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最終回なのに終わってない NHK「探偵ロマンス」 市川実日子が演じた人物の今後

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
「探偵ロマンス」より 写真提供:NHK

住良木なのか、新しい怪盗なのか

NHK大阪局で制作された探偵活劇「探偵ロマンス」が完結した。謎の貿易商・住良木平吉(尾上菊之助)は名探偵・白井三郎(草刈正雄)のライバルで、ふたりと平井太郎(濱田岳)も交えた決死の対決は、住良木の逮捕で終わった。だが、謎の宝石・イルベガンの卵を持ち「明智小五郎」を捜す男装の麗人(市川実日子)が帝都に出現し……。

イルベガンの卵の謎は解決せず、太郎はまだ人気作家・江戸川乱歩になっていない。このまま終わりではもやもやする。櫻井賢チーフプロデューサー、演出の安達もじりさん、大嶋慧介さんに総括エンタビュー、はたして続編はあるのか?

櫻井賢CPとは 

大河ドラマ「西郷どん」、朝ドラこと連続テレビ小説「マッサン」「カムカムエヴリバディ」、「ちかえもん」などの制作統括。 バブル世代

安達もじりさんとは 

「カーネーション」「べっぴんさん」「まんぷく」「カムカムエヴリバディ」「夫婦善哉」などの演出を手掛ける。「心の傷を癒すということ」は劇場版も制作された。

大嶋慧介さんとは 

演出作に「西郷どん」「腐女子、うっかりゲイに告る。」「おちょやん」などがある。「探偵ロマンス」を企画した。

「探偵ロマンス」より 写真提供:NHK
「探偵ロマンス」より 写真提供:NHK

これだけでは終わらないです、と風呂敷を広げて

――「探偵ロマンス」に隠された乱歩ネタを教えてください。

安達「赤い部屋、D 坂という名称をはじめとして、役名は7割がた、乱歩作品のどこかから坪田さんが拝借して書いています。赤い部屋のメンバーは20人いる設定で、主要メンバー以外の名前は、演出部が乱歩作品の登場人物名を組み合わせて作りました。1話の古本屋・二人書房の女将さん(本上まなみ)と旦那さん(野田晋市)の格子越しのショットはD坂のトリックのオマージュです。二人書房の向かい側の白梅軒という喫茶店もオマージュです。三郎の拳銃・ブローニングは明智小五郎の使っているものと同じです」

――謎の男装の麗人が出てくる終わり方にした理由を教えてください。

大嶋「物語は続くということを印象づけたかったからです。住良木なのか、新しい怪盗なのかと想像して楽しんでいただけたらと思いました」

櫻井「最初はああいう終わり方を考えていなくて、台本をつくっている途中で、坪田文さんのなかで2ndシーズンの構想が湧き上がって仕方なくなったようです。市川実日子さんに出演交渉をした際も、これだけでは終わらないです、と風呂敷を広げて交渉しましたので、続編はみなさまの反響にかかっております。よろしくお願いします(笑)」

――企画者・大嶋さんはそもそも乱歩の話をやりたかったのでしょうか。

大嶋「大正時代の新しいエンターテインメントを作りたいという思いが最初にありました。進めていくなかで、白井三郎のモデルになった岩井三郎さんという実在した探偵を知り、テレビや映画になりそうな活躍をされていたかたなので、この人をドラマにできないかと思ったら、乱歩さんが入門しようとしていたことを知って、すごくおもしろいバディものができるのではないかとひらめきと妄想が広がりました」

――発表資料に「企画・演出」として名前が入っています。外部スタッフではなく局員のかたが企画という肩書を出すのは珍しい気がするのですが。

櫻井「NHKのなかで、表記にルールがあるわけではありません。今回、『探偵ロマンス』が生まれたのはひとえに大嶋くんが意外な事実を発見したからで、それを世にお伝えしたいと僕は考えました。ほんとうにえらい企画を通してくれたものだと思うんですよ。これを形にするためにどれだけの時間がかかるねん?というようなとんでもなく壮大な企画でしたから(笑)」

――大正ものをやりたいと思ったわけは?

大嶋「海外のかたも楽しめるエンタメを作ろうというテーマがNHKのなかでありまして、それを考えるなかで、まず、時代劇がいいなと思いました。ただ、僕は時代劇が好きですが、小中高と生きてきてテレビで見た時代劇の話を友だちとできたことが一回もなかったんです。なんでかなと考えると、いまの人から見て、ちょんまげ文化など生活感が違うからハードルが高いのかなと思って。だったら、現代に生活スタイルが近くて、妄想が抱けるくらいの距離感がある大正がいいかなと。現代に続く文化が花開いた時代ですし、菊之助さんがおっしゃっていたような、闇を想像できる隙間がありそうと思いました」

「探偵ロマンス」より 写真提供:NHK
「探偵ロマンス」より 写真提供:NHK

一見、楽しいもののなかになにか隠されたメッセージが

――エンタメでありながら、社会に抑圧された若者たちの心情が描かれていると感じました。どう考えて作っていましたか。

大嶋「坪田さんと、現代を生きる人たちにとって自分ごとと思える、でもわかりやすくひとつのテーマに還元されにくい、心情みたいなものを盛り込みたいと話合い続けました。ただし、大正時代を描いたエンタメを作りたいことが第一で、大々的になにかテーマを訴えられても見る人は疲れるかなと思って、大上段に構えず、楽しんでもらえるようなスタイルを模索しました」

安達「大嶋のやりたいことも坪田さんのやりたいことにもものすごく共感しましたが、さじ加減には気を使いました。例えば、劇中、ピストルをぶっ放す場面がけっこうありますが、銃の音ひとつでも、たとえば『ルパン三世』などでは銃撃シーンを楽しく見ることができますが、生々しい描写だとこわいと感じてしまうので、楽しく見られる作り方と、内容が胸に刺さるようなところとのさじ加減を、見せ方や音のつけ方など、繊細に気を配った記憶です。お百のような人物の描き方も、チームで議論し、専門家のかたの意見も伺いました。とにかく、撮影から仕上げ作業まで、さじ加減を探ることに時間と力を注ぎました」

――結果的に活劇に振り切ったのがよかったのでしょうか。

安達「そうだったかもと感じています。どストレートに深いことをやるのではなく、一見、楽しいもののなかになにか隠されたメッセージがあるくらいが大嶋のやりたかったことだと思います」

ーー制作統括としてはどう考えたのでしょうか。

櫻井「僕なんかはバブル世代で、早く社会人になって、お金を稼いで、車を買って、デートしたいというようなことを考えることのできた世代ですが、世の中がどんどん厳しくなって、若い方々が未来に夢をづらい時代の今、昭和のおじさんの感覚で作ってはいけないと思いまして、坪田さんや大嶋に任せ、僕はできるだけ口を出さず、キャスティングの交渉をするなど、昭和のおじさんとしてうしろに控えておりました(笑)。自分の子供たちを見ても、世の中いいことあるよ、なんてきれいごとを言っても誰も耳を貸さないですよね。そこをなんとか物語の力で、心に届くものにしたいと思ったので、活劇や、そんなアホなというような展開や、三郎という存在を大事にした結果、僕も想像していないすごい作品になった気がしています」

「探偵ロマンス」より 写真提供:NHK
「探偵ロマンス」より 写真提供:NHK

BKで乱歩ものをはじめた意味

――第4話のアクションシーンのご苦労した点は。

大嶋「アクション監修・横山誠さんが生み出したたくさんの素敵なアクションを、横山さんと助監督さんたちがスケジュール内に段取りして撮影しきったことはすごいことだと思いました。役者さんたちが楽しんでやってくださったのもありがたかったですね。ワイヤーに吊られることを皆さん、わくわくしながら、やってくださって。菊之助さんの落ちるところには海外のレスキュー用のマットが敷かれているんです。自分は絶対にできないだろうなと思いました」

櫻井「菊之助さん、一発で決めましたからね。『怖いなあ』と言いながら、それはそれは優雅に落ちていかれて、感動しました」

大嶋「濱田さんも『飛ぶのははじめてです』と言いながら飛んでいらっしゃいました(笑)」

――続編を作るとしたら?

櫻井「江戸川乱歩さんの生涯は、このドラマで描かれた帝都の物語のあと、大阪、守口にある父の家に引っ越して、そこでやっと作家デビューするんです。BKで乱歩ものをはじめた意味は乱歩が大阪で生活していたことにもあるんですが(笑)。デビューしてからもまた書けなくなって逃亡人生がはじまるんです。生涯、逃亡癖は治らないので、仕掛けとしては、逃げて姿をくらましている間にもまた、怪盗との対決を行っていることを描いていけば、大正、昭和、戦中……と時代と共に永遠に作ることのできる作品です。みなさん、応援、よろしくお願いします!」

――視聴者の反響はいかがでしたか。

大嶋「アクションを楽しんでくださって良かったなと思ったのと、若い方のなかにお百や太郎の苦しみを感じ取ってくださったかたがたくさんいたようで。作っているときはどこまで伝わるのかなと探り探りだったのですが、共感してくださった方たちがいてよかったなと思っています」

安達「時々、朝ドラなどで応援のお手紙をいただきますが、今回、若いかたにお手紙をいただき、嬉しかったです。出来上がったものは、皆さんに委ねますが、反省点もあるので、乱歩作品を改めて読み返してみたいと思っています」

櫻井「ひと癖もふた癖もある作品なので食わず嫌いでご覧にならなかったかたもいるのかなと思いますが、見てくださったかたたちからは圧倒的に強い支持をいただき、嬉しく思っています。森本慎太郎さんが言っていたように“スルメのような”作品ですので、NHKプラスやオンデマンドで何度も見返していただけたら嬉しいです」

「探偵ロマンス」より 写真提供:NHK
「探偵ロマンス」より 写真提供:NHK

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土曜ドラマ「探偵ロマンス」<全4話>

【脚本】坪田文

【音楽・主題歌】大橋トリオ

【出演】濱田岳 石橋静河

泉澤祐希 森本慎太郎 世古口凌 杏花 原田龍二 本上まなみ 浅香航大 浜田学/ 松本若菜 上白石萌音 近藤芳正 大友康平 / 岸部一徳 市川実日子 尾上菊之助 草刈正雄 ほか

【制作統括】櫻井賢

【プロデューサー】葛西勇也

【演出】安達もじり 大嶋慧介

物語

20世紀初頭、帝都では、世界大戦による好景気の終えんにより超格差社会が生まれ、犯罪や強盗がはびこるうえに、スペイン風邪がまん延していた。のちに江戸川乱歩となる平井太郎(濱田岳)は初老の名探偵・白井三郎(草刈正雄)とバディを組み探偵稼業をはじめる。やがて太郎は明智小五郎や怪人二十面相などの登場人物を思いつき傑作ミステリーを生み出していく。上海帰りの貿易商・住良木(尾上菊之助)、秘密倶楽部の妖艶な女主人・美摩子(松本若菜)、太郎を見下す新聞記者の潤二(森本慎太郎)、鬼警部・狭間(大友康平)、バーのマスター伝兵衛(岸部一徳)、魅惑の踊り子・お百(世古口凌)、三郎と昔なじみのお勢(宮田圭子)、太郎が文通している隆子(石橋静河)、太郎の友人・郷田初之助(泉澤祐希)などと関わりながら太郎が見つけ出すものはーー

NHKプラスでは2/18(土)まで全話イッキ見できる

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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