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“やらない”から“やれない”へ 男の美学を曲げてまで現役続行を貫いた上原浩治の反骨野球人生

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
チームを離れた今でもボストンで愛され続けている上原浩治投手(筆者撮影)

【感情が溢れ出た引退会見】

 上原浩治投手が20日、現役引退を表明した。会見に臨み最初の言葉を口にした時から感極まって涙を見せる姿は、常に気持ちを全面に押し出してマウンドに立ち続けた、上原投手そのものだった。

 長いMLB取材をしてきた中で、上原投手は本当に印象的な選手の1人だった。特に、彼の野球人生のハイライトの1つともいえるレッドソックス時代の2013年シーズンを、現場で取材しながら彼の心模様に直接触れることができたことは、自分の取材人生にとっても1つのハイライトだと思っている。

 改めて、現役生活21年の間人々に夢と感動を与えながら走り続けてきた上原投手の野球人生に、ありったけの賞賛を送りたい。

【強烈な反骨心と確固たる信念】

 オリオールズ移籍後2年目の2010年シーズン途中で初めて上原投手の取材に回るようになり、それ以降2017年のスプリングトレーニングまで不定期ながら取材してきて感じたのは、彼は常に何かと闘っていた。

 「34歳になってMLBでやれるのか?」「右ひじを負傷して大丈夫なのか?」「リリーフとしてやっていけるのか?」「クローザーがつとまるのか?」「40歳を過ぎても投げられるのか?」──等々、MLB移籍してから上原投手が受けてきた懐疑的な見方をすべて自分のモチベーションに変え、投球の源にしていたように思う。

 それだけに確固たる信念を持つ選手でもあり、時にはありのままを見てくれないメディアに対し、厳しい目を向けることもあった。メディアを通さずにブログやSNSを通じて直接ファンに自分の言葉を伝えるようになったのも、そのためだ。

 だがその一方で、信頼できると思えばメディアといえども心を許し、しっかり向き合いながら包み隠さず胸の内を明かしてくれる。そうした上原投手に接して、彼が無邪気で愛嬌のある純粋無垢な人物だということを実感することができた。

【最後に掲げた2つの大きな目標】

 2017年のスプリングトレーニング取材後に、日本への帰国が決まっていた自分が最後に担当したチームが、上原投手が移籍してきたカブスだった。開幕直前に1対1で話を聞かせてもらい、本欄でも記事にさせてもらっている。その時に彼が掲げていた目標が「NPB在籍10年、MLB在籍10年」と「日米通算100勝100セーブ100ホールド」の2つだった。中でも両リーグそれぞれ10年在籍は、上原投手の中でかなり思い入れが強いものだったのが理解できた。

 ただ上原投手には男としての美学があった。目標達成は大切なことながら、「メジャー契約のオファーが来なかったら辞める。マイナーでやるつもりはない」と断言していた。前述通り信念の強い上原投手の言葉だっただけに、心中で一抹の寂しさを感じていた。

上原投手は常に何かと闘い、それを投球の源にしていた(筆者撮影)
上原投手は常に何かと闘い、それを投球の源にしていた(筆者撮影)

【“やらない”引退と“やれない”引退の狭間】

 どんな野球選手であろうとも、いつの日か必ず引退を迎えなければならない。ただそれは余力を残しながら“もうやらない”という気持ちで身を引くのか、それともやるだけやって“もうやれない”という気持ちで辞めるのかで、大きな違いがあるはずだ。

 もちろん余力を残しながらも、“もうやり切った”と思えての引退なら未練はないだろう。だが目標を残しながら自分の美学を優先してしまうと、将来的において後悔を残すことになってしまう。やりたくても去っていくしかない選手がほとんどのプロの世界で、余力を残して身を引くのはあまりに勿体なさ過ぎる。

 それこそが、その時に感じた偽らざる気持ちだった。上原投手なら必ず両方の目標を達成できると信じていたからこそ、個人的にはマイナー契約にもこだわることなく、泥臭く最後まで挑戦して欲しいと願っていた。

【美学を曲げて現役続行を決断】

 結果として上原投手は、マイナー契約に固執してまでMLBに残ることはしなかった。だが現役から身を引くという点においては、自分の美学、信念を曲げ、再びジャイアンツのユニフォームに袖を通す決断をした。

 それだけではない。まったく準備もできないまま、10年ぶりにNPB復帰するというのはどの選手にとっても簡単なことではない。昨年は上原投手にとって不本意なシーズンだったはずだ。それでも再び反骨心を奮い立たせ、オフに左ひざの手術を受け新たなシーズンに臨む覚悟をもってくれた。

 それだけに引退会見で上原投手が口にした、「もうちょっとやりたかった」という言葉は自分の胸に突き刺さった。最終的に彼が“もうやれない”という状態まで現役にこだわっていたことを示す証だったからだ。

【日本人メジャーリーガーでも唯一無二】

 すでに何度も公言しているが、イチロー選手同様に、上原投手のような日本人メジャーリーガーは二度と現れることはないと確信している。

 残念ながら両リーグそれぞれ10年在籍という目標は達成できなかったが、これまでMLB在籍9年以上を果たした日本人メジャーリーガーは数えるほどしかない(上原投手を含め野茂英雄投手、イチロー選手など6選手)。その中で大卒後にプロ入りし、FA権取得後にMLB移籍した選手は上原投手ただ1人だ。

 しかもMLB在籍9年の中で、球史の1つとして語り継がれる活躍もしてみせた。だからこそ、チームを離れて2年以上が経過しているのに、レッドソックスが上原投手の引退に合わせ感謝メッセージを発信しているのだ。34歳でのMLB挑戦ながら、世界最高峰リーグで記録以上の足跡を残したことは疑いようのない事実だ。

 まさに心血を注ぎ込んでマウンドに立ち続けた上原投手の姿は、これからも生涯自分の胸の中に刻み込まれることだろう。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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