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新型コロナ対策:600万共有の拡散コンテンツはどう生まれたか

平和博桜美林大学教授 ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

新型コロナウイルスの世界的猛威の中、公開から5日間で600万件の共有などの拡散を続けるニュースコンテンツが注目を集めている。

米ワシントン・ポストが作成した、ウイルス感染をシミュレーションしたビジュアル記事だ。

防疫対策によって、ウイルスの感染拡大のピークと終息はどのように変化するのか。

「強制隔離」や「社会的距離」などの対策のシナリオに基づいて、感染のピークを押し下げ、その時期を遅らせる「ピークカット」をどう実現していけばいいかが一目でわかる、

オバマ前大統領らがツイートし、空前の規模で拡散していった。

緊急時にユーザーが何を求め、メディアが何を提供すべきなのか。その一例を示してくれるコンテンツだ。

●「社会的距離」の効果

ワシントン・ポストのグラフィックス・リポーター、ハリー・スティーブンス氏が「コロナウイルスのようなアウトブレークはなぜ指数関数的に広がるのか、そして“カーブを平坦化”するには」と題したビジュアル記事を公開したのは3月14日

米国内での新型コロナウイルスの感染者数はすでに2,000人を突破。前日には、トランプ大統領が国家非常事態宣言を出していた

スティーブンス氏は、ウイルスの拡散に関するシミュレーションプログラムを作成。新型コロナウイルスよりも感染しやすいという設定の架空のウイルス「シミュライタス」が、人口200人の架空の街でどのように拡散し、終息するのかを、一目でわかるビジュアルで表現した。

たった1人の感染者が、健康な199人にどのように感染を広げ、回復者の増加とともに沈静化していくのか。

それを、健康者、感染者、回復者の人数を時系列の積み上げで示した面グラフと、200人をボールのようなドットで表現し、互いにぶつかり合いながら動くアニメーションで表示している。

スティーブンス氏が設定したシナリオは「対策なし」「強制隔離」「社会的距離(3/4)」「社会的距離(7/8)」の4つだ。

「対策なし」のシナリオでは、市民全員が自由に移動を繰り返す。それにより、ウイルスへの感染率が一気に100%近くまで上昇したあと、回復者の増加に伴って早期に沈静化する、ジェットコースター型の経過をたどる。

「強制隔離」のシナリオでは、感染が発生した市内の3分の1程度を強制隔離した後、隔離を緩めることで、残る3分の2にも感染が広がり、ピーク時の感染率は「防疫対策なし」の半分程度に収まる。ただ、感染者増加の二つのピークを抱え、終息までの時間も長くなる。

そして「社会的距離(3/4)」のシナリオでは、市民の4分の3が外出などの活動を控える「社会的距離」を実施することで、感染者数の増加がずっとなだらかになる。

上記二つのシナリオと同じ時間経過では、感染者数は市民の3分の1にとどまっているが、まだピークは打っておらず、終息はその先のことになる。

「社会的距離(7/8)」では、さらにこの対策を徹底させ、市民の8分の7が活動を控えると、2割程度が感染したところでピークを迎え、以後、なだらかに終息に向かう。

不要不急の移動を控える「社会的距離」が、感染拡大防止にどのような効果があるのかを、直感的に理解できる内容だ。

●600万件を超す拡散

ワシントン・ポストのツイッター公式アカウントがこの記事をツイートしたのが14日午後6時すぎ。

それから5日後の19日夜の段階で、リツイート数は4,000件にのぼり、「いいね」は6,000件となっている。

さらにフェイスブックアカウントがこの記事を投稿したのが14日午後8時すぎ。

こちらは2万4,000件の「いいね」、9万2,000件の共有、そして1,100件にのぼるコメントが書き込まれている。

さらに、スティーブンス氏の記事の拡散をソーシャルメディアの調査会社「バズスモー」で見てみると、フェイスブックを中心に、600万を超す共有などのエンゲージメントが行われていることがわかる。

ワシントン・ポストでこれまで、広く拡散したニュースコンテンツとしては、2016年の米大統領選最終盤だった10月初め、共和党候補者だったトランプ氏がかつてテレビ番組の収録で「有名人ならなんでもできる」などと下品な発言をしていたテープの存在を告発した記事が知られている。

このコンテンツは公開直後から注目を集め、同時に10万件のアクセスが集中する事態になった、という。

だが、3年半前のこのコンテンツのエンゲージメント数をやはり「バズスモー」で見てみると、フェイスブックを中心に11万3,000件。

スティーブンス氏の「社会的距離」のビジュアル化は、その50倍以上の拡散を示している。ワシントン・ポストのメディア担当、ポール・ファルヒ氏によると、同紙のネット上の記事では、「過去最大の閲読数」になるという。

ソーシャルメディア上で拡散したコンテンツとしては、2013年のピュリツアー賞を獲得したニューヨーク・タイムズのマルチメディア特集「スノー・フォール」(2012年12月公開)がある。

その共有数などを「バススモー」で見ると、10万7,000件だ。

また、2016年の米大統領選で、最も拡散したといわれるフェイクニュース「ローマ教皇がトランプ氏を支持」ですら、その共有などの数は100万件だった。

スティーブンス氏のコンテンツの拡散ぶりが桁違いであることがわかる。

●オバマ大統領もツイート

このコンテンツの拡散には、ソーシャルメディア上で強い影響力を持つインフルエンサーによる発信も大きく影響している。

1億1,400万人を超すツイッターのフォロワーを持つオバマ前大統領は3月15日午後3時すぎ、「我々が正しい判断をして、できる限り家にとどまるべき理由が、ここに示されている」とのコメントとともに、スティーブンス氏のコンテンツをツイート。

12万件を超すリツイートと、38万件超の「いいね」を集めている。

オバマ氏は5,500万人の「いいね」を持つフェイスブックアカウントでも、同時にこのコンテンツを共有

11万件の「いいね」、4万2,000件の共有、6,000件のコメントの書き込みを集めている。

ゲイツ財団共同会長で、ビル・ゲイツ氏の妻、メリンダ・ゲイツ氏も、240万人のフォロワーを持つツイッターと、160万人の「いいね」を持つフェイスブックで投稿している。

さらにアイルランド首相、レオ・バラッカー氏もツイッターに投稿するなど、このほかにも多くの政治家や著名人が拡散に関わっている。

●着任半年の成果

メディアサイト「ポインター」がスティーブンス氏の今回の取り組みをまとめている。

それによると、スティーブンス氏は「ヒンドゥスタン・タイムズ」や「アクシオス」を経て、ワシントン・ポストでグラフィックスを担当するようになったのは、わずか半年前だったという。

ジャバスクリプトを使ったこのアイディアを、2週間前から週末を使って準備し、3月初めにワシントン・ポストのグラフィックス・チームに提案した。

感染拡大のモデル化に取り組むジョンズ・ホプキンス大学の専門家チームにも相談したが、このチームのモデルは複雑すぎて、ニュースコンテンツとして動かすのは不可能、といわれてしまう。

そこで、架空の街、架空のウイルス、という設定でシンプルなモデルながら、ユーザーが新型コロナウイルスを想起できるようなビジュアルにまとめたのだという。

「ポインター」のインタビューに対し、スティーブンス氏はこう述べている。

実のところ、このシミュレーションが出来上がるのを見るまで、この問題を自分でもきちんと理解できていなかった。だからこれは、読者に与えたのと同じ影響を、自分自身にも与えてくれたんだ。

そして、このコンテンツが大規模拡散をしたことについて、ワシントン・ポストの上司はこうつぶやいているという。

今じゃ、私が何かを掲載するたびに、エディターたちは「なんでオバマはツイートしてくれないんだ」と気にしているよ。

●多言語展開

この関心の高さと、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大を受けてだろう、ワシントン・ポストは、このコンテンツの多言語展開を行っている。

すでに日本語を含め、スペイン語、ポルトガル語、イタリア語、フランス語、ドイツ語、オランダ語、スロバキア語、ベンガル語、ヒンディー語、アラビア語、ロシア語、ペルシャ語での翻訳版が作成され、それぞれが無料で公開されている。

新型コロナウイルスのような事態に、ユーザーはメディアにどんな情報を期待し、メディアはどのようにその情報を届けることができるのか。

それを考える上での、好例となるだろう。

(※2020年3月20日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)

桜美林大学教授 ジャーナリスト

桜美林大学リベラルアーツ学群教授、ジャーナリスト。早稲田大卒業後、朝日新聞。シリコンバレー駐在、デジタルウオッチャー。2019年4月から現職。2022年から日本ファクトチェックセンター運営委員。2023年5月からJST-RISTEXプログラムアドバイザー。最新刊『チャットGPTvs.人類』(6/20、文春新書)、既刊『悪のAI論 あなたはここまで支配されている』(朝日新書、以下同)『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』『朝日新聞記者のネット情報活用術』、訳書『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』『ブログ 世界を変える個人メディア』(ダン・ギルモア著、朝日新聞出版)

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