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「逃げ恥」からはじまったTBSドラマの人気は今年も続くか ヒットメーカーが考えるブームの理由

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
「逃げるは恥だが役に立つ ガンバレ人類!新春スペシャル‼」より 写真提供:TBS

TBS ドラマプロデューサーの植田博樹さんが、同じくTBSのドラマ制作者と語り合い、あの日、あのときをビビッドに振り返り、TBSドラマのDNAを探る企画。第5回は「逃げるは恥だが役に立つ」(以下「逃げ恥」)を演出し、1月期の連ドラ「俺の家の話」(金よる10時〜)も手掛ける金子文紀さん。

TBS の宮藤官九郎脚本ドラマのほぼ全てに参加、演出し、近年は「逃げ恥」をはじめとした火曜10時の恋愛ドラマ枠も多く手掛けている人気演出家・金子さんの原点と火10ドラマブームはどうやってできたか、制作の舞台裏を聞いた。

金子:「逃げ恥スペシャル」(「逃げるは恥だが役に立つ ガンバレ人類!新春スペシャル‼」1月2日よる9時〜)はほぼ編集が終わりまして、気持ちは次の「俺の家の話」に向かっているところです(※この取材は11月下旬に行われました)

植田:売れっ子だから。

金子:いや、違います。「逃げ恥」の撮影がずれこんだだけです。忙しいのは脚本家の野木亜紀子さんです。「MIU404」「逃げ恥」と続いていましたから。

野木亜紀子ブレイクのきっかけのひとつは、「逃げ恥」の金子演出

金子:いやいや、それは「恋ダンス」を作り出したプロデューサーの那須田淳さんの力ですよ。

植田:「逃げ恥」はいわゆる火ドラのひとつの大きな道を拓いた作品じゃない?

金子:それはたまたまですよ。

植田:「逃げ恥」の魅力って、演出家から見ると、なんですか?

金子:定番のストーリー展開じゃなかったことでしょうか。いわゆるヒーローやヒロインがいなくて、実はヒロインが平匡さん(星野源)で、ヒーローがみくり(新垣結衣)だったんですよ。星野源さんをお姫様だと思って撮ったことが従来の恋愛ドラマとは違っていて、そこが目新しくて受けたように思います。あと、いかにもなかっこよさやすてきさみたいなことを極力やらずに、日常のリアリティーを徹底して追求したことで、肩肘張らずに見てもらえたのかもしれません。ちょっとさじ加減を間違うと辛気くさくなりかねい心配もあって。それは、新垣さんと星野さんの魅力で救ってもらいました。

植田:新垣さんの魅力はどういうところにあると想いますか。

金子:僕は新垣さんを「かわいい」という言葉で表現することに異議を唱えたいんです。いや、もちろん、めちゃくちゃかわいいんですけどね。

植田:かわいいよね。

金子:かわいいのだけれど、それだけじゃない。彼女は芝居がすごく巧いし、勉強もすごくよくしていて、相当鍛錬もされているんですよ。現場でセリフを絶対かまないし。コメディエンヌとしての才能もすごくあります。笑いが取れる何かを持っているんですよね。

植田:そのことは、現場に一緒にいた人以外にはなかなか伝わってない魅力だよね。

金子:そうなんです。彼女は努力していることを一切言わず、淡々とやっているんですよ。「だってそれが役者の仕事でしょ」という姿勢は、現場で見ていて、ほんとに尊敬しますよ。4年前にはじめて「逃げ恥」を撮ったときにも思いましたし、今回も同じことを思いました。

植田:星野源さんはどうですか。僕は、4年前、「逃げ恥」のキャスティングを聞いたとき、従来のラブストーリーをやりたいのか、「電車男」みたいなものをやりたいのか、意図がわからないと思った。ところが、いざスタートしたものを見たら、男子の希望みたいなものを背負っていることを感じたし、いま、星野源さんがお姫様だというキーワードを聞いて、目からうろこが落ちる思いです。キャスティングについて当時の思い出みたいなのありますか。

金子:僕はタッチしてないんです。決めたのは那須田さんです。星野さんは、当時から女子にすごく人気があったんですよね。かわいいとかかっこいいとかいろんな見られ方をされますが、恋愛対象としてありっていう支持があったんですよ。

植田:へえ。

金子:あの頃、草食っぽく見える男性が好かれる兆候がドラマの世界にも現れていたんですね。当時、そのことを、もうひとりのプロデューサー宮崎真佐子とも話していました。

植田:いまは、二枚目ぶらない人のほうが受けるのかな。

金子:星野さんも新垣さんも、なにより誠実なんですよ。スタッフとの接し方にも、台本との向き合い方にも。すべてにおいて素直で謙虚。そういう姿が役に反映されていて、見ている人にとって清々しいのではないかな。

植田:それは大発見というか大発明だね。

金子:彼らのように真面目に生きている人がいっぱいいるよってことですよね。若さとかわいさを享受して、お金のかかるところへ遊びに行って、うまいもの食うだけが青春の謳歌(おうか)ではなくて、地に足の着いた、真面目な生活の人がいる。そういう人のドラマが、そういう人への応援になったのだと思います。

植田:俺は地に足着けて仕事しているけど、ガッキーみたいなひとが来てくれないよ(笑)

金子:何言っているんですか(笑)。「SPEC」の戸田恵梨香さん、すてきじゃないですか。

植田:戸田恵梨香さんはすてきですよ。でも、その戸田さんは今度、「俺の家の話」に行ってしまった(笑)。

金子:でも、22歳のときの戸田恵梨香をああいうふうに撮れたのは、すごいことですよ。いまの戸田さんもいいし、「大恋愛〜僕を忘れる君と」(18年)も大好きだけど、10年前の「SPEC」の戸田さんは奇跡のようにいいですよ。

植田:「俺の家の話」は長瀬智也君と戸田恵梨香さんの組み合わせって最高だね。

(※「俺の家の話」については記事の後半で伺います)

「逃げるは恥だが役に立つ ガンバレ人類!新春スペシャル‼」写真提供:TBS

TBS火10時の恋愛ドラマは”多様性を謳う枠”である

植田:火ドラは、いま好調だよね。前回、土井裕泰さんと話したとき、「岩盤を割って新しいドラマを作る」という話になったけれど、いまの火ドラにはまだ割るためにひびを入れる必要はないと僕は思う。もちろん我々は常に次の一手は絶対持ってないといけないけれど。火ドラが順調であるうちはそこから派生するものを作っていけばいいように思うのだけれど、金子君はどうなの?

金子:僕が火ドラを演出するにあたって、最初に聞いたコンセプトは、「メインターゲットは女性。年齢的には、若い人もだけど最も中年が見る時間帯だから、その層をつかんでください」ということでした。だから、できるだけ、女性が喜ぶものを作るように心がける。と同時に「多様性を謳う枠にする」こともありました。LGBTQをはじめとして、この世の中にはいろんな人がいて、それを認めることを啓蒙(けいもう)できるような枠になるといいねと。「逃げ恥」はまさにそれだし、「私の家政夫ナギサさん」もそうですね。

植田:「逃げ恥」は従来の結婚の形に囚われない生き方を描き、「ナギサさん」は家事と仕事を男女どちらがやるか、違う考え方の提案になっていた。僕も、「火ドラにはそういうテーマが必須です」と編成マンから聞いたことがある。

金子:ところが、最近は、「キュンキュン」を主とした流れになりそうなんですよ。「逃げ恥」では、キャッチフレーズを「ムズキュン」にしました。それは「キュンキュン」だけが欲しいわけではなくて、多様性というテーマを守るための「キュンキュン」だったんです。

植田:多様性に限らず、ドラマのテーマ性が薄くなってきているよね。

金子:ドラマを見たら、ちょっと気持ちが変わったとか、新しいこと知ったとか、既成概念が覆されたとか、そういうふうになるためにドラマはあるのではないかと僕は思うんですが、最近は、そこまで求めない。僕も「キュンキュン」を描いて喜んで見てくださる分には、悪いことをしているわけじゃないし……とか思い始めて、何を描くべきかわからなくなっているところです(笑)。

植田:栄養があるか、ノー栄養かってことに女性は敏感だと思うけれど。

金子:でも、三十代の宮崎が「これは面白いと思うからやりたいです」と無心で言うのを見ると、若さの力を侮れないと思うんです。多分、僕も三十代のとき、そうやって仕事をしていたと思うんですよ。僕らでは考えもしない、シンプルに視聴者が喜ぶことを確実にキャッチして、てらいなく実行する若いプロデューサーの勢いも否定はできないと思うんですよね。

植田:僕は、以前、桃井かおりさんから「私は家族や恋人と過ごしてもいい時間を費やしてこの作品に参加するわけだから、元を取りたい」と言われたことがあって。例えば、扉を開けて「こんにちは」とだけ言うシーンも、ただ扉を開けるのではなくて、扉を開けることで役の人間性が見えるようなものにしたいということなんだよね。乱暴に開けるのか、扉に菌が付いていると思って慎重に開けるのかとか。人生において100回やってきた芝居じゃない新しい101回目の芝居に費やしたい。そういう脚本がほしいと言われたことは、それ以後、僕の中のとても大きなテーマになっているんです。そういう意味では「逃げ恥」にも、そういう新しい表現がたくさん詰まっていて、それをお客さんは見抜いていると俺は思う。スペシャルはどんなふうになるの?

金子:「逃げ恥スペシャル」は、連ドラと同じノリを期待するとちょっと違います。人は成長するもので、みくりと平匡も4年の歳月をかけて変わっていきます。独り身だったときは、生活の面では他者に対して責任がなく、自分の理念や理想を全うして、心地よく生きていられたふたりが、結婚して親になるということをきっかけに、責任を問われるようになる。理想やきれい事だけでは通らなくなって、ある程度、我慢をしなくちゃいけなくなったとき、彼らはどう変わるのか、変わらないのかが見どころです。

「逃げるは恥だが役に立つ ガンバレ人類!新春スペシャル‼」写真提供:TBS

女性向けドラマでサービスする男性俳優たちの心情は

金子:女性視点に立った表現ばかり求められることに抵抗のある人もいれば、割り切って、サービスに徹している方もいるのではないでしょうか。

植田:それを乗り越えてくるかどうかなんじゃないかな。「キュンキュン」させるだけのイケメン俳優で終わるのか、それを超えた表現に切り込むことができるかは、やっぱり本人の実力とマネジメントのプロデュース能力だと思う。

金子:どんな表現であっても、日々の中に感じたことをちゃんと表現に落とし込めるかどうかですよね。

植田:イケメンの魅力だけでやろうとする人は廃れていくよね。

金子:イケメン云々ということよりも、今の俳優も作家もTwitterの反応を気にしますね。「ノイズ」って分かります? ドラマをリアルタイムで見ていて、何かのセリフとか何かの仕草に、世間が、一斉に「これ最低」とかTweetする。それを「ノイズ」って言うらしいんですよ。その「ノイズ」を気にする若い表現者はけっこういます。ドラマのなかの長い目で見れば、一瞬の嫌悪感みたいなものは、あとで払拭されるし、ドラマはいいことと悪いことの振り幅を楽しむものだと思うけれど、ノイズが自分の評価のマイナスになることを怖がるんですよね。

植田:ドラマ全体のことよりも、個人のイメージを優先しているんだね。

金子:嫌われたくないと思う人が多いですよね。嫌われるぐらいだったら好かれないほうがいいっていうか、好かれなくてもいいから嫌われたくないっていう減点法というか、そんな感じはちょっとしますね、いま。

金子演出はなぜ当たるのか、演出の秘密

植田:金子君にとっての、演出における師匠みたいなのは誰になるの?

金子:多分、植田さんとか磯山晶さんですよ、師匠は。

植田:プロデューサーはテクニカル論には踏み込めないじゃない。

金子:じゃあ、いないかな……。

植田:僕のイメージだと、金子君は堤幸彦さんと宮藤官九郎さんと出会ってTBSを中から変えた人なんですよ。

金子:いえいえ、変えてないですよ。

植田:いや、変えたよ。「ケイゾク」(99年)で外部制作会社から堤さんがチーフ演出家として入ってきて、TBSから金子君と今井夏木さん(「「SPEC」の演出や、新垣結衣と三浦春馬の恋愛映画「恋空」(07年)の監督」が演出で入った。今井さんはその後も堤作品に多く関わるけれど、金子君は「池袋ウエストゲートパーク」以降、分家したよね。

金子:分家という認識は僕にはないです。当時の僕は、堤さんをチーフに選んで、その演出の影響を受けている植田さんや磯山さんと話すことが多かったですし、ふたりの話を聞いて、堤さんの好みを知るという間接的な状況でした。僕としては、どの作品においても、チーフディレクターよりもプロデューサーが納得するもの作るという思いが強いんです。プロデューサーに褒められることが一番うれしいし、高視聴率を取るよりも、台本を作ったメインのプロデューサーが「面白かった」と言ってくれることが最高の喜びです。

植田:MAの時にプロデューサーが涙を流したりとかね。

金子:そう。横で磯山さんが鼻をすすったら勝ちなんですよ。この20年、ほぼ磯山さんプロデュースのドラマを作ってきたなかで、作業中、彼女の顔を見なくても、鼻水の音は分かるので、鼻水をすする音がしたら、よっしゃ!なんですよ。「ケイゾク」の3話は植田さんが「いい」って言えばいいと思っていました。

植田:3話(松田美由紀がゲスト出演した「盗聴された殺人」)は素晴らしかった。

金子: TBSの伝統は、まず、しっかりリハーサルをやって、そこでできあがった役者のお芝居を変えることなく、どう撮影するかというやり方です。

植田:つまり、役者さんの芝居のクオリティーを高め、それを撮ってお客さんに出す。

金子:堤さんは「ケイゾク」の頃は、本番で急にセリフや段取りを変えたり、本番中に芝居を一瞬止めてカメラアングルを変え、また撮影を続けたりという独特なことをすることで現場の熱を上げていた。それは当時、革新的で、びっくりしました。一方、僕がTBSで習ったのは、俳優のテンションを温めて、一番いい瞬間に本番にもっていって、それを撮ることで、そのための努力を僕らはしてきました。それはいまも昔も変わっていません。

植田:それがTBSのDNAだよね。金子君のカット割りは見やすいよね。

金子:一番見やすく撮ろうと思うんですよ。

植田:編集のリズムは堤さん的なところももちろんあるけれども、基本的に見やすいとか、感情を的確な画で撮っているという意味でいうと、TBSの先輩の生野慈朗さん(「愛していると言ってくれ」のチーフ演出)や土井裕泰さんに近いかな。

金子:どちらかというと土井さんに近いかもしれないですね。

植田:金子君がいつも気をつけていることは?

金子:僕はミススリードはしたくなくて、シーンを通して、脚本が伝えたいニュアンスをどうしたら適切に出せるかという視点で、カメラ割りや芝居の動きを決めています。枝葉の部分では、多少破天荒なことやってもいいかもしれないけれど、とにかく大事なシーンにもって行くためにどうするか。生野さんには「全ては逆算だ」と教わりました。1本の本の中に3個以上のへそ(ポイント)は要らない。へそは少なくていいから、そこに向かってどうするかを考えるのが仕事だって。ジャイ(福澤克雄、「半沢直樹」チーフ演出)さんは、生野さんから「台本を自分の物にしなかったらディレクターではないって言われたよ」と僕に教えてくれました。そういう心構えはいろいろな先輩から教わりましたが、具体的なテクニックは誰からも教わってないんですよね。

植田:自己流ですか?

金子:自己流です。日々、試行錯誤です。

植田:以前、金子君は打ち合わせするときに、「逆にこうしたらどうですか」というふうに「逆に」という言葉を多く使っていて。「金子君さ、プロデューサーとディレクターは対等だから、逆にっていう言葉を使うのはやめようよ。僕はこう思います、でいいよ」という話をしたことがあるんだけど。覚えてる?

金子:そういうふうにも言われたかもしれないけれど、僕が覚えているのは、「本当に何かをちゃんと分かった人以外は“逆に”と言うな」って。「お前はことの本質を理解しきれてないにもかかわらず、“逆に”という言葉でごまかしてる」と。

植田:王道を知っているかってことだよね。

金子:まずはその王道をちゃんと学ばないといけないわけですよ。そのうえで、王道どおりにするのか、王道とは違うことをやるのか。それがわかったとき、「初めて、“逆に”とお前は言っていいんだ」と言われました。ほんとそのとおりだなと思います。

植田:金子君はその後「逆に」って言わなくなったよね。この「逆に」の話は、他のディレクターにも僕はよく言うんです。でも、王道が何かをちゃんと理解して説明できるディレクターは少ないんだよ。

『俺の家の話」 写真提供:TBS

「俺の家の話」で介護の話を描く理由と宮藤官九郎脚本の魅力

植田:ところで、今度の「俺の家の話」は意外なテーマじゃない?

金子:親の介護ですね。

植田:僕らの世代は、いままさにそこにぶち当たっているから、それをテーマにすることはわからなくはないけれど、このメンツでこのテーマをやることが僕には意外だった。金子君は最初に企画を聞いたときどう思ったの?

金子:介護問題は、誰もがぶち当たることですし、とりわけ、僕から下の40代後半のベビーブーマー世代が直面するテーマです。そこがテレビドラマを見ている層です。まだ20代や30代の世代には描けないから、やっぱり同世代の僕らが引き受けるべきテーマであって、それを湿っぽくしないで、でもリアリティーを持ってやりたいねっていうところから始まった企画です。そうやってできてきた台本を読むと、ふざけているところだらけだから、「おい、大丈夫か」と心配になるんですが(笑)、よくよく読み込むと、ふざけているだけじゃないんですよ。「木更津キャッツアイ」(02年)は、主人公ががんで余命半年と宣告されたとき、湿っぽくしたくないから、毎日ばかなことやるという話でした。ばかな行為は悲しさ隠しの裏返しだったわけです。今回もそれと一緒です。人間国宝にまでなった能楽師を親にもつ主人公の、老いていく親への想いを、表面上は、高額の遺産を誰がもらうんだとか跡は誰が継ぐんだとかゴチャゴチャやりながら、本心は、お父さんの老いた姿を見るつらさや、家族が頑張ってお父さん応援しようという気持ちなど、すごく普遍的なことが描かれています。ただ、宮藤さんは照れ屋だから、セリフにもト書きにも、そういう感情はほとんど書かないんですよ。でも、視聴者が見たいのはそういうところですよね。だから、演出のほうでそこをちゃんと拾う。そのやり方は「木更津キャッツアイ」と似ています。宮藤さんの脚本は大体そうなんですけど、表面だけ読むと、不謹慎でナンセンスな、おばかなことしかやってないように見えるんだけど、本当はそれだけをやりたいわけじゃない。宮藤さんのそういう脚本で介護を描くことは難しいですけど、やりがいはあると思っています。

植田:TBSで最初に宮藤さんがやった連ドラは「池袋ウエストゲートパーク」(00年)で、原作ものではあったけれど、そのときは、堤さんがチーフ演出として、情の部分を膨らましていったんだろうね。そのとき一緒にやっていた金子君が、以後、20年、宮藤さんが照れて本当は言いたいけれど言えないところを「こうですよね」と心をときほぐすように映像化してきたんだね。

金子:「流星の絆」(08年)も原作もの(東野圭吾の小説)でしたが、あのときも打ち合わせで、主人公の3兄妹を、親を殺された被害者はかわいそうだとは思われたくない人たちとして描きましょうと提案して、宮藤さんに脚本を書いてもらったんです。

植田:もしかしたら「白夜行」(06年)になったかもしれない話を真逆に振ったんだね。そんなふうに、宮藤官九郎さんの描く、ある種とんがったドラマをやりつつ、火ドラのエンターテインメントもやりつつというところで、金子君の10年後っていうのはどうなっていたいかというイメージはある?

金子:ないっす。僕、吉田健さんみたいになりたいです。

植田:職人として?

金子:吉田健さんは、65歳も越えたいまでもフリーのディレクターとして現場で生き生きと演出されていると聞きます(最近だと「恋する母たち」)。どんなにきついスケジュールでも楽しそうにやられてるそうで(笑)。いらいらもかりかりもせずに、誰かを責めることもなく、楽しく仕事をすることって素敵だなと思います。そういうひとって敵がいないんですよ。

植田:敵がいない。でも、味方はいる。

金子:そうなんですよ。

植田:それはすてきだね。吉田健さんの退社の時に、観月ありささんにコメントをもらうことになって、事務所に連絡したら、即諾で長いコメントVを観月さんが送ってきてくれたことがあった。人徳だよね。金子くんもそうなれるんじゃない?

金子:いや、僕はけっこう言いたいことをはっきり言ってしまうから(笑)。

植田:たぶん、そうさせたのは俺とジャイさんだな。

金子:それはありますよ。ふたりの下でやってきて、この業界では、オブラートに包まずに、単刀直入にざくざく言ったほうがいいことを教わりました。それは三つ子の魂百までのように身についてしまった。あと、弁当は早く食うこと(笑)。このふたつは早いほうがいい(笑)。誤解を招かないようにはっきり言うほうが間違いが起きないという考え方は正しいと思うので、僕もオブラートに包まないです。後輩を怒った次の日は、気持ちを切り替えてにこにこ話そうと思って、一緒にご飯食べに行きます。それをいまの若い子たちはどう思っているかは分からないですけれど……。

植田:長くじくじく言う人いるじゃない。問題点を一言で言って、傷付くかもしれないけれど、反省してもらって、すぐに切り替えるっていうのがいいなと僕は思っていて、ずっとそうやってきたけれど、最近はすぐハラスメントになるからなあ(笑)。

金子:植田さんとジャイさんはずばっと物事の本質を突くんですよね。相手のいいところも悪いところも。それがすごいし、だからこそ、ドラマでも本質を突いたものが描けるのだと思うんですよ。

プロフィール

金子文紀 Fuminori Kaneko

1971年、1月2日、長野県生まれ。演出家。93年、TBS入局。98年「PU-PU-PU-」で演出家デビュー。02年「木更津キャッツアイ」で初チーフ演出。TBSの宮藤官九郎作品の演出を手掛ける。ほかに「逃げ恥」、「あなたのことはそれほど」「大恋愛〜僕を忘れる君と」「わたし、定時で帰ります」「恋がつづくよどこまでも」など火9の恋愛ドラマも多く手掛けている。映画では「木更津キャッツアイ劇場版」、「男女逆転大奥」シリーズなどがある。植田プロデュース作品には「ケイゾク」「ハンドク‼!」などに参加している。

植田博樹 Hiroki Ueda

1967年、2月3日、兵庫県生まれ。京都大学法学部卒業後、TBS入社。ドラマ制作部のプロデューサーとして、数々のヒットドラマを手がける。代表作に「ケイゾク」「Beautiful Life」「GOOD LUCK!!」「SPEC」シリーズ、「ATARU」「安堂ロイド~A.I .knows LOVE?~」「A LIFE~愛しき人~」「IQ246~華麗なる事件簿~」「SICK‘S」などがある。

「逃げるは恥だが役に立つ ガンバレ人類!新春スペシャル‼」

1月2日よる9時〜

原作:海野つなみ『逃げるは恥だが役に立つ』(講談社「Kiss」所載)

脚本:野木亜紀子

演出:金子文紀

出演:新垣結衣、星野源 ほか

「俺の家の話」

1月 金曜よる10時〜

脚本:宮藤官九郎

演出:金子文紀

出演:長瀬智也、戸田恵梨香、西田敏行ほか

取材を終えて

金子文紀さんは、93年「誰にも言えない」でドラマ制作の現場に入り、先輩のプロデュース補だった植田博樹さんと、演出補だった福澤克雄さんに鍛えられたそうだ。そのときの話はここでは書けないほどの体育会系の厳しいもので、それをかいくぐり、生き残ってきたひとはスタミナがあってメンタルが強いと思った。植田さんいわく「見込みのないひとはいじらない」。金子さんは見込みがあるからこそ鍛えられた。それは人間の本質を見極める真剣勝負。かっこよくいえば、そうやって人間同士、ぶつかりあい、切磋琢磨しながらドラマはつくられていくのだろう。

その制作過程がひとつのドラマのよう。あの日、あのとき、あの場所で、植田さんと金子さんがどんな言葉を交わしたかという話はすごく面白かったのだが、ネットとはいえ、これ以上長くできなかったので、またの機会に譲りたい。

金子さんは一見、物静かそうに見えるのだが、一度語りだすとガッツを感じる。さらに、宮藤官九郎さんの脚本のなかから情緒をすくい上げる繊細な感覚も持ち合わせている。昨今は、そのやわらかな部分のほうが視聴者に求められているのかもしれず、それは急に世の中が変化したわけでなく、例えば「木更津キャッツアイ」は宮藤官九郎さんのハイブロウな脚本のみならず、登場人物の柔らかな心の描写が視聴者のこころをつかんだのだろう。「流星の絆」も3兄妹の明るい振る舞いに滲む切なさがいまでも心に刻まれている。こういった叙情を適切にすくいとり提示する志向が、金子さんのなかでじょじょにじょじょに増幅して、「逃げ恥」との出会いで昇華して、いまに続いているではないだろうか。2021年のドラマはどんな人々のどんな生き方を映し出していくか。「俺の家の話」に期待している。

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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