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J1の舞台で再戦する浦和レッズと松本山雅。歴史的なジャイアントキリングを振り返る。

河治良幸スポーツジャーナリスト

4月4日、J1は1つのビッグゲームを迎える。浦和レッズと松本山雅。日本サッカー史上でも最大級のジャイアントキリングとして記憶される試合を戦った両者が、J1の舞台で再び激突するのだ。

2009年の天皇杯において当時、まだ北信越1部リーグに在籍していた松本山雅がホームのアルウィンで、Jリーグを代表するクラブの1つである浦和レッズに2−0で勝利する大番狂わせを演じた。前者にとっては栄光、後者にとっては屈辱のゲームは今でも語りぐさであり、どちらのサポーターに聞いても忘れられない試合となっている。

“隙を与えず、隙を突く”スタイルを掲げ、初挑戦のJ1で印象的な戦いを見せる松本山雅と、J1の中でもポゼッションを重視する攻撃サッカーを掲げる浦和レッズ。今回の会場は埼玉スタジアム。当時からメンバーは大きく変わったものの、チームはもちろん、両クラブのサポーターにとっても試合、応援ともに負けられない一戦となりそうだ。

多くのサッカーファンに”世紀のジャイアントキリング”として記録され、両クラブのサポーターが忘れることのできない試合はどういう内容だったのか?

『サッカー番狂わせ「完全読本」 ジャイアントキリングはキセキじゃない』(東邦出版)の「第4章 松本山雅FCのジャイアントキリング」では、その歴史的な試合について、松本山雅の監督だった吉澤英生の言葉をまじえながら振り返った。

(第4章 松本山雅FCのジャイアントキリング「屈辱を乗り越えて。地域リーグがJ1を破る」より抜粋)

会場となったアルウィンには緑色のシャツを着た山雅サポーターも数多く集まったが、彼らを超える規模の浦和サポーターが詰めかけ、1万4494人を動員したスタンドの半分以上が赤い色で占められた。

そして浦和という日本を代表する人気クラブを一目見ようと足を運んだ観客も多かった。大 勢の観客を前に「松本山雅というチームを全国に知らしめる場だ」と吉澤監督は選手を送り出した。対する浦和も大挙してアルウィンに乗り込んだサポーターの意をくむごとく、リーグ戦とほぼ変わら ないスタメンで臨んできた。

【松本山雅FC】

GK 原裕晃

DF 坂本史生、山崎透、阿部琢久哉、鐵戸裕史

MF 木村勝太、高沢尚利、中田健太郎、大西康平

FW 小林陽介、柿本倫明

サブ GK石川扶、DF石川航平、寄井憲、金澤慶一、MF今井昌太 、小澤修一、三本菅崇

【浦和レッズ】

GK 山岸範宏

DF 平川忠亮、坪井慶介、山田暢久、細貝萌

MF 鈴木啓太、山田直輝、ポンテ、原口元気

FW 田中達也、エジミウソン

サブ GK加藤順大、DF堀之内聖、濱田水輝、永田拓也、近藤徹志、MF梅崎司

立ち上がりから、浦和が中盤でボールを回しながら主導権を握ろうとしたが、松本山雅はボール保持者を執拗にチェックしパスをつながれても粘り強い守備を続けた。そこからスピードのあるFWの小林陽介が徹底して裏を狙い、エースの柿本がCBの間を突いてゴールを狙う。

前半12分には自陣の 右サイドでボールを奪ったところから、阿部がポーンと蹴ったボールに柿本が反応し、ワンバウンドしたボールの落ち際をボレーで蹴り上げると、浦和GK山岸範宏の頭上を越えてゴールに吸い込まれ た。

「王道のサッカーをされちゃうと、とにかくスピードと雰囲気は本当にきついぞと。今まで経験してない状況は考えられないほどきつい。でも、それを耐えられたら、逆に相手がやばいと。そうなるための立ち上がりは絶対に大事だけど、相手によって自分たちの潜在能力を引き出される時間だと思えと言いました」。

リーグ戦だと松本の選手やサポーターが相手のモチベーションを引き出しているけれど、逆に天皇杯は相手のサポーターも多くテレビで見ている選手ばかりである。

1ゲームだけならメンタルとフィジカルとモチベーションが重なれば、潜在的な能力が引き出され勝てると吉澤監督は見ていた。「相手が先に動いてくれて、攻撃的なカードを切ってきて、坪井じゃない方のサイドから、つまり山田(暢久)の方から行こうと。

ボールを取ったらアクションをかけて。ただ、そこで最初にアクションをかけてポイントを作って行けるなら行く、行けないならしっかり切り替えろ、みたいな感じでした」。守備はシンプルではあるが、狙いは明確だった。大事なのは運動量と集中力、個人ではなく全員で戦い切る意思だ。

「ボールより後ろに10人いる時は思い切ってボールに行こうというだけです」と吉澤は守備のポイントをあげる。「どこで奪うかは決めてもはまらないから、とにかく最初に取れなかったら次、次に取れなかったら3番目、4番目って狙おうと伝えました。

自分の背中にボールがある奴はとにかくプレスバックしろと。それを浦和が嫌がって、最終的には原口やポンテが個人で仕掛けてきてくれた。そうなったら守備は狙いやすい」とはいえ早い時間に先制した場合、力のあるチームの攻撃を長い時間に渡ってしのぐのは容易ではない。

吉澤は「うちが点を取るのは一番やっかいで、本当は点を取るんだったら2点目を取った時間に1点目を取れたらいいなと思っていた」と当時の心境を語ったが、早い時間帯に点を取れたアドバンテージを生かさない手はなかった。

全員守備を続けながら、ボールを取ったら浦和が嫌がる攻撃を仕掛ける。常に相手のディフェンスの裏を突く意識を見せることで、浦和の攻勢を削ることに成功した。

「取ったら攻める、取られたら守るサッカーをすればいい。何かを戦略的に変えるにもあまりに早かったので、プランもなにもそのままのサッカーをやってどこまで持つのか、10分で終わっちゃうのかは自分たち次第。選手たちが『攻めるの? 守るの?』みたいな反応をしていたから『両方やるんだよ』と。ただ、相手の強みを絶対に出させるなと伝えました」

松本山雅の2点目は後半27分、浦和のCK直後だった。クリアボールを浦和の鈴木啓太が拾って原口元気に出したところで小林、鐵戸、今井昌太の3人が襲いかかり、ボールを奪うと鐵戸が数十メートルをドリブル。そこから大外を駆け上がった今井がパスを引き出し、追って来た原口をかわすとさらに突き進んでマイナスのクロスを上げる。

ゴール前をカバーしていたMFの梅崎司がクリアしようとしたボールが坪井慶介の体に当たると、ペナルティスポットのやや手前まで上がっていた阿部が、狙い澄ました低いミドルシュートを浦和ゴールに突き刺した。

1ゴール1アシストという活躍で勝利の立役者となった阿部。相手のCK崩れからのカウンターでSBの阿部が決めるという、いわゆる「なぜお前がそこに?」というゴールだったが、守ったら攻めるというシンプルな意識を徹底していたからこそ起こった現象だった。

「本能ってすごいなと。相手が強いからみたいな感じで策を練るじゃないですか。でも原点はそこじゃないかな」と吉澤は振り返る。2点目が決まった後半のゴール裏はちょうど松本山雅のサポーターが陣取っており、スタンドは熱狂の渦に沸いた。

スポーツジャーナリスト

タグマのウェブマガジン【サッカーの羅針盤】 https://www.targma.jp/kawaji/ を運営。 『エル・ゴラッソ』の創刊に携わり、現在は日本代表を担当。セガのサッカーゲーム『WCCF』選手カードデータを製作協力。著書は『ジャイアントキリングはキセキじゃない』(東邦出版)『勝負のスイッチ』(白夜書房)、『サッカーの見方が180度変わる データ進化論』(ソル・メディア)『解説者のコトバを知れば サッカーの観かたが解る』(内外出版社)など。プレー分析を軸にワールドサッカーの潮流を見守る。NHK『ミラクルボディー』の「スペイン代表 世界最強の”天才脳”」監修。

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