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「650億円払え」Googleが受けた巨額制裁の理由とは

平和博桜美林大学教授 ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

グーグルはメディアへのニュース使用料支払いについて、誠実な交渉を行っていないので制裁金5億ユーロ(約650億円)を支払え――。

フランスの規制当局「競争委員会」は7月13日、グーグルに対して、そんな決定をした。

グーグルが2カ月以内に改善策を示せない場合は、さらに1日当たり90万ユーロ(約1億1,700万円)の制裁金が加算されるという。

競争委員会が問題視しているのは、メディアとのニュース使用料支払いに関する交渉を、グーグルが「ニュース・ショーケース」という自社の新サービスへの契約に"すり替え"て、ニュース使用へのメディアの権利をうやむやにしている点だ。

しかも、グーグルによるこの"すり替え"戦略は、ニュース使用料をめぐるメディアとの交渉で、日本を含めてグローバルに展開されている。

そのグローバル戦略をフランス当局が「不実」と否定し、巨額の制裁金を科したわけだ。

この判断を受け、グーグルがどのような改善策を示すのか。各国規制当局やメディアも、その出方を注視することになる。

●「命令に背くための戦略」

グーグルの行為は、「命令1」に背くための計画的で巧妙かつ組織的な戦略の結果だ。グーグルは著作隣接権に関するEU指令の議論において、著作隣接権に反対してきた。そして今度は、その適用範囲を最小限に抑える。つまりその行為は、数年にわたる対抗戦略の延長線上にあるようだ。

フランスの規制当局「競争委員会」は、7月13日に発表した決定のプレスリリースの中で、そう指摘している。

競争委員会が違反を指摘しているのは、同委員会が2020年4月にグーグルに出したメディアとのニュース使用料支払い交渉についての7つの暫定措置命令のうち、「誠実な交渉」を命じた「命令1」など4つの命令。

AFP通信などが、グーグルがこれらの命令に従っていない、として申し立てを行っていた。

競争委員会はこう述べる。

委員会が(2020年4月の)決定で示した枠組みによる交渉で、グーグルがとった戦略は、グローバルレベルで行っている戦略の一環で、メディアへの使用料の支払い額を回避するか、最小限に抑えるためのものだ。メディア、通信社へのニュース使用料の配分という根本的な議論を解決するために、グーグルが使ったのが「ニュース・ショーケース」だ。その結果、グーグルは著作隣接権の交渉を、「ニュース・ショーケース」を通じたメディアからの新たなコンテンツ獲得に利用し、さらには「グーグルで購読(SwG)」サービスのメディアによる購入獲得に利用して、新たな収入を加えることもできた。グーグルの戦略はそのように見える。

委員会は、これらが「極めて深刻な行為」であるとしている。

グーグルは、メディアのニュースコンテンツの利用に対して適切な使用料を支払え――それが、数年来、世界中で起きていた議論だ。

だがグーグルは、「ニュース・ショーケース」という新たなニュースのキュレーションサービスを作り、このサービスへのコンテンツ提供の対価と、それ以外のニュース使用料を"込み"で支払う、という交渉の枠組みを持ち出した。

委員会は、この枠組みでは、現在、グーグルが使用しているニュースコンテンツが「付随的な要素にすぎず、独立した金銭的価値のないものとして扱われている」と指摘する。

いわば、「ニュース・ショーケース」による、ニュース使用料交渉の"すり替え"だと断じているわけだ。

それに加えて、ユーザーのサブスクリプション(有料購読)を支援する、とうたうサービス「グーグルで購読(SwG)」にもメディアを取り込み、自社ビジネスの収益にもつなげている、と委員会は述べている。

●"すり替え"戦略をとった理由

なぜグーグルは、ニュース使用料支払い交渉を正面から行わず、「ニュース・ショーケース」という回避策を取ったのか。

そこには、ニュース使用料の支払いにおいて主導権を握り、支払い範囲の拡大に歯止めをかけたいという、グーグルの思惑が浮かんでくる。

※参照:Googleがメディアに報酬、「陽動作戦」が明暗を分ける(01/23/2021 新聞紙学的

プラットフォームによるニュースの使用に不満が強かったEUでは2019年4月、メディアに対し、複製権、公衆送信権などの「著作隣接権」に基づく報酬請求を認める新たな「デジタル単一市場における著作権指令」が成立した。

新著作権指令は加盟国に2年以内の国内法適用を求めており、フランスは先陣を切って2019年10月に改正法を施行した。

だが、グーグルはそれに先立つ同年9月に使用料の支払いを拒否。改正法の施行に対しては、メディアが同意しない限りスニペット(コンテンツの抜粋)とサンプル画像(サムネイル)の表示を取りやめる、と表明していた

これを受けてAFPなどのフランスメディアが競争監視機関である競争委員会に申し立てを行う。同委員会は2020年4月、「グーグルの対応が、支配的地位の濫用に当たり、報道機関に深刻で直接的な損害をもたらす可能性がある」と認定し、グーグルに対して、メディアとの交渉に応じるよう命じた。

グーグルはこの命令を不服として、フランス控訴院に異議を申し立てる。だが10月8日、控訴院も競争委員会の判断を支持。

グーグルはメディアとの支払い交渉へと、追い込まれた。

そこで控訴院の判断が出る1週間前、10月1日にグーグルCEOのスンダー・ピチャイ氏が発表したのが、3年間で10億ドルをメディアに支払うというプログラム「ニュース・ショーケース」だった。

※参照:Googleが1,000億円をメディアに払う見返りは何か?(10/04/2020 新聞紙学的

グーグルは、2021年1月20日に、「ニュース・ショーケース」の契約状況を公開している。

それによると、すでに10カ国以上の450近いメディアと提携。この中には、ルモンド、ルフィガロ、リベラシオンなどのフランスメディアも含まれている。

1月21日には、「一般報道同盟(APIG)」に加盟するフランスメディア121社が「ニュース・ショーケース」への契約に合意した、とする発表も行われている。

上述のように、グーグルが使用しているのは、ニュースコンテンツの全文ではなく、検索結果などに表示されるその抜粋(スニペット)だ。

そして、見出し、リンク、スニペットは、グーグルのあらゆる検索結果表示の構成要素でもある。

ここで金を払うことを認めると歯止めが効かなくなり、グーグル上のあらゆる表示結果に金を払うことにもなりかねない。

そこでグーグルが、考え出したのが「ニュース・ショーケース」だ。検索結果のスニペットに金を払うのではなく、契約を交わした個別メディアに対し、「ニュース・ショーケース」のコンテンツ使用料として金を払う。そこにはメディアの著作隣接権も含まれる――。

この建て付けならば、使用料支払いの範囲は十分にコントロール可能だ。

フランスの「一般報道同盟」とグーグルの共同声明では「各加盟社とのライセンス合意は著作隣接権を含み、『ニュース・ショーケース』での配信を可能にする」と述べている。

そして、このロジックが、グローバルに展開する「ニュース・ショーケース」の土台となる。

今回、フランスの競争委員会は、その"すり替え"戦略そのものを「不実」であるとして否定し、制裁金5億ユーロをグーグルに科したのだ。

競争委員会は、今回の決定の中で、グーグルの交渉の「不実」さについて、一つひとつ指摘を行っている。

2020年4月の競争委員会の決定では、「誠実な交渉」(命令1)に加え、グーグルに対して「支払われるべき使用料についての透明性のある評価のために、メディアに対して、必要なすべての情報を開示すること」(命令2)、「著作隣接権交渉の間、グーグルにおけるメディアのコンテンツ表示などの中立性確保の義務」(命令5)、「著作隣接権交渉において、メディアとの他の経済的な関係に関する中立性確保の義務」(命令6)なども要求している。

だが、「命令2」については十分な情報は提供されておらず、「命令5」については、上述のようにフランスの改正法施行にあたって、スニペット非表示などを表明。さらに「命令6」については、まさに「ニュース・ショーケース」を主とした交渉への"すり替え"を行っていた、と違反を認定している。

制裁金5億ユーロ、2カ月以内の改善策提出に違反すればさらに1日あたり90万ユーロ。

同じフランスの競争委員会は1カ月前の6月7日付で、グーグルが広告表示において、支配的地位の濫用を行った、として2億2,000万ユーロ(約286億円)の制裁金を科している。

その決定と比べても、倍以上の制裁金だ。

グーグルは声明でこう述べている。

当社はEU著作権指令と競争委員会の決定に従うべく取り組んできたが、この制裁金は我々の合意に至ろうとする多大な努力と、当社のプラットフォームでニュースがどのように機能しているかという現実をを無視するものだ。グーグルは昨年、ニュース関連と見られる検索への広告から、500万ユーロ足らずを利益ではなく収入ベースで得たに過ぎない。

当社は解決策を見出し、最終的な合意に至りたいと希望している。だが今回の制裁金は、当社がニュースから得ている収入とくらべてまったく不釣り合いなもので、決定の詳細について検討をしていきたい。

●使用料支払いの行方

ニュース使用料支払いをめぐるグーグルと同様の戦略は、フェイスブックも展開している。同社は2019年10月、新たなタブとして「フェイスブック・ニュース」を立ち上げ、3年間でグーグルと同じ10億ドルを用意する、としている。

プラットフォームによるニュースコンテンツの使用料支払いをめぐっては、EUで法整備が行われたのに続き、2021年2月にはオーストラリアでも新法が成立。カナダなどでも検討が進められている。

※参照:Google、Facebookの「ニュース使用料戦争」勝ったのは誰か?(02/19/2021 新聞紙学的

仏競争委員会の決定は、ニュース使用料交渉に対するグーグルの基本的な戦略の否定だ。その影響は、グローバルに及ぶ可能性はある。

(※2021年7月14日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)

桜美林大学教授 ジャーナリスト

桜美林大学リベラルアーツ学群教授、ジャーナリスト。早稲田大卒業後、朝日新聞。シリコンバレー駐在、デジタルウオッチャー。2019年4月から現職。2022年から日本ファクトチェックセンター運営委員。2023年5月からJST-RISTEXプログラムアドバイザー。最新刊『チャットGPTvs.人類』(6/20、文春新書)、既刊『悪のAI論 あなたはここまで支配されている』(朝日新書、以下同)『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』『朝日新聞記者のネット情報活用術』、訳書『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』『ブログ 世界を変える個人メディア』(ダン・ギルモア著、朝日新聞出版)

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