「天才」ジョージ秋山さんの名作「浮浪雲」の魅力 本質切り込む“チャラ男”の生き方

浮浪雲112巻

 マンガ家のジョージ秋山さんが亡くなりました。過激な描写で問題になった「アシュラ」や、ドラマにもなった「銭ゲバ」などで知られていますが、代表作の筆頭は何と言っても長期連載の「浮浪雲(はぐれぐも)」でしょう。同作を読むと、幕末時代を描きながらも現代社会を鋭く斬り、ネット社会の警鐘にも思えたりします。ところが同作を「読んだことがない」という人は、意外と多いのではないでしょうか。その魅力を振り返ります。

◇同業者が「天才」と絶賛

 「浮浪雲」は、幕末の品川宿を舞台に、自由に生きる問屋場の頭(かしら)、雲(くも)の生き様を描いた作品です。妻子持ちでありながら、酒好きで仕事はせず(帳場を預かる『とっつぁん』によく説教される)、女性を見ると誰にでも「ねえちゃん、あちきと遊ばない」と声をかける“チャラ男”です。

 しかし、人望は厚く、彼が一声かけると数百人の仲間が駆け付けます。実は雲は行動はちゃらんぽらんなように見えて、物事の本質をつかんでおり、自由気ままに生きています。欲望に流されているように見えて、ここぞという場面ではスイッチが入ります。周囲で起きるトラブルもひょうひょうと片づけ、それを表に出そうとしない男なのですね。

 小学館の大人向けマンガ誌「ビッグコミックオリジナル」に連載していたように、大人の味わいのある作品なのです。「アシュラ」や「銭ゲバ」が刺激的なテーマで読者をダイレクトに反応させ、「浮浪雲」は読者の笑いを誘いつつも「人生とは何ぞや」と考えさせる作品でもあります。

 人の本質はつかんでおいて、違うアプローチの手法を使って表現しているわけです。マンガ家には得意な型があり、それに沿って表現するのが普通ですから、ジョージ秋山さんは異質なのです。訃報を受けて、同業者をはじめ、多くの人がジョージ秋山さんを「天才」と表現していますが、その通りだと思います。

◇自分の不幸も笑い飛ばす主人公

 「浮浪雲」第1話から、深みの片鱗はあります。駕籠かきの人足が女の客を脅すシーンで、頭である雲が出て来て「およしよ」と止めます。そこまでは普通ですよね? ところが雲は「送ってやるわいな」と下心を見せ、“ナンパ”に失敗。おまけに、その女はスリで、雲自身も財布を取られてしまいます。怒って女スリをおいかける人足に、雲は「はっはっはっ その間に稼いだ方が早いよ」と自分の不幸すらも笑い飛ばします。

 他にも、将棋の名人が将棋に打ち込むため、酒もたばこも異性も知らないと知っても、名人を心からリスペクトします。幕末を代表する人物の一人・山岡鉄舟が天狗になっているシーンでは、雲がワンアクションで鉄舟の矛盾をあぶりだし、その鼻っ柱をへし折ったりします(個人的には一押しのエピソードです)。

 話は、子育て論にも及びます。雲と息子・新之助の話で最も衝撃的だったのは、殴られる痛みを知らないからケンカが怖い……という論理で、雲が新之助を殴るシーンがあり、新之助もお礼を言うエピソードがあるのです。ここだけをクローズアップすると、強く反発する読者もいるでしょうが、マンガを続けて読むと違う感想が浮かび上がります。雲が新之助とそれなりの距離を置きながら、温かく見守っていて、親子の信頼感があるからこそ成り立つ話に取れるのです。しかも幕末の話ですから、識者も突っ込むだけ野暮な話になるわけで、そこも見事です。他にも無力な若者……ニート問題を先取りしたような話、夫婦問題、嫁姑問題などもあり、うならされることも多いでしょう。

 なお、マンガ家の田中圭一さんが、ジョージ秋山さんについてのマンガを公開しています。こちらも必見ですね。息子・命さんの命名の由来に驚かされるでしょう。

【田中圭一のペンと箸-漫画家の好物-】ジョージ秋山とカレイの唐揚げ

◇ネット問題に通じる話も

 現在、ネットの匿名を利用した誹謗中傷の問題について、激論が交わされています。ネットの特徴の一つは、自分をアピール(過大に見せる)し、周囲の意見(特に批判)に対して反発する傾向にあることです。事件が起きれば、コメンテーターや識者のようにつぶやきたくなりますし、フォロワーや友達の数が可視化されるので、余計にのめり込みます。

 しかし雲は「能ある鷹は爪を隠す」そのもので自分の能力をアピールすることはほぼなく(しても最低限)、自分が周囲から何と思われていようと気にしません。ネットの活動と対極にある雲の生き様に学ぶべき点はあるのではないでしょうか。誹謗中傷が悪いことなのはいうまでもありませんが、雲はそれすらも笑い飛ばしそうです。自分に確固たるものがあるから周囲の目を気にせず、だから自由に生きられる。何ともうらやましく思えます。

 連載44年で全1039話。別にネットへの“警鐘”をしたつもりではないはずですが、そうも取れてしまうのは、人の持つ業を鋭く見抜いてマンガに落とし込んで笑い飛ばしているからではないでしょうか。全112巻のハードルはさすがに高いので、序盤の数巻だけでも手に取ってはいかがでしょうか。

 名作を世に送り出したジョージ秋山さんのご冥福をお祈りいたします。

ゲームを愛するものの、ゲームには愛されないヘタレなゲーマー。ゲーム好きが高じて、記者として兜倶楽部にも出入りし、決算やメーカーの各発表会、PS3の米国発表会、中古ゲーム訴訟、残虐ゲーム問題など約20年間ゲーム業界を中心に取材をする。合わせてアニメやマンガにも手を伸ばし、作品のモデルになった場所をファンが訪れる“聖地巡礼”現象も黎明期から現地に足を運ぶなどしている。マンガ大賞の選考員も担当しており、好きなジャンルはラブコメ、歴史もの。

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