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「聲の形」の聖地・大垣市がPRアニメ公開! 自治体発のキャラクターに託す職員の想いとは

河嶌太郎ジャーナリスト(アニメ聖地巡礼・地方創生・エンタメ)
大垣市が製作したアニメ「がきたびっ!~青春お城編~」(大垣市提供)

 物語の舞台を旅する「聖地巡礼」。近年では地方創生の手段としてすっかり浸透しており、アニメや漫画の舞台となった自治体の多くで、舞台であること活かした観光誘致が行われている。一方、近年では自治体主導でアニメを製作する動きも盛んで、観光名所の紹介や移住促進といったシティプロモーションへの活用例も増えている。

 こうした動きは、作品の舞台を誘致することができないから、自分達でアニメを作っていると思う読者もいるかもしれない。もちろんそういう例はあるものの、既に地域内に「聖地」となる作品があっても製作している自治体もある。

 例えば、2008年に放送されたアニメ「true tears」の舞台となった富山県南砺市は、2013年にPRアニメ「恋旅〜True Tours Nanto」(以下、「恋旅」)を公開している。また、1992年からアニメが放送されている「クレヨンしんちゃん」や、2007年の「らき☆すた」、11年の「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」などの舞台を持つ埼玉県も、12年に国際観光PRアニメ「The Four Seasons」を製作している。

「聲の形」のタペストリーが並ぶ大垣駅前商店街(2016年10月、筆者撮影)
「聲の形」のタペストリーが並ぶ大垣駅前商店街(2016年10月、筆者撮影)

「聲の形」の大垣市でもPRアニメ製作

 岐阜県大垣市もその一つだ。大垣市は漫画「聲の形」の舞台として描かれ、2016年に作品の劇場アニメ化がされた。同年に、岐阜県内が「聖地」となった「君の名は。」の大ヒットの影響もあり、多くの観光客が訪れた。

「聲の形」は本編開始前の上映冒頭で、アニメキャラクターに扮した小川敏・大垣市長が「『聲の形』の舞台、大垣で待っています。」と挨拶したことでも話題になった。市長自ら「聖地」であることを大々的にPRすることは、当時あまり例がないことだったのだ。大垣市は「聲の形」の作者、大今良時さんの出身地でもあり、行政自ら作品と作者を応援していく姿勢がみてとれた。

 そんな大垣市だが、実は「聲の形」以外に市でアニメを製作している。2018年4月には「おあむ物語 その夏、わたしが知ったこと」が、10月には「いつか会えるキミに」がYouTubeで公開された。2019年4月に、大垣市が市制100周年を迎えることから、これを記念して製作された。

「おあむ物語」は、戦国時代の体験記を綴った同名の江戸時代の史料をもとにアニメ化された9分アニメ。安土桃山時代の関ケ原の戦いで、大垣城を守っていた女性の話が描かれている。

「いつか会えるキミに」は、大垣城で男子中学生に告白された女子中学生が、50年後の大垣を旅するという13分弱のSFアニメだ。

 さらに2020年4月1日、新たに2本のPRアニメが公開された。

 1つは「大垣まつりにいこうよ!」というタイトルで、毎年5月に市内の大垣八幡神社で開かれる「大垣まつり」を描いた9分アニメだ。

「がきたびっ!~青春お城編~」は8分弱のショートアニメで、大垣名物のたらい舟に乗った姉妹が会話を通じ、大垣城や墨俣一夜城の歴史に触れる形で大垣を紹介している。

大垣市内を流れる、水門川のたらい舟乗り場(筆者撮影)
大垣市内を流れる、水門川のたらい舟乗り場(筆者撮影)

 なぜ、自らPRアニメを製作したのか。大垣市でPRアニメを担当する、商工観光課の相崎佳彦さんはこう説明する。

「『聲の形』で大垣市を知った方も多いと思いますが、作中で描ききれなかった様々な魅力が大垣にはあります。こうした魅力を発信するため、特にこれからを担っていく若い世代へ向けてアニメを使った手法でPRしています。もちろん、自治体がアニメを製作しても、プロには適わないのは百も承知です。とはいえやはりアニメが持つ『なるほど』と思わせる背景や、その土地にキャラとストーリーが結びつくことで、そこを訪れたくなる気持ちに期待しています」

大垣市のアニメで主人公を務める「あん」(大垣市提供)
大垣市のアニメで主人公を務める「あん」(大垣市提供)

自治体発のキャラクターを作る重要性

 大垣市は、2016年の「聲の形」以降、アニメなどを活用した地方創生事業「クールおおがき」を推進している。さながら国の観光政策「クールジャパン」の地方自治体版といった取り組みだが、官民一体となってさらなる観光促進をはかっている。

 一見すると、「聲の形」の成功によって、味をしめてPRアニメを作ろうとしたように映るかもしれない。だが実際はそうではなく、2016年4月から「聲の形」を用いたPR事業が始まるのと同時に、「あん」のキャラクターデザインの制作や、「おあむ物語」によるPRが並行して行われている。

大垣市のアニメに登場するあん(左)と姉のみお(右)(大垣市提供)
大垣市のアニメに登場するあん(左)と姉のみお(右)(大垣市提供)

 こうして4本のアニメが製作されたが、いずれも「あん」という女子中学生を主人公としているのが特徴だ。他にもあんの姉の「みお」をはじめ、登場人物にも一貫性がある。登場人物だけでなく、舞台も大垣城やその周辺を堀のように流れる水門川、「聲の形」でも主な舞台となった美登鯉橋周辺が登場しており、作品を通じて世界観が共通している。

 これは登場人物を固定化させることで、「聲の形」という既存の「聖地」作品とは別に、市主導でご当地キャラクターのように動かせるマスコットを確保したいという狙いがあるとみられる。

「大垣まつりにいこうよ!」のワンシーン(大垣市提供)
「大垣まつりにいこうよ!」のワンシーン(大垣市提供)

 過去には、2008年放送のアニメ「true tears」の舞台となった富山県南砺市では、同作のキャラクターが市の広報役を務めていた。だが、2013年に先述の市製作のアニメ「恋旅」が公開されると、その役割が「恋旅」のキャラクターに取って代わった例がある。

 大垣市も、「あん」というキャラクターをアニメ以外でも大垣観光協会が発行する情報誌「水都旅(すいとりっぷ)」の表紙に起用するなど、市のPRキャラクターとして積極的に活用しているという。

 既存の商業作品のキャラクターを使用する場合、当然ながら使用料が発生する。また、権利元への許諾も必要となり、ちょっとした市の資料にキャラクターを添付するというのも難しくなる。もしこれが、自分達で権利を持っているキャラクターであれば、例えば市役所の共有フォルダからキャラクターの画像を参照し、現場の職員の判断でキャラクターを随時使うことも可能になる。

「水都旅」の表紙に起用されたあんとみお(大垣観光協会のHPより)
「水都旅」の表紙に起用されたあんとみお(大垣観光協会のHPより)

あんを大垣市のマスコットに

 実際にどのような思いで「あん」というキャラクターを作り上げたのか。商工観光課の須田山智成さんはこう打ち明ける。

「あんは大垣に愛着を持つ女子中学生という設定です。『おあむ物語』の『おあむ』という実在した女性から名前を取りました。地元の方言を話し、大垣の人っぽいところを意識しながら創り上げたつもりです。真面目な一方で、おっちょこちょいだったり、ハッとさせる面があったりと、毎回ギャップが出るようストーリーや展開を考えてもらっています」

 そこには自分達で自分達のキャラクターを作り上げていくんだという気概が見て取れる。決してキャラクターや「聖地」は、ただクリエイターによって与えられるだけのものではないのかもしれない。

 そして今後も大垣市は、「あん」を用いたシティプロモーションを継続的に続けていく。相崎さんがこう続ける。

「今年は『大垣まつり』を紹介するアニメを公開しましたが、今後も『あん』やアニメを通じ、それぞれの観光資源が持つ物語と共に、大垣の魅力を伝えていきたいと考えています。一人でも多くの人にアニメを観ていただけるとうれしいです」

アニメでは大垣まつりの様子も克明に描かれている(大垣市提供)
アニメでは大垣まつりの様子も克明に描かれている(大垣市提供)

「あん」は「ラブライブ!」などで知られる人気声優の三森すずこが演じており、大垣市アニメの主題歌も歌っている。自治体発のキャラクターが、今後どのように地域を盛り上げていくのか。大垣市のやり方が、“ご当地アニメ”のモデルケースになるのかもしれない。

 大垣市がアニメを製作してまで訴えた「大垣まつり」だが、新型コロナウイルスの影響でやむなく中止が決まっている。4月30日には、三森すずこもYouTubeで「大垣まつり」中止の告知と、大型連休中の外出自粛をうながす「STAY HOME」を訴える動画を投稿した。

 動画で三森はこう呼びかける。

「今年の『大垣まつり』は、新型コロナで中止となってしまいました。ユネスコの無形文化遺産に登録されている『大垣まつり』の『車山(やま)行事』も今年は見ることができず、非常に残念ですね。でも、この『大垣まつり』は街の人達によってこの先もずっと受け継がれていくと思いますので、今は『STAY HOME』、是非皆さん大垣市のアニメーションを観て観光した気持ちになってはいかがでしょうか。そしてコロナウイルスが収まった時には私もそうですが、皆さんも是非大垣市に遊びに行ってみてはいかがでしょうか」

大垣市アニメには大垣城もしばしば登場する(筆者撮影)
大垣市アニメには大垣城もしばしば登場する(筆者撮影)
ジャーナリスト(アニメ聖地巡礼・地方創生・エンタメ)

1984年生まれ。千葉県市川市出身。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。「聖地巡礼」と呼ばれる、アニメなどメディアコンテンツを用いた地域振興事例の研究に携わる。近年は「withnews」「AERA dot.」「週刊朝日」「ITmedia」「特選街Web」「乗りものニュース」「アニメ!アニメ!」などウェブ・雑誌で執筆。共著に「コンテンツツーリズム研究」(福村出版)など。コンテンツビジネスから地域振興、アニメ・ゲームなどのポップカルチャー、IT、鉄道など幅広いテーマを扱う。

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