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フェイクニュースを怖がり過ぎている?選挙への影響懸念、8割

平和博桜美林大学教授 ジャーナリスト
By Loren Javier (CC BY-ND 2.0)

フェイクニュースが選挙結果に影響する、と懸念する人々が8割。フェイクニュースを怖がり過ぎではないか――。

間違った情報が日常的に氾濫する中で、専門家からそんな指摘が改めて出されている。

前回の米大統領選をきっかけに世界的な注目を集めたフェイクニュース問題。選挙をめぐるフェイクニュースの氾濫や混乱は日々、報じられている。

そして今回の米大統領選を前に、選挙結果への影響を懸念する人々が8割を占めるとの調査結果も公表された。

だが、フェイクニュースは実際に選挙結果を覆すほどの影響力を持つのか? 肝心のこの問題についての、明確なデータはなお示されていない。

その懸念は実態に見合っているか。つまり、フェイクニュースの脅威が誇張され過ぎていないか。

それによって、見過ごされるものは何か?

フェイクニュースを「正しく怖がる」には、何が必要なのか。そんな議論が求められているようだ。

●怖がり過ぎている

誤情報が2020年の米大統領選を揺るがしているという恐れは、誇張されたものだ――誤情報が有権者の政治的立ち位置や投票行動に、大規模で直接的な影響を及ぼしたことを示す証拠は、ほとんどない。

米ノースカロライナ大学ジャーナリズムスクールのダニエル・クライス准教授とシャノン・マグレガー助教は、ウェブメディア「スレート」への10月30日付の投稿で、そう指摘する

クライス氏らが指摘するのは、米ナイト財団と調査会社のギャラップが10月8日に発表した米大統領選に関する調査結果だ。

5人のうち4人(「非常に」48%、「ある程度」33%)はソーシャルメディア上の誤情報が2020年の米大統領選の結果を揺るがす懸念がある、と回答している。

支持党派によって濃淡(「非常に懸念」民主党支持62%、共和党支持36%、独立系支持40%)はあるものの、全体としては8割の有権者がフェイクニュースによる大統領選への影響を懸念している。

だが、クライス氏らはこう指摘する。

誤情報やターゲット広告が、大多数の市民の政治的立ち位置や投票行動に直接的な影響を与えているわけではない。むしろ人々は、自分たちを社会的グループのメンバーと見なし、そのグループの利益を最もよく代表してくれる政党を選ぶのだ。

その点では、政治状況や社会の分極化の要因として、研究者やジャーナリストは、フェイクニュースよりもむしろ、人種、階層、居住地域、ジェンダー、宗教といった社会的アイデンティティを検討してくるべきだった、とクライス氏らは述べる。

だが、そのような複雑な社会構造に目を向けるよりも、「有権者は、ロシアによるフェイスブックへの投稿にだまされてトランプ氏に投票した」と説明する方がはるかにたやすい、と。

フェイクニュースは氾濫し、社会の分極化にさらにくさびを打ち込む戦略的な展開がなされている――クライス氏らは、それらが事実だとした上で、その背景や手法を探ることこそ、問題の核心だと位置づける。

●フェイクニュースの影響度

フェイクニュースの影響度について、懐疑的な見方は前回米大統領選の直後から出されていた。

スタンフォード大学教授、マシュー・ジェンツコウ氏とニューヨーク大学准教授、ハント・オルコット氏は2017年1月、フェイクニュースの拡散は、米大統領選の結果を左右するほどの影響力は持たなかった、との見通しをまとめた論文を発表。大きな注目を集めた。

※参照:ツイッターのフェイクニュース生態系、今も8割以上が活動を続ける(10/06/2018 新聞紙学的

それによると、大統領選で最も重要な情報源として、ソーシャルメディアをあげたのは13.8%。これに対し、ケーブルテレビは23.5%、ネットワークテレビは19.2%、ローカルテレビは14.5%。

大半の有権者はテレビに依存していたことが明らかになった。

さらにジェンツコウ氏らは調査結果から、米国の有権者1人あたり1.14本のフェイクニュースを目にし、それを覚えていた、と推計。フェイクニュースの影響力について、「テレビの選挙広告を1回放送することで得票率が約0.02%変化する」との研究を引き、こう結論づけた。

1本のフェイクニュースが、1回のテレビの選挙広告と同じぐらいの説得力があるとすれば、私たちが(今回の調査のために)データベースに集めたフェイクニュースは、やはり100分の1%単位で得票率を変化させていただろう。ただこれは、大統領選の結果を左右した激戦区でのトランプ氏の得票差の割合よりも、はるかに小さいものだ。

前回大統領選でのトランプ氏の勝利は、フェイクニュースの拡散とその影響力だけでは説明がつかない、ということだ。

同様の指摘は、フェイクニュース研究で知られるダートマス大学教授のブレンダン・ナイアン氏らも強調する。

ナイアン氏らは2020年3月に「ネイチャー・ヒューマン・ビヘイビア」に掲載された論文で、2016年米大統領選の際、フェイクニュースを発信するサイトにアクセスした米国人は44%に上るものの、ニュース接触全体で見るとフェイクニュースへの接触は平均で6%にすぎなかったと指摘する

これらの結果は、“フェイクニュース”のオンラインでの氾濫を想定するだけでなく、“フェイクニュース”に接触したかどうかまで測定する必要があることを示している。

ナイアン氏は、そう述べている。

どれだけフェイクニュースが氾濫しても、有権者がそれに接触し、行動変容に結びついていなければ、選挙への影響度を測ることはできない。現在は、その氾濫のみが、強調され過ぎている、ということだ。

またナイアン氏は2019年2月、ブログメディア「ミディアム」に「フェイクニュースへの懸念が誇張されている理由」と題した投稿を掲載している。この中でナイアン氏は、このように指摘している。

オンラインの誤情報についての多くの重要な懸念はなお残っている。フェイクニュースのオーディエンスが持つ影響力、フェイクニュースへの対策を大規模に行うことの難しさ、フェイスブックのユーザー規模の危険性、ユーチューブを舞台にした急進化の脅威、などの懸念だ。これらはいずれも、フェイクニュースを政治における数多くの誤情報のひとつ、という文脈に位置づけ、リアリティをベースにした議論をすることでしか、適切に取り組むことはできないのだ。

ソーシャルメディアを舞台としたフェイクニュースは、政治をめぐる誤情報の生態系の一部でしかない。その全体像を捉える必要がある、との指摘だ。

●マスメディアがもたらす影響

ナイアン氏らの指摘によれば、フェイクニュースの割合は、ニュース全体のごく一部だ。

では、そのニュース自体は、米大統領選の結果にどのような影響を及ぼしたのか。

ハーバード大学バークマン・クライン・センターのディレクター、ヨーハイ・ベンクラー氏らは、2017年8月に発表した調査で、前回2016年の主なマスメディアによる報道ぶりを、記事のセンテンス(文章)単位でカウントし、比較している。

それによると、共和党候補だったトランプ氏のスキャンダルに関する報道は4万センテンス超だったのに対し、民主党候補だったヒラリー・クリントン氏のスキャンダル報道はその倍以上の10万センテンス。このうち7万センテンス近くを、国務長官時代の「私用メール問題」などが占めていた。

一方で政策に関しては、トランプ氏についての報道が8万センテンス近かったのに対し、クリントン氏の報道は4万センテンス足らず。

極めて不釣り合いな報道が行われていた実態が明らかにされている。

※参照:「ブライトバート」がつくり出した“トランプ・メディア生態系”(03/04/2017 新聞紙学的

ベンクラー氏らはさらに2020年大統領選で、トランプ氏が繰り返す郵便投票をめぐる「不正」の主張の広がりについても調査し、10月初めに発表している

調査によれば、拡散に大きな役割を担っていたのは、フェイクニュースのプレイヤーたちではなく、保守派のFOXニュースなどに加えて、中道に位置づけられるAPなどの大手メディアだったという。

中道メディアがデマ拡散に加担していた原因として挙げられたのは、あくまで両論併記でニュースに「バランス」を取ろうとするメディアの習慣だった。

その結果、その「バランス」によって、郵便投票の「不正」の主張を“党派対立”とするトランプ氏のフレーム設定が、メディアの報道でも繰り返された、とベンクラー氏らは指摘する。

※参照:デマ拡散の犯人はSNSではなくマスメディア、その理由とは?(10/09/2020 新聞紙学的

●フェイクニュースを「正しく怖がる」には

現実に、米国人の8割がフェイクニュースによる選挙結果への影響を懸念している。

フェイクニュースへの懸念が、実際の影響度に比べて誇張されているとすれば、「正しく怖がる」にはどうしたらいいのか。ダートマス大のナイアン氏はこう述べる。

米国政治において、最も厄介な誤情報は、なお昔ながらのものだ:ニュース報道を支配し、政府の権力を振りかざす政治家たちによる、間違った、ミスリーディングな発言だ。

そして、それを増幅させてしまうメディアの報道。

冒頭で紹介したナイト財団とギャラップの調査では、「誤情報の拡散者(スプレッダー)」は誰だと思うか、についても尋ねている

「拡散者」として最も回答が多かったのはトランプ氏。58%が「大多数の誤情報を拡散」、11%が「かなりの誤情報を拡散」と回答。バイデン氏は「大多数」30%、「かなり」19%だった。

次いで多かったのはソーシャルメディア(「大多数」54%、「かなり」36%)。

だがその後に続くのは、ケーブルテレビ(「大多数」38%、「かなり」41%)、ネットワークテレビ(「大多数」37%、「かなり」30%)、連邦議会の共和(「大多数」43%、「かなり」28%)・民主両党(「大多数」36%、「かなり」22%)の幹部、州知事など(「大多数」28%、「かなり」40%)、主要新聞(「大多数」29%、「かなり」27%)。

まさに「昔ながら」の政治ニュースの生態系だ。

ネット上のフェイクニュースの危険性を踏まえながら、政治家とメディアからリアルに広まる誤情報を注視する。

それが「正しく怖がる」ことの第一歩になりそうだ。

(※2020年11月2日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)

桜美林大学教授 ジャーナリスト

桜美林大学リベラルアーツ学群教授、ジャーナリスト。早稲田大卒業後、朝日新聞。シリコンバレー駐在、デジタルウオッチャー。2019年4月から現職。2022年から日本ファクトチェックセンター運営委員。2023年5月からJST-RISTEXプログラムアドバイザー。最新刊『チャットGPTvs.人類』(6/20、文春新書)、既刊『悪のAI論 あなたはここまで支配されている』(朝日新書、以下同)『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』『朝日新聞記者のネット情報活用術』、訳書『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』『ブログ 世界を変える個人メディア』(ダン・ギルモア著、朝日新聞出版)

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