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「チーム・ゴリさん」、韓国倒してアジアを制す。U-17日本代表「連覇の裏側」

川端暁彦サッカーライター/編集者
試合前に君が代を斉唱する「チーム・ゴリ」と森山佳郎監督(写真:佐藤博之、AFC)

「チーム・ゴリさん」の勝利だった。

 AFC U17アジアカップは7月2日に決勝戦を実施。日本が韓国に3-0と快勝を収め、見事に大会連覇を飾った。

 印象的だったのは日本の選手たちの動きの良さだろう。最後の試合ということで力を振り絞れたという面もあるが、それ以上に純粋なフィジカルコンディションで相手を上回っているように見えた。

 そもそも試合を前にして23人の選手全員がいつでも出られる状態だったこと自体が簡単なことではない。すべて中2日の6連戦、しかも酷暑のタイを舞台にした大会である。その消耗の大きさは、強く危惧されていた。

 大会前のコンディションは最悪だった。負傷を抱えて合流してきた選手もいれば、全国高校総体県予選の連戦を経て「ちょっと思っていた以上にボロボロだった」(森山監督)という選手までいた。さらに現地入りしてからは慣れない環境下でお腹を壊したり、体調を崩す選手も続出。「下の年代で東南アジアを一度も経験していない影響が出てしまった」(森山監督)のも間違いなかった。

 ただ、「本当にメディカル、フィジカルのスタッフが選手のために尽力してくれた」と指揮官が振り返ったように、また「選手たちがオフ・ザ・ピッチで意識高く行動してくれた」こともあって、確実にコンディションは上向きに。「大会を戦いながら上げていけるかどうかだと思う」と語っていた森山監督が、決勝を前に「かなり手応えがあった。この状態なら勝てると思った」と言えるまでに仕上がった。

「かくれんぼ」と「ハーフローテーション」

酷暑のタイでの連戦。トレーニングでも消耗とどう向き合うかが大きなテーマとなった(著者撮影)
酷暑のタイでの連戦。トレーニングでも消耗とどう向き合うかが大きなテーマとなった(著者撮影)

 村岡誠フィジカルコーチは、JリーグやJFL、フットサルなど様々なカテゴリーでの経験を持つベテラン指導者。酷暑の連戦に際して、その知見もさることながら、トレーニングの雰囲気作りも巧みで、練習のウォーミングアップでは必ずどこかで笑いが漏れるようなメニューを挿入。暑さの中で下がりがちな士気を落とさせない配慮も光った。

 試合翌日のリカバリーメニューについても、「単に散歩させるだけでは選手がつまらない」として、ちょっとしたレクリエーション要素を用意。ホテル全体に隠れたスタッフを選手が協力し合って見付け出す「かくれんぼ大会」や、ホテルの広大な庭に隠された選手の名前入りコップを探し出すイベントなどを開催。退屈な時間を別な形に演出して盛り上げてみせた。

 なお、「かくれんぼ大会」はスタッフ側も「ガチ」で臨み、高橋範夫GKコーチは現地のバス運転手に擬態してバスの荷台に寝転がり、廣山望コーチはAFCのスタッフに紛れ込んで悠然とテーブルに座り、森山佳郎監督は庭の木に登って選手たちを見下ろす形で隠れたという。結果、バスの前を何度も通りかかった選手たちは高橋GKコーチにまるで気付かず、テーブルの前を通りすがる選手も廣山コーチに気付けず、木の上にいた森山監督はもちろん発見されることはなく、スタッフ側の圧勝に終わった。

 また、指揮官の巧みな起用法も見逃せない。「半分博打だけれど、もう半分は自信もあった」というハーフローテーションのような仕組みを採用。1試合ごとに基本的にフィールダーを5名ずつローテーションで先発を入れ替えて起用。インドとのグループステージ第3戦だけは7人を入れ替え、さらにハーフタイムで主力を下げたことでチームは混乱に陥って大量失点となってしまったが、これも想定内。「あの後半の内容は選手の責任ではない。ただ、こういう起用をしておかないと、この連戦は勝ち抜けない」という指揮官の経験から来る決断があった。

 ただ、いたずらにコロコロと選手を代えるだけでは逆に勝ち切れない部分もある。精神的支柱であり、リーダーのDF小杉啓太(湘南ベルマーレU-18)だけは、そのタフさも買って全試合で先発出場。体力を温存する部分と目の前の試合に勝ち切る点のバランスも取りながら、チームを導いていった。

「完璧な仕事をしてくれた」(森山監督)

選手・スタッフ一丸となっての戦いだった(写真:佐藤博之)
選手・スタッフ一丸となっての戦いだった(写真:佐藤博之)

 そしてもう一つ、大きなポイントになったのは後方支援部隊の活躍だろう。森山監督は「総務・主務のスタッフが完璧な仕事をしてチームを支えてくれたのは大きかった」と振り返ったように、慣れない東南アジアの地での連戦に際し、後方支援に当たるスタッフも各所で奔走した。

「練習時間の変更をAFCに申し入れて承認されていたのに、練習場には伝わっていなかったので慌てて電話した」といったトラブルの芽を事前に察知して解決するなど、「本当にいろいろな罠が眠っている」(チームスタッフの才田紘之氏)大会を戦い抜いた。

 またチーム外から助力を仰がれ、「日本の後方支援部長」を勝手に自認したというバンコク在住のサッカーマン・小倉敦生氏も奮戦。毎試合ごとにおにぎりとバナナを届け続け、さらに毎食の同じホテル飯に疲弊した選手のために牛丼と牛タンカレーのパウチケータリングを届けたほか、オーストラリア戦翌日のオフ日には、食べ放題の焼き肉屋をアテンド。英気を養うための材料を提供し続け、森山監督からも「本当にありがたかった」と最大限の感謝を受け取った。

「普通はこういう暑さの大会で試合を重ねると、どんどん体重が落ちていくものだが、決勝を前にむしろ増えている選手も多くいたのは、こうして支援してくれた方や尽力したスタッフたちのおかげ」(森山監督)

「いっこく堂のようだった」(森山監督)

優勝カップを前に小ボケをかます森山佳郎監督と総ツッコミを入れる選手たち(写真:AFC)
優勝カップを前に小ボケをかます森山佳郎監督と総ツッコミを入れる選手たち(写真:AFC)

「うちのコーチングスタッフ、テクニカルスタッフは本当に優秀なので、練習でも試合でもたくさんのことを僕に教えてくれる。自分はいっこく堂さんの腹話術人形のように、それをそのまま選手たちに伝えるだけで良かった。監督は何もしていないでいいので、随分と楽ができました」

 そう言って豪快に笑ったゴリさんこと森山監督。過去2度にわたってこの大会を戦い、それぞれ4強と優勝という結果を出している練達の指揮官だが、常にスタッフの異見を歓迎し、それを採用し続けていく様子は印象的だった。

「失敗したら自分の責任なだけ」と割り切りつつ、うまくいったら「あいつが本当によくやってくれたんですよ」とスタッフを持ち上げる。「至らない監督なのでみんなが助けてくれるんです」と笑うが、「助けたい」と思える指揮官だったからこそだろう。

 団長としてチームを見守っていたクールな反町康治技術委員長も「ゴリ(森山監督)は本当にオープンなタイプなので、俺は監督には何も言わないようにしているのに、『どんどん言ってください』というスタンスでグイグイ来るから、ついつい言っちゃうんだよね」と笑っていたのも、印象的だった。

 情熱と愛情あふれる指揮官の下、選手・スタッフたちは力を合わせて奮闘。「全員の力で勝つ」を合言葉に戦った「チーム・ゴリさん」の力は、確かなものがあった。

サッカーライター/編集者

1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。2002年から育成年代を中心とした取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月をもって野に下り、フリーランスとしての活動を再開。古巣の『エル・ゴラッソ』を始め、『スポーツナビ』『サッカーキング』『サッカークリニック』『Footballista』『サッカー批評』『サッカーマガジン』『ゲキサカ』など各種媒体にライターとして寄稿するほか、フリーの編集者としての活動も行っている。著書『2050年W杯日本代表優勝プラン』(ソルメディア)ほか。

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