Yahoo!ニュース

完敗に終わったE-1韓国戦。敵将が仕込んだ”トラップ”と若き日本代表が感じた”圧力”の本当の理由

河治良幸スポーツジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

韓国に1-0で敗れて、E-1タイトルを逃した日本代表に関する評価の声に相違が起きている。1つは相手の圧力に押されて、それを上回れなかったというメンタル、フィジカル的な相手との差。そしてもう1つは戦術設計から日本は韓国に後手を踏まされる布石を敷かれていたというものだ。

結論から言うとどちらも間違っていない。しかし、真相を探るには両方の要素を認めた上で、その相関関係を紐解く必要がある。日本側が感じた”圧力”もまた韓国代表のパウロ・ベント監督が日本に対してかけた戦術的な”トラップ”によるものだとすれば、両方の要素が「圧力」としてリンクして来る。

試合後、かつてアルビレックス新潟でプレーしていたキム・ジンスに話を聞いたが、彼によればパウロ・ベント監督は日本に対して、あえて1対1が多く生じるシチュエーションを作るように指示していたと言う。

ロシアW杯後に就任したパウロ・ベント監督はほぼ一貫して、いわゆる”ポジショナルプレー”をベースとした、立ち位置で相手に対して優位性を出しながら、スペースを作って崩すと言うスタイルを推し進めてきた。

その戦い方には攻撃の側面と守備の側面があり、”攻守一体”という基本的な考え方があるが、日本戦ではパウロ・ベント監督が継続して植え付けてきたベースに戦術的なアレンジを加えていた。

守備面では3ー4ー2ー1を採用している日本側のビルドアップを徹底して遮断し、無理なパスを選択させることでミスを生じさせ、高いポジションでそのまま攻撃にシフトできるシチュエーションを増やした。

さらに、そこからポゼッションにこだわるのではなくナ・サンホ、キム・インソンと言う走力の高いウィングを縦に走らせることで、日本のウィングバックを後ろに下げさせ、ペナルティエリア付近まで押し込んだ上で、二列目のファン・インボム、ソン・ジョンホ、サイドバックのキム・テファンやキム・ジンスらが二の矢、三の矢を打って行く。

香港戦、中国戦よりカウンター度合いが強かった韓国ではあるが、日本を押し込んだ状況では位置的優位を利したポゼッションから日本に後手を踏ませた。韓国は日本の5バックに対してウィングの片方が同サイドに張った上で、もう1人が中に絞ってセンターフォワードのイ・ジョンヒョプと一時的な2トップを形成する。

そして絞った側のサイドバックがウィングの位置まで上がり、4人が前線に張ることで5バックを押し付けて、その手前で日本の2ボランチと韓国のインサイドハーフがほぼマンツーマンでマッチアップする状態から、その手前スペースでアンカーのチュ・セジョンがフリーになっていた。

このチュ・セジョンこそ韓国で最も危険なパスの供給者であり、攻撃の起点となる司令塔の役割を果たしている選手だ。さらに前線に上がっていない側のサイドバックもウィングよりインサイドにポジションを取り、反対側には3バックの一枚が高めに上がることで、日本の2シャドーがチュ・セジョンをケアできない状況が続いていた。

意図的に押し込まれた上に、相手の危険な選手をフリーにしていたら、そこから多くの局面で1対1を作られてしまうのは当然の流れだ。特に日本の国内組の選手はJリーグのクラブで基本的にチャレンジ&カバーを植え付けられており、サポートが無い状況での守備を強いられると弱い面がある。

そうした局面を切り取るなら韓国のスピードやパワーに押されたことは間違いないが、U-22を東京五輪の予選に集中させるため招集していない韓国と過半数がU-22のメンバーで、橋本拳人の怪我によりU-22がスタメンの5人を数える日本ではフィジカル面が互角にならないことは戦前から分かっていたこと。そうした状況を意図的に作り出された時点で戦術負けしているのだ。

試合後の会見で「試合の準備として技術や戦術の前に球際の戦いになると選手たちに伝えていました」と語った森保監督は戦術的な質問に対しても「戦術的に後手を踏んだと言うふうには思っていません。選手も個々のケアは対応している中で、強度が足りなかったから相手に上回られた」と回答した。

その後、3バックの右を担っていた畠中槙之輔に話を聞いた。横浜F・マリノスでポジショナルプレーをベースとしたサッカーに常日頃から触れている畠中は「けっこう数的不利な状況を作られる回数が多くて、ボールホルダーにプレスもかけられず、どこからボールを取りに行くのかとなった時に、チームとしてしっかり定まらなくて、押し込まれる時間帯も長かった」と振り返った。

「相手を想定した練習もそんなにたくさんはできてなかったですし、その中でも正直ちょっと予想外なゲーム展開というかゲームコントロールをされて、というのはありました」と畠中。つまり実際にプレーしていた選手から見れば、戦術的にも後手を踏んでいた訳だが、それに対する森保監督からの具体的な指示は無かった様子で、ピッチの中で選手は対応を共有できないまま局面で体を張るしか無い状況を強いられていたのだ。そうした状態をメンタルの問題とするなら確かにそうだが、それを引き起こした原因は選手にない。

強いていえばアジアカップのカタール戦で似たようなシチュエーションを経験し、アジア予選を戦っている欧州組をベースにしたメンバーであれば、自分たちでどう切り抜ければいいかその場で考え、失点より前の段階で形勢を挽回する何かを攻撃なり守備なりで見出していたかもしれない。しかし、そうした個人の経験則に依存している限り、選手層の問題は繰り返されるだろう。

チーム作りのプロセスにある現段階で、代表監督が腹のなかの全てをメディアやファンに語る必要はない。実際そうした戦術的な落とし込みをディテールまで行っていないことも明白だが、試合のエビデンスとして後手を踏まされた事実があり、韓国が継続的に取り組んでいる戦い方にプラス、スカウティングを落とし込んで来るプランに対して、フルメンバーで臨んだ場合の不安要素にもなる。

代表監督というのはクラブの監督と異なり、日々の練習の中で戦術を落とし込むより、その時に”旬”の選手をチョイスして、ベストメンバーを組むセレクターの能力が求められる。そう考えれば大目標となる2022年のカタールW杯までに戦術的な熟成を急ぐ必要はなく、その時に”旬”の選手がなるべく初招集とならないように、今のうちに一度は呼んで代表選手としての自覚とモチベーションを促すのは非常に納得する手法ではある。

そうした流れから来年の夏には東京五輪があり、A代表も突破がかかる3月の二次予選を除けば、おそらく五輪代表を優先した活動になって行くだろう。東京五輪で金メダルを目標に掲げる森保監督がここからどうチームを作り込んでいくのか、そこから拡大前の最後の大会となるカタールW杯に向け、どう繋げて行くかは現時点で分からない。

まずは東京五輪が本当の意味で結果を求められる”第一関門”となるが、スポーツ全体はともかくとして、サッカー界にとっての大目標はフル代表で参加するW杯だ。最終予選の試合後に「戦術的に後手を踏んだと言うふうには思っていません。選手も個々のケアは対応している中で、強度が足りなかったから相手に上回られた」と言った回答をしないように、プランを進めて行ってほしい。

スポーツジャーナリスト

タグマのウェブマガジン【サッカーの羅針盤】 https://www.targma.jp/kawaji/ を運営。 『エル・ゴラッソ』の創刊に携わり、現在は日本代表を担当。セガのサッカーゲーム『WCCF』選手カードデータを製作協力。著書は『ジャイアントキリングはキセキじゃない』(東邦出版)『勝負のスイッチ』(白夜書房)、『サッカーの見方が180度変わる データ進化論』(ソル・メディア)『解説者のコトバを知れば サッカーの観かたが解る』(内外出版社)など。プレー分析を軸にワールドサッカーの潮流を見守る。NHK『ミラクルボディー』の「スペイン代表 世界最強の”天才脳”」監修。

河治良幸の最近の記事