グーグルは1,000億円という金額をメディアに支払う。その見返りとして、グーグルが手にするものは何か?

グーグルCEOのスンダー・ピチャイ氏は10月1日、世界で200を超すメディアと提携し、コンテンツの使用料として今後3年間で10億ドル(約1,050億円)を支払う、と発表した。

ネット広告収入の大半を支配するグーグル、フェイスブックと、ニュースコンテンツが「タダ乗り」されているとするメディア業界との緊張関係は長らく続いてきた。

グーグルは、なぜ10億ドルという使用料を払う気になったのか?

フェイスブックは2019年、一部のメディアへの使用料の支払いに乗り出している。

グーグル、フェイスブックに共通するのは、各国政府の規制の圧力の高まりだ。

特にニュース使用料をめぐるフランス、オーストラリアでの規制当局との攻防は激しさを増している。

さらに足元の米国でも反トラスト法(独占禁止法)による当局の動き相次いで報じられている。

この10億ドルを歓迎するメディアの声も、もちろんある。だが、そんな見方ばかりではない。

これはメディアを思いやる金ではなく、世論対策のPR費用――つまり「ニュースショーケース」は規制回避のための“免罪符”、と見立てるメディア団体や専門家もいる。

●「ニュースショーケース」の開設

すでにドイツ、ブラジル、アルゼンチン、カナダ、英国、オーストラリアの200近いメディアと「ニュースショーケース」の提携の署名をしています。(中略)その数は、「ニュースショーケース」がインド、ベルギー、オランダなどの国々に拡大するとともに増えていくでしょう。

グーグルCEOのスンダー・ピチャイ氏は10月1日、同社の公式ブログの中で、そう述べている。

まずドイツ、ブラジルで同日からスタートするとし、ドイツではシュピーゲル、シュテルン、ディー・ツァイト、ブラジルではフォーリャ・ジ・サンパウロ、バンデランテス、インフォバエなどの有力メディアの名前を挙げている。

そして、ピチャイ氏はこう続けている。「ジャーナリズムが21世紀に生き残るだけでなく、繁栄していくための支援に、我々も役割を果たしたい」

ピチャイ氏の説明によれば、「ニュースショーケース」は、グーグルニュースのモバイル用アプリの新コーナーとして開設。

メディア側で掲載記事の編成を行えるようにし、タイムライン、要点まとめ、関連記事表示などの機能を盛り込むという。

10億ドルは、この「ニュースショーケース」に参加する提携メディアへのニュースの使用料、という位置づけのようだ。

グーグルはすでに6月、使用料支払いの仕組みを発表。シュピーゲルなどの名を挙げて、ドイツ、オーストラリア、ブラジルのメディアと提携したことを明らかにしていた。

●売上高の0.2%

3年間10億ドルという金額は「これまでで最大の財政的貢献」とピチャイ氏は言う。

この金額は、グーグルにとってどれ程の意味を持つのか。

グーグルは、これまでにもメディア支援の資金を投じてきた。

2015年には欧州で「デジタルニュースイニシアティブ(DNI)」のプロジェクトを開始。3年間で1億5,000万ユーロ(約185億円)を拠出。

2018年には米国で、「グーグル・ニュースイニシアティブ(GNI)」を立ち上げ、3年で3億ドル(約320億円)の資金を掲げた。

そして2020年。10億ドルは、従来の支援資金を1ケタ上回るインパクトがある。

一方で、グーグルの親会社のアルファベットの年間売上高は1620億ドル(約17兆円、2019年)で純利益は343億ドル(約3兆6,100億円)。10億ドルの1年分、3.3億ドルは、売上高の0.2%にすぎない。

それでも、10億ドルを「ニュースショーケース」に参加する当初のメディア数約200社で単純に割ると、1社当たりの年間使用料は167万ドル(約1億7,600万円)になる。

コロナ禍の逆風の中で、もしそんな使用料がもらえるのなら、断るメディアはそう多くはないだろう。

●メディアの評価と批判

メディアからは好意的な反応も出ている。

ロイターによれば、シュピーゲルのマネージングディレクター、ステファン・オットリッツ氏は、「グーグルはドイツのクオリティジャーナリズム支援に真剣に取り組んでいることを示した」と評価。

グーグル批判の急先鋒の1人、ニューズ・コーポレーションCEOのロバート・トムソン氏も「高品質のジャーナリズムには、ふさわしい使用料を支払う。それをグーグルが理解したことに拍手をおくりたい」との声明を明らかにしている。

ただ、この10億ドルについて、冷めた見方もある。

ドイツのアクセル・シュプリンガーや英国のピアソン、ガーディアン、ノルウェーのシブステッド、さらに米国のニューヨーク・タイムズなどの大手メディアの経営者らが加盟する欧州パブリッシャーズ協議会(EPC)のエクゼクティブディレクター、アンジェラ・ミルズ・ウェード氏は、声明の中で、こう述べている。

「ニュースショーケース」の参加メディアに送付された契約書の以前のバージョンには、このような制限条項が盛り込まれていた。グーグルまたは関連企業によるニュースコンテンツの使用に関して、メディアが法的な要求または訴訟に参加、もしくはそれらを提起した場合、グーグルは直ちに本契約を解除することができる、と。

「ニュースショーケース」の契約と使用料の主導権はあくまでグーグルにある――それを、契約書の文面でも念押ししていた、ということだ。

グーグルを交渉のテーブルにつかせるべく、法律も政府も動き出しており、グーグルは明らかに、プレッシャーを感じている。そんなグーグルの戦略らしきものに、多くは極めて冷めた目を向けている。グーグルは、新たなプロダクトを立ち上げることで、契約条件の決定権を握ることができる。それによって、公正な交渉条件を定めた法律の効力を弱めながら、一方では、ニュース制作への資金提供を支援していると主張するわけだ。

10億ドルは、規制に対する“免罪符”に過ぎない、との指摘だ。

その具体例としてウェード氏が挙げるのが、フランスとオーストラリアで起きている軋轢だ。

●フランスでの対立

当委員会は、著作隣接権に関する法律の施行時におけるグーグルの対応が、支配的地位の濫用に当たり、報道機関に深刻で直接的な損害をもたらす可能性がある、と認定した。

当委員会はグーグルに対し、3カ月以内に、メディア・通信社と、各社の保護されたコンテンツを再利用する際の報酬について誠意をもった交渉を行うことを命じる。

フランスの競争監視機関である競争委員会は4月9日、AFPなどのメディアによるグーグルへの申し立てに対して、こんな決定を出している。

EUでは、「欧州メディア・コンテンツ業界VSシリコンバレーの巨大IT企業」という構図のロビー合戦の果てに、2019年4月、「デジタル単一市場における著作権指令」が成立した。

「グーグル税」「リンク税」などとも呼ばれてきた15条「報道出版物のデジタル利用に関する保護」では、ニュースコンテンツのネット利用などについて、メディアへの報酬を明確化している。

(複製権や公衆送信権を)報道出版物の出版者に認め、情報社会サービスプロバイダーによるそのデジタル利用に対し、公平で適切な報酬を得られるようにする。

※参照:EU著作権改正:「リンク税」と「コンテンツフィルター」は、本当に機能するのか?(09/15/2018

EU加盟国は、この新著作権指令を2年以内に国内法に適用すること、とされている。

その先陣を切って著作権法を改正し、2019年10月に施行したのがフランスだった。

だが、グーグルは改正法施行に先立つ同年9月、使用料支払い拒否表明。メディアが同意しなければ、コンテンツの抜粋(スニペット)やサンプル画像(サムネイル)の表示を取りやめる、とした。

この対応にメディア側が反発。同年11月に競争委員会に申し立てを行っていた。

これを受けた競争委員会の判断が、上述の2020年4月のグーグルに対する命令だ。

だが、グーグルはこの命令について、フランス控訴院に異議を申し立てた。その判断が10月8日にも出される予定だ。

●EUでの攻防

外部コンテンツの集約によって巨額の利益を上げるグーグルに対し、メディア業界には「タダ乗り」との不満が根強くある。

ニュースコンテンツへの使用料の議論は、この不満に端を発する。

その対立の構図が先鋭化してきたのがEUであり、代表的なのがドイツとスペインの例だ。

ドイツでは2013年、アクセル・シュプリンガーをはじめとするメディアの後押しで、法改正が成立。「副次的著作権」法と呼ばれ、検索結果で記事の抜粋(スニペット)を表示することに対して、使用料を課すという内容だ。

これに対して、グーグル側はスニペットを非表示にするなどして対抗。メディア側は、グーグルの検索結果への表示を拒否するという手段に出たが、2014年11月、アクセスの激減に耐えられずに2週間で表示拒否を取りやめた。

スペインでも、メディア業界の旗振りで2014年10月に著作権法の改正が成立。

ニュース記事へのリンクとスニペットを掲載するアグリゲーションサービスに対して、メディア側が使用料を要求でき、従わない場合には最高で60万ユーロ(約7400万円)の制裁金が科される、という内容だった。

これに対しグーグルは、2015年1月の法施行を前に、2014年12月、スペイン版グーグルニュースの閉鎖を表明する。

結局、スペインに残ったのはメディアへのトラフィックの減少のみ、という結果になった。

EUの新著作権指令は、いわばその反転攻勢だ。

そしてグーグルは、ドイツ、スペインで取った“兵糧攻め”の戦術を、フランスでも展開し、対抗したことになる。

メディアへのコンテンツ使用料の支払いをめぐるグーグル対フランスの攻防は、今後、相次いで新著作権指令の国内法適用を行うEU加盟国に影響を及ぼす試金石でもある。

そのフランスに次いで動きが注目されるのが、上述の経緯があるドイツだ。

そしてこのタイミングで、グーグルは10億ドルの「ニュースショーケース」を打ち出し、第1弾の適用国としてドイツを取り込んだ、ということになる。

●オーストラリアの闘い

コンテンツ使用料をめぐるメディアとグーグルの攻防の舞台はEUだけではない。

オーストラリアで焦点となっているのは、グーグルとフェイスブックを名指ししたニュースコンテンツの使用料をめぐる法案「ニュースメディア契約法」だ。

オーストラリアの監督機関である「オーストラリア競争・消費者委員会(ACCC)」が7月31日に公開した「ニュースメディア契約法」の草案では、グーグル、フェイスブックがニュースコンテンツをサービス内で使用することについて、メディアがその使用料について両社と交渉できる、と規定。

さらに草案では、「ニュース表示のアルゴリズム改変は事前に通告」「オリジナルのニュースコンテンツを適切に識別」「ニュースコンテンツに関する利用者データをいつ、どのように利用可能化したかの情報を提供」などを、グーグルとフェイスブックに課す内容も盛り込まれている。

これに対してグーグルは8月17日、オーストラリアのユーザーに向けた公開書簡を公式サイトに掲載。「政府の新たな規制はオーストラリア国民によるグーグル検索やユーチューブの利用体験を損なうものだ」などと主張した

また、フェイスブック8月31日、公式サイトで「この草案が法制化された場合、オーストラリアのメディアとユーザーが、フェイスブックおよびインスタグラムでローカルニュース、国際ニュースを共有することを停止せざるを得なくなります」と表明している。

●フェイスブックのメディア支援

グーグルとともに「ニュースメディア契約法」の標的となったフェイスブックもまた、メディア支援の取り組みを始めている。

2019年10月には、新たなタブ「フェイスブックニュース」を発表。

フェイスブックが選定したメディアからのニュースコンテンツを、専任チームがキュレーションしていく、というサービスで、ニューズ・コーポレーションなどのメディアには数百万ドル単位の使用料を支払う、と報じられている。

当初は米国でスタートさせたが、2020年8月25日には、今後半年で、英国、ドイツ、フランス、インド、ブラジルに展開する、との予定を明らかにしている。

●PRと「問題解決」

メディアサイト「ニーマンラボ」のディレクター、ジョシュア・ベントン氏は、かねてから、グーグル、フェイスブックのメディア支援は、まさに「グーグル(フェイスブック)がメディア支援」という見出しを獲得するためのPRである、と指摘してきた。

そして、「どのメディアに支払うかはグーグルが決める」「支払い対象はサイドプロダクトに限定、全面展開はしない」「支援を見出しにとってもらい、規制への世論を沈静化」という評価基準で動いているにすぎない、と見立てる。

そして、「ニュースショーケース」はまさにこの3つの評価基準がすべて当てはまる、と述べている。

ところが、EUやオーストラリアのように使用料が法制化されてしまうと、グーグルは主導権を失う。対象とするメディア、該当するプロダクトがどこまでも拡大していく可能性がある。

オーストラリアの「ニュースメディア契約法」の草案では、違反の制裁金として同国における年間売上高の10%、という数字も盛り込まれている。

グーグル・オーストラリアの2019年の売上高は12億4,000万オーストラリアドル(約935億4,200万円)。10%の制裁金なら約94億円にのぼる。

この“10%制裁金”の動きが各国に飛び火しないとも限らない。

その沈静化のためのPRコストとしてなら、10億ドルも十分見合うのでないか、とベントン氏。

企業がPRのために10億ドルを使うことは自由だし、歓迎するメディアもある。「グーグルがメディアに10億ドル」という見出しも、グーグルニュースに並んだ。

だが、ニュース使用料をめぐる軋轢は、なお着地点が見えない。

米ブルームバーグはオーストラリアの問題が注目を集めた8月、社説の中でEU、さらにはオーストラリアのグーグル、フェイスブックへの対応には否定的な見解を示している。

ドイツ、スペインの例から、グーグルにトラフィックを依存しながら、使用料を要求するアプローチはすでに失敗が明らかだ、と指摘。「(メディアが抱える)問題の解決にはならない」と述べている。

メディアの長期的な地盤沈下に、10億ドルはカンフル剤にはなるが、根本治療にはならない。

メディアにとっては、その議論がまず必要ではある。

(※2020年10月4日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)