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修復工事中でも賑わう道後温泉 人気の秘密は手塚治虫とのコラボ

河嶌太郎ジャーナリスト(アニメ聖地巡礼・地方創生・エンタメ)
保存修理工事中の道後温泉本館。巨大な火の鳥が描かれている

 歴史的な建造物は地域の貴重な観光資源だが、老朽化などで保存修理を強いられる期間がどうしても発生する。その間、観光客が落ち込む問題が起こってしまう。しかし愛媛県松山市の「道後温泉本館」は、今年1月から保存修理をしているものの、ほとんど観光客が減っていないという。

 道後温泉本館は1894年(明治27年)に建てられ、100年後の1994年には国の重要文化財に指定された。松山を代表する温泉地「道後温泉」のシンボルであり、年間600万人を超える松山の観光客の中心を担っている。

保存修理工事前の道後温泉本館の様子=2014年10月・河嶌太郎撮影
保存修理工事前の道後温泉本館の様子=2014年10月・河嶌太郎撮影

 だが、建造から125年が経過し、老朽化が目立つようになった。そのため、2019年1月15日から2024年の完了を目指して保存修理工事が行われている。観光客を極力減らさないよう、工事期間中でも全館休業とはせず、1階の浴室「神の湯」はそのまま利用可能だ。

 とはいえ、長期工事中で入浴が出来ないと誤解している人も多く、何より本来の姿を拝めないとあって観光客が遠退くのは必至だ。そこで新たな目玉を考えるべく、市は「道後REBORNプロジェクト」を1月に立ち上げた。

工事が未着手の本館北面。ここに夜中プロジェクションマッピングが投影される(C)TEZUKA PRODUCTIONS
工事が未着手の本館北面。ここに夜中プロジェクションマッピングが投影される(C)TEZUKA PRODUCTIONS

 このプロジェクトは故・手塚治虫さんの代表作「火の鳥」とコラボし、工事期間中でも観光客を楽しませることが狙いだ。4月27日からは、工事が未着手の本館北面を活用した「火の鳥」の世界を音と光のデジタルアートで演出するプロジェクションマッピングの投影が始まっている。

プロジェクションマッピングの様子(C)TEZUKA PRODUCTIONS
プロジェクションマッピングの様子(C)TEZUKA PRODUCTIONS

 これは「道後温泉×ネイキッド MESSAGE-火の鳥、到来-」と題され、建物の障子には火の鳥や、神話時代から飛鳥時代に道後温泉を守り伝えてきた人々の姿が映し出されている。投影は1回5分ほどで、毎日19時から21時半まで行われる。

火の鳥の覆いがされた道後温泉本館(C)TEZUKA PRODUCTIONS
火の鳥の覆いがされた道後温泉本館(C)TEZUKA PRODUCTIONS

 観光客を呼び込む仕掛けは夜だけではない。7月には工事エリアを風雨から守る仮設物が完成し、素屋根と呼ばれる巨大なシートで覆われると、そこにはキャラクターの火の鳥がでかでかとお目見えした。「道後温泉本館ラッピングアート」と呼ばれる取り組みで、道後温泉本館の外観も描かれている。

新規に描き下ろされた「火の鳥」ウォールアートパネル(C)TEZUKA PRODUCTIONS
新規に描き下ろされた「火の鳥」ウォールアートパネル(C)TEZUKA PRODUCTIONS

 さらに、工事エリアの周囲に張りめぐらされた木製の囲いには「火の鳥」のマンガパネルや、巨大なウォールアートパネルが展示されている。マンガパネルは「火の鳥」のアニメーションを制作する手塚プロダクションが新規に描き下ろししたものだ。このように昼も夜も観光客を楽しませる取り組みをしている。

 こうしたおもてなしに加え、インターネットでも「火の鳥」と道後温泉を組み合わせた展開を行っている。5月23日からは、オリジナルショートアニメ「火の鳥”道後温泉編”」を公開。「道後REBORN」公式サイトなどで無料で観ることができる。

 アニメは1話につき5分ほどの内容で、「火の鳥」の世界観を通じ、道後温泉の歴史がわかるようになっている。プロジェクションマッピングは、この世界観を反映したものだ。

 実際に現地を訪れた人だけでなく、インターネットを通じたこうしたスピンオフ展開を行うことで、より多くの人に道後温泉本館が工事中であることを周知すると同時に、今しか見られないものがそこにあることを訴えるプロモーションにもなっている。

 「火の鳥」とコラボした理由について、市は「(火の鳥は)時空を超えて人々を導く永遠の生命の象徴」と説明する。道後温泉の発祥は3000年前とも言われ、飛鳥時代には聖徳太子も訪れた記録がある。このくだりはアニメーションでもよく描かれている。こうした時代を超えて人々を癒やす道後温泉の再生の物語として、「火の鳥」が選ばれたという。

 だが、松山市の取り組みは「火の鳥」という作品のソフト面だけに終始していないのも特徴だ。道後温泉本館が保存修理工事に入り、入浴客の許容量が減ることを見据え、市はこの「道後REBORNプロジェクト」にさきがけ、新たな日帰り入浴施設「道後温泉別館 飛鳥乃湯」を17年9月にオープンさせている。

2017年9月26日オープンした「道後温泉別館 飛鳥乃湯」(提供)
2017年9月26日オープンした「道後温泉別館 飛鳥乃湯」(提供)

 また、巨大な火の鳥が描かれた道後温泉本館と道後温泉街を一望できる観光スポット「道後温泉 空の散歩道」を19年1月にリニューアル。無料の足湯に浸かりながら道後温泉本館を眼下に見渡せるようにした。

リニューアルされた「道後温泉 空の散歩道」(C)TEZUKA PRODUCTIONS
リニューアルされた「道後温泉 空の散歩道」(C)TEZUKA PRODUCTIONS

 このように、「火の鳥」というコンテンツだけでなく、肝心の温泉施設や観光施設、というハード面でも一層の拡充を図っている。

 こうした取り組みについて、野志克仁・松山市長は11月8日の会見でこう手応えを話した。

会見で「道後REBORNプロジェクト」について説明する野志克仁・松山市長=11月8日・河嶌太郎撮影
会見で「道後REBORNプロジェクト」について説明する野志克仁・松山市長=11月8日・河嶌太郎撮影

「復旧工事に入られた全国の他の地域では50%以上観光客が減少したところもある中、松山市のお客様の減少は1月以降わずか5%にとどまっています。歴史的建造物を持つ各自治体からも注目をされており、松山のため、ふるさとのため全力でやっていきたいところです」

 松山市の施策は、地震で現在復旧工事中の熊本城をはじめ、他の文化財の修復においても今後モデルケースになる可能性がある。このような工夫ができれば、工事を逆にチャンスにして、工事期間限定の観光の目玉にできるかもしれない。

(C)TEZUKA PRODUCTIONS
(C)TEZUKA PRODUCTIONS

 なお、アニメ「火の鳥”道後温泉編”」は、神話時代の大国主や少彦名を描いたプロローグ、飛鳥時代の聖徳太子を描いた第1話が公開中。2020年2月1日には道後温泉本館が改築され今の姿になった明治期を描いた第2話「子規と漱石」、20年中には第3話「そして、未来へ」の公開が予定されている。

ジャーナリスト(アニメ聖地巡礼・地方創生・エンタメ)

1984年生まれ。千葉県市川市出身。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。「聖地巡礼」と呼ばれる、アニメなどメディアコンテンツを用いた地域振興事例の研究に携わる。近年は「withnews」「AERA dot.」「週刊朝日」「ITmedia」「特選街Web」「乗りものニュース」「アニメ!アニメ!」などウェブ・雑誌で執筆。共著に「コンテンツツーリズム研究」(福村出版)など。コンテンツビジネスから地域振興、アニメ・ゲームなどのポップカルチャー、IT、鉄道など幅広いテーマを扱う。

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