、歴史劇においてのリアルさとはなんだろうと常に考えているのかもしれないです」

――大河の様式性もいいですが、生々しい瞬間が胸を打たれます。第26回の家康の「えびすくい」はひりひりして印象的でした。

「それは松本さんが俳優でありながら、アイドルという仕事をやられてきたことも大きいのかなと思いますね。どのようにすると気持ちが伝わるのか、視聴者目線を意識されていると思います」

決して古びず、今の人たちに届く物語になった

――先日「あさイチ」に松本潤さんがゲスト出演されたとき、所属事務所の件で、「あさイチ」にも出られなくなるんじゃないかと心配したみたいな発言をされていました。磯さんとしては、制作統括として今回の状況下で、何を考えましたか。

「ぼくは心配というよりも、なにがなんでも作り切るという覚悟の方が大きかったです」

――最終回を迎えて、視聴者の方にメッセージをお願いします。

「やっぱり徳川家康はすごい人だと思いました。僕は真田も大好きだし、三成も魅力的だし、家康に敗れていった人物たちが大河ドラマの題材になるということもよくわかります。だからこそ、古沢さんが徳川家康をやりたいと言った時、本当にやれるのかなという不安の方がすごく大きかったんです。が、やり遂げてみて、徳川家康はすごい人物だなと思い知らされました。信長、信玄、秀吉という数々のツワモノどもとやり合って生き残り、なおかつ最後は自分のなすべきことをやり遂げたという人物で、古沢さんは、家康を最初からそれができる優秀な人物としてではなく、そこに至るまでに家康がどういうふうに変化してきたのかにこだわっていました。日本で一番徳川家康のことを考えている人が古沢良太さんだと僕は思っていて。その古沢さんが徳川家康に向き合った集大成が今回の大河であり、その結末は、決して古びず、今の人たちに届く物語になったと思います。家康が人生を懸けてまで成し遂げた、戦なき世。そこに至る波乱万丈の彼の生き様こそが、ドラマを通じて、現代を生きる人たちへのメッセージです」

Tomoaki Iso
NHKプロデューサー。1990年入局。ドキュメンタリー番組を経て、ドラマ制作へ。2005年、演出からプロデューサーへ転身する。主なプロデュース作品に、大河ドラマ「平清盛」(12年)、連続テレビ小説 「なつぞら」(19年)、「富士ファミリー」(16年)、「スニッファー 嗅覚捜査」(16年)、「あなたのそばで明日が笑う」(21年)ほか。文化庁芸術祭優秀賞、ギャラクシー賞などを受賞

「どうする家康総集編①~④」
12月29日(金)NHK総合、BSプレミアム4K 午後1:05〜
主演:松本潤
:古沢良太
制作統括:磯智明
演出統括:加藤拓
音楽:稲本響

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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