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MLBドラ1指名右腕カーター・スチュワートのソフトバンク入りで考慮すべき3つの危惧

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
スチュワート投手のソフトバンク入りはスコット・ボラス氏(右)の見事な計略だった(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

【MLBの現行ルールでは不可能な大型契約】

 MLB界屈指の敏腕記者、ケン・ローゼンタール氏の第一報を機に、日米で注目を集めることになったカーター・スチュワート投手だったが、ソフトバンクが25日に同投手の獲得を正式発表した。

 米メディアの報道によれば、契約内容は6年間で総額700万ドル(約7億7000万円)。現在のMLBの現行ルールでは、ドラフト指名の新人選手に対しマイナー契約しか提示できなくなっており、この契約は超破格の大型契約といえる。

 もし仮にスチュワート投手がMLB入りしたとし、3年間のマイナー生活を経て順メジャーに昇格したとしても(19歳の選手としてはかなり順調な昇格パターン)、最初の3年間は年俸調停権を得ていないため、ほぼ間違いなく年俸100万ドル(約1億1000万円)にすら到達することはない。つまりMLB入り最初の6年間で、彼が今回のような契約を得るのは100%不可能なのだ。

 昨年のドラフト1巡目指名(全体の8番目)を受けた有望右腕投手のNPB入りは、日米球界に大きな衝撃をもたらすことになったが、ただ驚きの陰で、間違いなく憂慮すべき点があるのも事実だ。

【ESPNの専門家「昨年とは明らかに別投手」】

 まず第1点が、スチュワート投手の将来性だ。彼は本当に今回の大型契約に見合うだけの活躍が期待できる投手なのだろうか。

 これまでも1年平均1億を超える年俸でNPB入りしてきた外国人選手は数限りなく存在するし、契約に見合った活躍ができなかった選手も少なくない。だが彼らはプロ選手としての実績を評価されたものであり、スチュワート投手はあくまでプロ未経験のアマチュア選手でしかない。

 しかも日本でも報じられているように、昨年ドラフト指名したブレーブスがフィジカルチェックで発覚した手首の異常を理由に、契約金を減額して交渉し、その結果プロ入りを断念し大学に進学している。果たして手首の状態は問題ないのだろうか。

 スチュワート投手は今年のドラフトでも上位指名の可能性があったとの見方もあるが、若手有望選手の取材で定評のあるESPNのキース・ロー氏は、同じESPNのバスター・オルニー氏の『BASEBALL TONIGHT』ポッドキャストに出演し、スチュワート投手について以下のように話している。

 「昨年の同時期とは明らかに違っている。球速は落ちているし、カーブも質も悪くなっている。また春の試合では4回で5四球与えるなど、制球力も悪くなっている。昨年とは別人で、今年のドラフトで1巡目指名を受けることはなかっただろう」

 現在のスチュワート投手は、関係者の間では昨年のような評価を受けていないのだ。

【ソフトバンクの育成術は米国人に通用する?】

 ロー氏の評価によれば、現時点でスチュワート投手を即戦力投手として捉えるのはかなり無理がありそうだ。そうなるとソフトバンクは他の新人選手同様に、チーム内で育成しながら一流投手に育て上げていかねばならない。

 ソフトバンクといえば、これまでも千賀滉大投手や甲斐拓也選手など育成枠から次々に主力選手に育て上げるなど、育成に関してはNPB屈指の実績を誇るチームではある。

 だがスチュワート投手は、日本とはまったく違った野球環境の中で育ってきた選手だ。日本とは練習方法も違えば指導方法も違う。日本球界の感覚からすれば、ほとんど指導らしい指導を受けていない選手だ。そんな彼が、すぐにNPBの指導や練習に順応することができるのだろうか。

【ボラスの片棒を担いだ格好のソフトバンク】

 そして最大限憂慮すべきことが、今回のスチュワート投手獲得が将来的にMLBとの軋轢を生むことにならないかだ。

 というのも、スチュワート投手の代理人を務めるスコット・ボラス氏は、以前から現行のドラフト制度に反対の立場を表明していた。かつては彼のクライアントであるブライス・ハーパー選手やステーブン・ストラスバーグ投手のように、ドラフト上位指名から大型のメジャー契約を獲得することができた。

 しかし2012年にドラフト・プール制度が導入されて以降、チームが支払える契約金が制限されるとともに、前述通りメジャー契約も結べなくなってしまったのだ。そこでボラス氏は、若手有望選手が大型契約を得る抜け道としてNPBを利用したのだ。

 つまりMLB側からすれば、ようやく若手有望選手の契約高騰化を抑える制度が確立できたのに、制度の対象にならない海外リーグのチームが大型契約をエサに選手を奪い取っていったようなものだ。どう見てもソフトバンクは、ボラス氏の計略の片棒を担ぐようなかたちになってしまったといわざるを得ない。

【スチュワートが成功すればMLBが動き出す?】

 もしスチュワート投手がソフトバンクで順調に成長し、契約終了後にポスティング制度を利用して大型契約を結びMLB入りするようなことになれば、若手有望選手が最も効率よく大型契約を獲得できる新たな道を生み出すことになる。必然的に今後他の若手有望選手たちや彼らのエージェントの中に、後に続こうとする人たちが出現することになるだろう。

 そうなれば、MLBがその状況を見過ごすことは絶対にあり得ない。現行ドラフト制度が崩壊してしまう危険性すらあるからだ。その際にNPBはどうMLBに対応できるのか。市場規模を考えれば、とてもではないがNPBがMLBに互角に太刀打ちできる術はない。

 いずれにせよスチュワート投手のNPB入りは、両国間に何らかの禍根を残すことになるかもしれない。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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