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「変わらない中で変えられる」横浜F・マリノスJ1優勝の鍵。松本山雅戦で見た”修正”の意味を探る。

河治良幸スポーツジャーナリスト
(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

松本山雅にアウェーで勝利し、残り2試合で首位に立った横浜F・マリノスは11月30日に過去2連覇の川崎フロンターレ、そして12月7日の最終節で優勝を争うFC東京と対戦します。

横浜F・マリノスと言うと昨年から就任したアンジェ・ポステコグルー監督が掲げるパスワークを生かした”アタッキング・フットボール”でJリーグを席巻しているイメージが強いと思いますが、マンチェスター・シティを”総本山”とするシティ・フットボール・グループのコンセプトをバックボーンとして構築してきたスタンダードの上に成り立っていることは明白です。

その前提で、オーストラリア代表にパスで崩す攻撃スタイルを植え付けた実績を持つポステコグルー監督は信念を貫いて、F・マリノスにも”アタッキング・フットボール”を植え付けてきました。昨年はコンセプトを浸透させることに主眼が置かれ、見た目には斬新でしたが、相手に分析されやすく、簡単に裏を狙われて失点するシーンも多く見られました。

今シーズンは築き上げてきた戦術のクオリティに新戦力のパワーが加わり、さらに完成度が高まった後半戦は高い得点力を維持しながら失点もしにくい安定したチームに進化してきています。そのベースとなっているのが自分たちのスタイルを継続するビジョンと意志です。そう言ってしまうと、どんな時も全く変わらないように思われるかもしれませんが、実際は違います。

同じコンセプトの中で攻める場所、作って使うスペース、選手の距離感、立ち位置などを変えることで、対戦相手のディフェンスにハメられないようにしている。”変わらない中で変えられる”と言うことです。

象徴的なシーンが松本山雅戦でありました。この試合、F・マリノスは開始2分に仲川輝人のスーパーゴールで先制点をあげます。それに関しては「横浜F・マリノス仲川輝人の松本山雅戦でのゴラッソはなぜ生まれたのか。プロセスとメカニズムを解説。」で解説しています。

幸先よくリードしたF・マリノスですが、試合の序盤から松本山雅に対してパスワークで圧倒できていたわけではなく、むしろ相手のディフェンスが組織的に機能して、F・マリノスのパスが引っかかったり、ルーズボールをなんとか回収して組み立て直すシーンも目立ちました。前半22分にGKの朴一圭がディフェンスの裏をカバーして、飛び出してきた田中隼磨に接触したのもそうした時間帯でした。

このプレーをめぐり、朴一圭がピッチで治療する間に何人かの選手が、なぜカードが出ないのかレフェリーに抗議します。その一方で、そこから離れたところで確認できた2つの出来事がありました。1つはポステコグルー監督がタッチライン際に仲川輝人を呼んで、ポジショニングの指示を与えていたこと。もう1つがボランチの喜田拓也と右サイドバックの松原健による会話です。

試合後、松原に聞いたところ「今日の相手のポジションに対して、僕とキー坊(喜田)がけっこう近すぎると、一人で二枚を見られちゃうんじゃないかと言うのを懸念していて、そこであえて僕とキー坊が距離を取ることによって、相手がどっちにマークを付けるか分からなくなるという考えにさせたかった」と振り返りました。

F・マリノスは組み立ての時にサイドバックの選手がインサイドに絞ることで、右ウィングの選手と斜めの関係を作りながらボランチと近い距離感でパスワークに関わる基本スタイルがありますが、松本山雅は3ー1ー4ー2というシステムで中盤のインサイドに3枚いるため、中央に守備の網を張りやすい構図になっています。

そこで普段通りの距離感を作ろうとすると、例えば左インサイドハーフの杉本太郎が喜田と松原の両方を近い距離でチェックできる状況になり、守備に引っかかりやすくなってしまう。そのため喜田と松原があえて距離感を開くことで杉本が二枚を同時にチェックできなくなり、喜田に行けば松原と仲川に対してサイドが数的不利になり、松原に対応すれば、今度は喜田が空いて、3ー1ー4ー2の1に当たるアンカーの藤田息吹がつり出されて、最も危険なマルコス・ジュニオールが空いてしまうというジレンマに陥れることができます。

この修正の効果もあってか松本は前からプレスに行けなくなり、前半終了までほとんどドン引きになりました。試合後の記者会見で松本山雅の反町康治監督に2点目を取られないための作戦だったのか質問が出ましたが、反町監督の回答から察するに、守備がかみ合わなくなったことで、前に出たくても出られなかったのでしょう。

そうした試合中の調整を選手間でできる理由を松原は「共通のイメージがしっかりできているからこそ、(試合中に)少ない言葉数で共有できて、ポジション修正できていると思います」と語ります。”変わらない中で変えられる”という強み。それが川崎フロンターレ、FC東京という勝手知ったるライバルとの2試合でいかに発揮されるのかが優勝の鍵になりそうです。

スポーツジャーナリスト

タグマのウェブマガジン【サッカーの羅針盤】 https://www.targma.jp/kawaji/ を運営。 『エル・ゴラッソ』の創刊に携わり、現在は日本代表を担当。セガのサッカーゲーム『WCCF』選手カードデータを製作協力。著書は『ジャイアントキリングはキセキじゃない』(東邦出版)『勝負のスイッチ』(白夜書房)、『サッカーの見方が180度変わる データ進化論』(ソル・メディア)『解説者のコトバを知れば サッカーの観かたが解る』(内外出版社)など。プレー分析を軸にワールドサッカーの潮流を見守る。NHK『ミラクルボディー』の「スペイン代表 世界最強の”天才脳”」監修。

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