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アニメ「サクラクエスト」の間野山市と南砺市が姉妹都市提携 期待と課題

河嶌太郎ジャーナリスト(アニメ聖地巡礼・地方創生・エンタメ)
富山県南砺市のピーエーワークス本社に置かれた「サクラクエスト」の等身大パネル

 アニメ「サクラクエスト」の舞台となった架空の「間野山(まのやま)市」が10月9日、富山県南砺市と姉妹都市提携を結んだ。TVアニメに登場する架空の街と、実在する市との姉妹都市提携は日本で初めてのことだ。調印式が南砺市クリエイタープラザ桜クリエで行われ、作品側の間野山市代表に東宝の齊藤雅哉プロデューサーが、南砺市側は田中幹夫市長が署名した。

調印書を掲げる東宝の齊藤雅哉プロデューサー(左)と田中幹夫・南砺市長(右)
調印書を掲げる東宝の齊藤雅哉プロデューサー(左)と田中幹夫・南砺市長(右)

間野山市と南砺市は表裏一体

 「サクラクエスト」は、今年4月から9月にかけAT-Xなどで放送された。東京で就職活動に苦戦する女子短大生の主人公が、過疎化が進む間野山市の観光大使に就任し、いろんな人の助けを借りながら村おこしに取り組んでいく様を描いた。廃校の活用や祭りの復興、限界集落でのバス存続問題など、日本各地の過疎地域が抱えている問題を鮮明に映し出しているのが特徴だ。南砺市にあるアニメ制作会社「ピーエーワークス」が制作し、間野山市の多くが南砺市をモデルにしており、両市の共通点が多いことから姉妹都市提携へと至ったという。

 まずは、南砺市のピーエーワークス本社に隣接する「桜ヶ池」の桜の木の再生プロジェクトを2018年春から取り組む。この池は作中では「桜池」として舞台の中心となっている場所で、桜の名所として描かれている。だが、現実の「桜ヶ池」では35年前に地元の人が中心となって約1000本の桜を植えたものの、今では多くの桜の木が痛み、花が咲かない木も半数以上にのぼるという。これに対し、ファンの協力を得ながら、桜の植樹や枯れ木の伐採などの整備を進めていく。

 これだけを見ると、ピーエーワークス本社に隣接する公園の整備のために、姉妹都市提携を推し進めたようにも見える。これ以外の計画について、同社・菊池宣広専務は「弊社はこれまで舞台モデルを設定することで、観光面でも大きな成果をあげてきた。これ以外の計画については未定だが、アニメの力でできることがもっとあるはず。一種の挑戦として取り組んでいきたい」と会見で話した。

両市の伝統芸能を披露する場もあった。写真は南砺市・越中五箇山こきりこ保存会による「こきりこ」
両市の伝統芸能を披露する場もあった。写真は南砺市・越中五箇山こきりこ保存会による「こきりこ」

ピーエーワークスが描く地方創生

 これまで、ピーエーワークスは2008年に同じ南砺市を舞台にしたアニメ「true tears」を皮切りに、金沢市湯涌温泉を舞台にした「花咲くいろは」(2011年)、福井県坂井市を舞台にした「グラスリップ」(2014年)など、北陸地方を舞台としたアニメ作品を多く手がけてきた。特に「花咲くいろは」は作中にしかなかった架空の「ぼんぼり祭り」を現実のお祭りにした実績がある。このお祭りは今年で7回目を数え、今や1万5000人もの人が訪れる一大行事にまでなった。

 ピーエーワークスと南砺市の連携は「true tears」以来から続いており、2010年7月には同作の登場人物の特別住民票が発行され、2013年には南砺市の観光PRアニメ「恋旅」を制作した。以後、「恋旅」は南砺市の顔と言えるアニメになっており、市内各地で「恋旅」のキャラクターが描かれた自動販売機や、地元消防団や市の啓発ポスターが設置されている。今回、「サクラクエスト」の間野山市と姉妹都市提携したことで、市とピーエーワークスの連携をさらに深め、アニメの街をよりPRしていく狙いがあるとみられる。

南砺市内に設置されている「恋旅」の自動販売機
南砺市内に設置されている「恋旅」の自動販売機

地方だけで「聖地」作れぬ難しさ

 一方で、今回の調印式は一つの限界を示したものでもあった。間野山市代表の署名者がピーエーワークスの社長であれば明快なのだが、東宝のプロデューサーであったことだ。これは「サクラクエスト」が7社による製作委員会によって作られており、東宝がこの中で一番出資率が高い幹事会社であるためだ。例えば市とのコラボイベントなどの案件があった場合は、東宝が音頭を取る形でこの製作委員会内で協議・判断する形態になっている。

 今回の姉妹都市提携の打診はピーエーワークス側からあったようだが、製作委員会方式である以上、ピーエーワークスという地元企業の独断だけで動くことができない。市の打診に対しても東京の東宝などを経由しないといけないのだ。ピーエーワークスは東京に一極集中しているアニメ制作会社を地方に移したパイオニアとして知られている。しかし、制作会社を地方に移転したところで、東京抜きに「聖地」を作れない現実がここにある。

ピーエーワークス本社(調印式会場に隣接)で開催されている「サクラクエスト」原画展のノート。世界中からファンが訪れていることがわかる
ピーエーワークス本社(調印式会場に隣接)で開催されている「サクラクエスト」原画展のノート。世界中からファンが訪れていることがわかる

政治主導で「聖地」連携を!

 いま観光庁などを中心に、「アニメ聖地88」というインバウンド向けの観光ルート作りを進めている。だが、同じピーエーワークス制作で南砺市舞台の「true tears」と、隣接する金沢市湯涌温泉の「花咲くいろは」との連携でさえ、今も表だって展開できていない。まして、制作会社が異なる「聖地」同士の連携というのは夢のまた夢に近い状況にある。

 田中幹夫・南砺市長は調印式で、「聖地」間の連携について、次のように言及した。

「(この姉妹都市提携が)アニメ聖地88と直接関係があるかというと、今のところはわからない。ただ、南砺市の周辺には『花咲くいろは』の金沢をはじめ、飛騨市や高山市、高岡や氷見などアニメで一生懸命取り組んでいる地域がある。こうした地域と一緒に回っていただくことで、南砺市にも来やすくなる。いろいろ会社の関係もあり簡単ではないが、観光における都市間の連携は今後何らかの形でやりたいと思う」

 「聖地」間の連携は、製作委員会などの版元との関係もあり、一枚岩ではいかない現状にある。この固い岩盤を壊していくには、行政による強い力が欠かせない面もあるだろう。富山・石川・岐阜県北部といった地域には飛騨市の「君の名は。」をはじめ、多くの「聖地」を抱えている。市だけでなく、県の枠組みを超えた地域間連携が、「聖地」を軸にいま、求められている。

調印式後のフォトセッションの様子。左から3番目は「サクラクエスト」主人公を演じた声優・七瀬彩夏さん
調印式後のフォトセッションの様子。左から3番目は「サクラクエスト」主人公を演じた声優・七瀬彩夏さん

(撮影=筆者)

ジャーナリスト(アニメ聖地巡礼・地方創生・エンタメ)

1984年生まれ。千葉県市川市出身。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。「聖地巡礼」と呼ばれる、アニメなどメディアコンテンツを用いた地域振興事例の研究に携わる。近年は「withnews」「AERA dot.」「週刊朝日」「ITmedia」「特選街Web」「乗りものニュース」「アニメ!アニメ!」などウェブ・雑誌で執筆。共著に「コンテンツツーリズム研究」(福村出版)など。コンテンツビジネスから地域振興、アニメ・ゲームなどのポップカルチャー、IT、鉄道など幅広いテーマを扱う。

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