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いきなりエースは無理?!NPB“Z世代”の山本由伸が移籍1年目でクリアすべきノルマとは

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
ポストシーズンを含めドジャースはどのように山本由伸投手を起用するのだろうか(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

【実はかなりシビアに推移している今オフFA市場】

 今オフほど、MLBのFA市場が日本で注目を集めたことはなかったのではないだろうか。

 MLBで二刀流として規格外の実績を残したとはいえ、大谷選手がドジャースと結んだプロスポーツ史上最高額の10年総額7億ドルはセンセーショナルに報じられたし、まだMLBで投げていない山本投手が、先発投手としてMLB史上最高額となる12年総額3億2500万ドルで同じくドジャースと契約合意したことも、驚きをもって紹介されている。

 この2選手がMLB史上でも類い稀な大型契約を結んだことで、日本ではMLBの大型投資ぶりが印象づけられてしまったように思うが、FA市場全体を見てみると、実はかなりシビアなオフになっているのをご存知だろうか。

 例えば、MLBの移籍情報等を専門に扱う「MLB TRADE RUMORS」が公開している今オフのFA選手トップ50を見ると、トップ10入りしているコディ・ベリンジャー選手(2位)、ブレイク・スネル投手(4位)、ジョーダン・モンゴメリー投手(6位)、マット・チャップマン選手(7位)の4人が未だ契約合意できていない状況だ。また彼ら以外にも、それぞれのポジションで、日本でもお馴染みの実績十分なFA選手たちが未契約のまま2月を迎えようとしているのだ。

【その突出ぶりが明確になった山本投手の大型契約】

 大量に残された未契約選手だけではない。合意に至った選手たちの契約内容を見ても、決して大型契約が乱発されているわけではない。

 大谷選手と山本投手以外で総額1億ドルを上回る契約を獲得できたのは、アーロン・ノラ投手(7年総額1億7200万ドル)とイ・ジョンホ選手(6年総額1億1300万ドル)の2人しかいない。さらにMLBでは超エリート選手として位置づけられる平均年俸額3000万ドルを超える契約を獲得した選手となると、大谷選手と山本投手以外誰もいない。

 こうした現状を踏まえれば、今オフFA市場で大谷選手と山本投手がいかに突出した存在であったかが理解できるだろう。

 ただ大谷選手の場合、MLBでも唯一無二の二刀流選手として比較対照できる存在がいないので、彼の契約がどれだけ突出しているのか判断するのは容易ではない。一方山本投手に関してはFA市場の他の先発投手と比較しても、契約年数、年俸総額ともに明らかに図抜けている。

 山本投手がこれほどの人気を集めた背景についてはすでに本欄で解説しているのでそちらを参照してもらうとして、確実に言えることは今回の大型契約により、山本投手が移籍1年目から相当な期待とプレッシャーを背負わされたことだけは間違いない。

【山本投手のステータスが決まる2026年までの3年間】

 だからと言って、MLBで一度も登板経験のない山本投手に、移籍1年目から先発ローテーションの大黒柱としてフル回転を強いるのはナンセンスだし、ドジャースもそれを求めてはいないように思う。契約内容の詳細をチェックすると、そんなドジャースの思惑を垣間見ることができる。

 すでに日本でも報じられているように、山本投手が合意した年俸総額3億2500万ドルには5000万ドルの契約金が含まれており、実質の年俸総額は2億7500万ドルであり、契約期間の12年間で年俸が3000万ドルを超えることは一度もない。

 しかも最初の3年間は、2024年500万ドル、2025年1000万ドル、2026年1200万ドルと、大規模マーケットチームでは先発4、5番手程度の年俸額に抑えられている。そして2027年以降から2027~2029年が2600万ドル、2030~2031年が2900万ドル、2032~2035年が2800万ドルとエース級の額に上昇する。

 シーズンごとの年俸額で考えると、2026年までの年俸は、カブスと契約合意した今永昇太投手よりも低い額に設定されているわけだ。その分山本投手が受けるプレッシャーもかなり軽減されることになり、この3年間で期待通りの投球を続けられれば、2027年以降に年俸が2000万ドルを超える高額になっても、周囲から批判を浴びることもないだろう。

 つまり山本投手にとって2026年までの3年間は、MLBにおける彼のステータスが確定する重要な時期になると考えるべきだ。

【注目されるドジャースの山本投手に関する起用方針】

 この3年間をケガなく乗り切るために、山本投手のみならずドジャースとしても、移籍1年目の2024年シーズンをスムーズに滑り出したいところだ。

 そこで気になるのが、ドジャースが構想する山本投手の起用方針だ。今オフの大型補強でワールドシリーズ制覇の最有力候補と目されているドジャースだけに、ポストシーズンを含め山本投手に何試合、何イニングを想定しているのだろうか。

 というのも、これまでMLBに挑戦した日本人先発投手を見てみると、前田健太投手の世代まではNPBでも年間30試合登板や200イニング登板を経験しているケースが多く、中4、5日登板にも適応しやすい状況にあった。

 ところが中6日登板が完全に定着した、NPBの“Z世代”ともいうべき山本投手や菊池雄星投手、千賀滉大投手は、年間30試合登板や200イニング登板を経験しないままMLBに移籍している。それだけに移籍1年目の彼らの起用法は、いろいろ微調整が必要になってくるように感じている。

 例えば、マリナーズ1年目の菊池投手は従来通り中4、5日登板でローテーションを回り、自身最多の32試合に登板している。だが投球イニング数は161.2イニングに止まり、成績も6勝11敗、防御率5.46と振るわなかった。

 一方で、昨シーズンの千賀投手はほぼ中5、6日登板(3回だけ中4日登板)で投げ続け、登板数は29試合なのに投球イニング数は菊池投手を上回る166.1イニングを記録。さらに12勝7敗、防御率2.98の好成績を残している。

 成績に関してはチーム状況や両投手の投球内容にかかわってくる部分が多いので単純比較するのは難しいが、Z世代にとって移籍1年目は、過去の投手たち以上にNPBからMLBへの移行期であると考えると、チーム状況が許すのであれば、千賀投手のようにNPBの環境に近い状態で登板させるのが理想的ではないだろうか。もちろん選手層の厚いドジャースなら、不可能な起用法ではない。

 あくまで個人的な意見ではあるが、そうした諸状況を勘案すると、2024年シーズンの山本投手はポストシーズンを含めて33試合、200イニングに止めておきたいと考えている。

 これは現在のMLBにおいて、エース投手たちのノルマともいうべきものだ。実際昨シーズンのサイヤング賞受賞投手であるゲリット・コール投手は、33試合に登板し、計209.0イニングを投げている。移籍1年目の山本投手ならポストシーズンを含めこのノルマに到達できれば、十分な評価を受けられるだろう。

 果たしてドジャースは山本投手に対し、どのような起用方針を構築していくのだろうか。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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