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暴力、貧困から抜け出すために始めた格闘技で切り開いた人生 高橋知哉が仲間たちにもたらした道しるべ

加藤慶記者/フォトグラファー
WYBCヘビー級チャンピオンの高橋知哉  筆者撮影

プロボクシング団体「WYBC」の世界ヘビー級王者高橋知哉が9月4日、総合格闘技団体「SPIRIT」(京都・亀岡市)で総合デビューをする。大会を提唱した、伝説的な格闘家エンセン井上とともに新団体を立ち上げたその狙いと今後の展望を聞いた。

記者会見当日、今里にて撮影  筆者撮影
記者会見当日、今里にて撮影  筆者撮影

山根明を冠にしたボクシング団体「WYBC」から総合格闘技の世界へ

プロボクサー、高橋知哉(34)。彼の名が世間に知れ渡ったのは、男・山根こと山根明会長(83)を冠にしたボクシング団体「WYBC」を立ち上げたところから始まる。

「一流の選手よりも埋もれている選手を取り上げたい。そんな選手を日の当たる場所に出してあげたい」

こう話した山根独特の温かな視線がフリーのボクサーへの注目に繋がっていく。高橋もその一人だった。

「プロにはなれない」

脳の検査でJBCから「NO」と審判が降って以降、高橋はタイに活躍の場を求めていた。ムエタイの発祥地であり、ボクシングも人気スポーツのタイでは格闘技も多種多様である。プロボクシングのメジャー団体「WBA」や「WBC」だけでなく、「WSCS」という4m四方のリングで戦うプロボクシングもある。2015年12月20日に高橋は世界ヘビー級タイトルに初挑戦。判定勝ちの末、「WSCS」のチャンピオンベルトを獲得する。

「注目されないだけで、日本には日本のプロ基準に満たないボクサーが沢山いる。僕の場合は、若い頃に金属バットで殴られた脳への障害。それでプロへの道が閉ざされた。有名な方だと辰吉丈一郎さんもそうです。引退選手扱いなので日本では試合が組めない。だから海外に活躍の場を移したんです」

それがなぜ、総合格闘技への転身に至ったのか。高橋はこう続ける。

「日本中が注目する選手と試合が決まってたんですが、直前で逃げられたんです。それで新しい事にも挑戦したくなった。たまたまエンセン井上さん(55)と話す機会があってお互いにタッグを組めば面白い興行ができるのではとなった。それで僕自身が総合格闘技にも挑戦してみようと。ボクシングは辞めた訳ではないですよ」

大阪のミナミにあるバー『ZERO』  筆者撮影
大阪のミナミにあるバー『ZERO』  筆者撮影

エンセン井上とタッグを組んで新団体「SPIRIT」を設立

リラックスできるのであろう。京都時代の後輩、夏希さんがオーナーを務めるミナミのバー『ZERO』でグラスを傾けながら、時に高橋は熱っぽく語る。とはいえ、高橋は下戸。大阪に立ち寄ると気心知れた後輩を連れて「元気にしてるか?」とこの店を覗くのだ。

「これから始めるので大きな顔は出来ませんけど、やる以上は『RIZIN』に出たい。総合に行くからには、そこまでやらんとアカンと思ってます。総合格闘技を見渡すと、ネームバリューがある奴はみんな『RIZIN』におるんで強い奴を片っ端からしばき倒すつもりです」

9月4日の総合格闘技イベント『SPIRIT』ではヘビー級タイトルマッチで出場する。イングランドベアナックルファイトの元チャンピオン、フランシス・ジョゼ・メシアというペルー人選手が対戦相手だ。ボクシングオンリーの高橋にとって、格闘技の経験は中学時代まで遡るそうだ。

「実はエンセンさんの事は中学の頃から知っているんです。地元のあるヤバイ先輩が主催していた地下喧嘩で出会いました。中学2年の時、デビュー戦で大人の空手家と戦って最初は一方的にボコボコにされたんです。でも、殴られているうちにハッと気づいた。間合いを詰めて懐に入ると殴られない。距離感が大事で詰めると相手も手が出なくなると。で、最終的にタックルをかまして馬乗りになって失神させた。そこに偶然、エンセンさんが観にきてくれてて、それが初対面でした」

オープンして1年と半年  筆者撮影
オープンして1年と半年  筆者撮影

苦労した幼少時代と仲間たち

自身の生い立ちを様々な媒体やYouTubeで語っているように、高橋は暴力と貧困と隣り合わせの生活環境で育った。ある日突然、親が蒸発し、取り残されて途方に暮れる友人も普通にいた。

「喧嘩が好きだっただけで、悪さをしてた訳ではありません。いじめっ子を喧嘩で倒したらイジメがなくなって、良く言えば正義の鉄拳というか、自分の中では友達を助けている感覚の方が強かった。でも、心の中ではどんどん喧嘩の魅力に取り憑かれて、中学に入ると喧嘩する頻度が増えて、それで周りが離れていくのが分かった。引いているんです。付き合いする先輩も変わっていき、それで喧嘩の能力を悪い方に使っていた自分に気づいた。歯止めになったのは、やはり親ですね。迷惑をかけたらアカンと色んな人に教わって、中3には更生というか、真っ当に生きようと思いましたね」

人気のJJは800円  筆者撮影
人気のJJは800円  筆者撮影

京都でチーム「BONECRASH」を立ち上げた理由

大阪の夜の世界では、「JJ」というお酒が流行して随分経つ。茉莉花というジャスミン焼酎をジャスミンティーで割ったお酒。両方の頭文字を取って「JJ」と呼ぶ。

「夏希は元ホストで地元でもかなりやんちゃしてたけど、今はこうしてミナミで経営者になって立派にやってますからね。尊敬しますよ。道を外れてしまう子も、ホンマ多いんです。格闘技団体のチーム「BONECRASH」を結成したのは、そんな理由から。アカン先輩の背中を見てると、それが当たり前と思うてしまう。環境的に、そんな先輩が多い地域だと非常識が常識となって、常識が非常識になる。社会出ても疎外感があるし、周りから悪人扱いをされるんですよ。そんな子を救う場所が必要やと思っていたからチームにした。イライラしても『喧嘩はするな』と教えています。格闘技をしたらええんです」

高橋が眺めるその先に何があるのか。京都の仲間のためにも、高橋は走り続けなければならない。

素右衛門町から歩いて数分の場所にある  筆者撮影
素右衛門町から歩いて数分の場所にある  筆者撮影

公式チャンネル

高橋知哉

1987年11月30日生まれ。京都市北区出身。

「WYBC」の世界ヘビー級王者

バー『ZERO』

大阪市中央区東心斎橋2-6-22

パラダイスビル2F

チャージ1000円

記者/フォトグラファー

愛知県出身の大阪在住。1998年から月刊誌や週刊誌などに執筆、撮影。事件からスポーツ、政治からグルメまで取材する。2002年から編集プロダクション「スタジオKEIF」を主宰。著書に「プロ野球戦力外通告を受けた男たちの涙」などがある。

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