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「あるんやけど、あるからこそ」立正大淞南、伝家の宝刀をオトリに総体初戦を切り抜ける

川端暁彦サッカーライター/編集者
高校総体1回戦で立正大淞南が基本の「クオリティ」を見せ付けた(写真:川端暁彦)

 8月7日、高校総体の男子サッカー競技が開幕し、1回戦が三重県内の各地で一斉に行われた。先のW杯でもポイントとなった「セットプレー」は、今大会も大きな焦点である。DVDまで出し、YouTubeでも大人気の「妙技」で知られる立正大淞南(島根)が初戦で見せたのは、やはりセットプレーからの2得点だった。ただし……。

高校総体1回戦の「クオリティ」

 鋭く弧を描いたボールがゴール前ファーサイドで天高くジャンプした男の額へピタリと合わさり、ゴールネットが揺れる。二度も繰り返されたそのシーンから生まれた2得点をもって、立正大淞南高校は徳島市立高校を2−1で撃破。高校総体(通称インターハイ)の1回戦を見事に突破してみせた。パーフェクトなセットプレーが生んだ勝利だった。

「初戦だからという部分もあったし、お互いに繋ぐ上での『頼みの綱』になる選手がいなくなってしまったこともある。ちょっとクオリティの低い展開になってしまった」

 そう言って試合を振り返ったのは立正大淞南・南健司監督。序盤からボールが両陣営の深い位置まで行ったり来たりするアグレッシブな展開だった。南監督が「クオリティの低い」と形容したのは謙遜の部分もあるだろう。短く繋ぐだけがサッカーでもない。DF山田祐樹が「狙いだった」と語った自慢の高速2トップを盛んにスペースへ走らせ続ける攻めは徳島市立の3バックを追い込んでいたし、実際にチャンスも多く作った。徳島市立もFW岡健太のスピードを活かしながら立正大淞南を脅かすスリリングなゲーム展開である。

 一方で、フィニッシュの精度という意味では、確かにクオリティがなかったかもしれない。チャンスを作りながらゴールは生まれないもどかしい展開となったが、先のロシアW杯でもそうだったように、こうなってくると物を言うのがセットプレーのクオリティ。そしてこの点に関して、立正大淞南ほど高校サッカー界に知られた存在はない。ただし、この試合で見せたのは高名なトリックプレーではなく、至って正統派のセットピースだった。

基本あっての奇襲。逆もまた然り

パーフェクトなCKを立て続けに蹴り込んだ立正大淞南MF大西駿太(写真:川端暁彦)
パーフェクトなCKを立て続けに蹴り込んだ立正大淞南MF大西駿太(写真:川端暁彦)

 51分と62分、いずれも大西駿太の右足から放たれた右CKにファーサイドのCB山田がハイジャンプヘッドで合わせるオーソドックスな形でゴールネットを揺らしてみせた。トリックは特になし。ただし、ないこと自体がトリックでもある。

「(トリックプレーは)あるんやけど、あるからこそ、あれのほうが点は入る」

 指揮官はそう言って笑ったように、観客や記者まで含めて立正大淞南の多彩かつ奇抜なセットプレーのことは知っている。DVDまで出ているし、YouTubeでもお馴染みだ。当然ながら、相手も深く警戒し、「何かをやってくるかもしれない」と身構える。普通に蹴ってきたとしても、「ということは、次こそ何か仕掛けてくるかも」という疑心暗鬼から自由になれない。

 そもそも華麗かつ奇抜なセットプレーを準備していたとしても、その根っこにあるべきは普通に良いボールを蹴れるキックの名手であり、普通に競り勝てるヘディングの名手である。その基本があってこそのトリックプレーの脅威であり、「基本だけでも十分怖い」ことを教えてくれる2得点だった。

「セットプレーのクオリティ」において、その基本の高さを見せ付けた立正大淞南は徳島市立の反撃を1点に抑えて、2-1で快勝。2回戦へと駒を進めることとなった。

サッカーライター/編集者

1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。2002年から育成年代を中心とした取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月をもって野に下り、フリーランスとしての活動を再開。古巣の『エル・ゴラッソ』を始め、『スポーツナビ』『サッカーキング』『サッカークリニック』『Footballista』『サッカー批評』『サッカーマガジン』『ゲキサカ』など各種媒体にライターとして寄稿するほか、フリーの編集者としての活動も行っている。著書『2050年W杯日本代表優勝プラン』(ソルメディア)ほか。

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