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退場から一日、西尾隆矢が語る決意と感謝。仲間のために、そして一人のサッカー選手として。

川端暁彦サッカーライター/編集者
大事な初戦の前半17分、DF西尾隆矢は極めて早い時間で退場処分を受けてしまった(写真:REX/アフロ)

パリ五輪への初戦での退場劇

 AFC U23アジアカップ(パリ五輪アジア最終予選)。日本にとっての初戦となる16日の中国戦、日本のDF西尾隆矢(セレッソ大阪)は前半の17分という早い時間に退場処分を受けた。VARの介入で相手選手に肘を入れてしまった行為が明らかになったためで、チームは長い残り時間で10人の戦いを強いられることになった。


 最終的に辛くも1−0で勝利したものの、この退場がチームを窮地に陥れたのは確かだろう。試合後、西尾はチームメイト全員に謝罪の言葉を伝えた。


 チームメイトの反応は「みんな本当に温かかった」(西尾)という。

 ユース年代から年代別日本代表で僚友として苦楽を共にしているMF山本理仁(シントトロイデン)は神妙な様子の西尾を笑い飛ばしたと言う。

「最初に僕のところにきて謝ってきたんですけど、全然もう『しゃーない、しゃーない』って感じでしかないですよね。結構、重い感じで謝ってきたんですけど、全然もう『わーっ』て感じにしました」

 GK小久保玲央ブライアン(ベンフィカ)も「みんなでイジっただけ」と笑って振り返り、山本は「全然チームとしては引きずっていないし、たまたま(西尾)隆矢だっただけ。他の選手にもあり得ることだと思うので」と前を向く。

 退場していく西尾にいち早くベンチから声を掛けにいったMF川﨑颯太(京都サンガ)はこう語る。

「僕も退場したことはあるから、本当に孤独を感じるものだし、『チームに申し訳ない』と思うもの。でもそれは思わないでほしいし、何試合出場停止になるかわからないけど、チームの一員だし、本当に僕たちは彼の力を信用しているし、彼もこのメンバーの一員としての気持ちを最後まで忘れないでほしかった。だから声をかけなきゃなってパッと動いた」

 こういう変事でこそ、「チーム」は問われるもの。外野からの見え方と、「西尾隆矢がどういう奴か」を分かった上で一緒に戦っている彼らの感じ方の間には良い意味でギャップがある。西尾はそんな仲間たちの態度について「本当に感謝しかない」と振り返った。

中国戦翌日、トレーニングに励む西尾(写真提供:池田タツ)
中国戦翌日、トレーニングに励む西尾(写真提供:池田タツ)

この借りを必ず返すために

「自分自身、本当に情けない行動をしてしまったと思っています。本当に反省してチームの勝利のために、イチからサポートに回って、できることをしていきたいです」

 西尾はそう語り、実際に試合翌日のトレーニングでは精力的にプレー。「自分が(暗い)雰囲気を持ち込んではダメだと思っていた」と前向きに練習へ励む姿を見せていた。


 退場したシーンそのものについては「もう何を言っても言い訳になってしまうのですけど、本当にまずは相手選手にケガがなくて良かった」とコメント。主審にほとんど抗議しなかったことについてはこう語った。

「(肘が)当たってしまったのは映像を僕も見ましたし、『当たってるな』というのはわかっていました。それに関しては抗議とか怒ったりではないですよね。あの瞬間は本当にチームに迷惑をかけてしまったという気持ちと申し訳ないという気持ちでいっぱいでした。でも、仲間たちがしっかり勝ってくれて、本当に温かく迎えてくれて、自分は恵まれているんだなということも改めて感じることができました」

 出場停止が何試合になるかは未確定だが、複数試合になることはほぼ確実。その間は裏方に徹してトレーニングに貢献することをまず目指すことになる。

 山本はこう語る。

「次に(西尾)隆矢が戦える舞台を用意するために僕らは勝ち続けないといけないし、隆矢が戻ってきたときには、彼がチームを助けてくれると思っている」

 そして、そんな仲間の言葉を伝え聞いた西尾はこう決意を語った。

「本当に信頼を踏みにじるような形になってしまいましたし、いつチャンスをもらえるかはわからないですけど、またもらえたときにはしっかり良いパフォーマンスを出せるように良い準備をしていかないといけない。それがもうプロである以上、自分がサッカー選手である以上、本当にマストなことだと思っています」

 退場劇は西尾個人の失態ではあった。ただ、こうした出来事もまた「チーム」の絆を強くしていくし、個人を成長させていくものだ。パリ五輪への戦いは、まだ始まったばかりである。

(写真提供:池田タツ)
(写真提供:池田タツ)

サッカーライター/編集者

1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。2002年から育成年代を中心とした取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月をもって野に下り、フリーランスとしての活動を再開。古巣の『エル・ゴラッソ』を始め、『スポーツナビ』『サッカーキング』『サッカークリニック』『Footballista』『サッカー批評』『サッカーマガジン』『ゲキサカ』など各種媒体にライターとして寄稿するほか、フリーの編集者としての活動も行っている。著書『2050年W杯日本代表優勝プラン』(ソルメディア)ほか。

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