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「成めしルポ」 西成暴動から中国人実業家たちの土地爆買いまで見続けた『親子寿し』の本音

加藤慶記者/フォトグラファー
戦後から親子3代続く、老舗立ち食い寿司『親子寿し』  筆者撮影

今の時代、これほど目まぐるしく変貌を遂げる街も珍しい。昭和の香りが残る、日本最後の前世界とも言える場所。それが西成である。暴動が幾度も起こった、殺伐とした空気感はない。今は観光客でごった返す町。人が西成を訪れる最大の目的は西成めしこと「成めし」だ。

16:30にオープン、わずか30分後には満席に  筆者撮影
16:30にオープン、わずか30分後には満席に  筆者撮影

YouTuberが成めしを動画にすると再生数アップ

創業して、おおよそ70年。阪堺新今宮駅近く、尼崎平野線沿いにある『親子寿し』は、親子3代に渡って西成の変貌を間近で見続けてきた、数少ない生き証人である。

「うちのように親子代々古くからお店をしてるとこ、この周りではもう3軒だけやなあ。映像、観はった? うちのすぐ目の前ですよ、暴動が起こった太子交差点。たくさんの自転車が燃やされたの、ここです」

こう話すのは太田新子さん(78)。3代目の店主、恵さん(51)の実母で、同店は親子で切り盛りする。

この数年、関西のグルメ系YouTuberの再生されるコンテンツが「成めし」だ。アングラの雰囲気とメシが安くて美味い。こんな動画が評判を呼び、GW中も全国各地から成めし目当ての客でごった返した。この地ではかつて想像できない光景が、いま広がっている。

「コロナ前やと、英語のメニューも置いてないのに1日1組は外国人の観光客が来はったね。昔は全員が労働者。それが約10年前から外国人客が増えて、今は普通のサラリーマンの人がふらっと西成まで来てくれるんやからエライ変わりようですわ」(店主)

新規店のオープンも相次ぐ。実をいえば、西成は元来から昼飲み、というより朝飲み文化の町。コロナ禍でも西成はずっと混雑していた。

この交差点が西成暴動で最も被害が大きかった場所 筆者撮影
この交差点が西成暴動で最も被害が大きかった場所 筆者撮影

夜になると凶暴化 暴動が収まるまで明かりを遮った

自由労働者の人数が減った、今の西成の静けさを見ると90年初頭まで散発的に暴動が起こっていたとは肌で感じにくい。

「毎年のように(暴動が)起こってたからなあ。90年が特に酷かったね。(店舗)テントにいつ引火されるか、分からへんかった」(新子さん)

暴動の発端となったのは西成警察署の捜査員が暴力団から賄賂を受け取ったとする、共同通信のスクープ報道。このニュースを受けて労働者たちの日頃の不満が爆発したとされる。

「西成署前に人が集まり始めたから警察が国道26号線を封鎖した。今はもう閉店したけど、今宮工業高校の前にあったコンビニが真っ先に群衆に襲われた。物をみんな盗られたと聞いて、どんどん暴徒化していくのが分かった。それでうちの店もシャッターを閉めて、2階の明かりが外に漏れないように遮断した。警察や消防に電話してもまったく繋がらへん。息を潜めて過ごした」

テレビ中継が始まると、それを見た「野次馬らが暴徒に加わった」と店主は回想する。

「近隣の商店にも放火をし始めた。人がいる、営業していると分かると火を付けた。機動隊と対峙していたのが目の前ですからね。若いながらもあの暴動で身の危険を初めて感じました」

阪堺線の南霞町停留場(現在の新今宮駅)が全焼。この近くの飲食店も何軒も火を放たれ、店が半焼した家主らは西成から転居したそうだ。この暴動は約6日間に及んだ。

「昼間は顔がバレるからそんなに暴れない。顔が見にくい夜になると暴れ回ってね。ただね、3日間もすると労働者は飽き性やから静かになった。火事場泥棒みたいな人らが集まって、それで暴動が長引いた」(新子さん)

これぞ「成めし」らしい、安さと美味さ   筆者撮影
これぞ「成めし」らしい、安さと美味さ   筆者撮影

年末になると財布にぎっしりと札束が詰まった労働者らが集まった

『親子寿し』は創業時から、この立ち食いスタイル。角が丸まった皿のネタが1枚220円、角張った皿は320円。鮪、いか、鰻から始めて、のちに貝柱とエビも追加で注文。ネタは新鮮で美味。気軽に食せるファストフード感覚のお寿司だ。

「今だと信じられない話でしょうけど、第五福竜丸がビキニ環礁の水爆実験で被曝して大問題になったでしょ? あの船で採れた鮪、実は西成に流れて激安で販売された。誰も気にせんと、安いからええわみたいな。西成は昔、サバが一番人気やったのが、それ以降は鮪が一番人気になったと聞いた」(新子さん)

以前の西成は血気盛んな労働者が多い町だった。盆と正月は飯場から労働者が西成に帰郷して毎晩大豪遊する。

「財布に札束がぎっしり。阪神大震災の数年後までかな。普通のサラリーマンより、皆さん持ってはりました。年末や盆になるとずっと満員。梯子酒を皆さんしはるからね。入れ替わり立ち替わり、休憩なしで握ってました。でもね、酒を飲んでさらに気が大きくなるでしょ。お客同士が些細な事が原因ですぐに喧嘩になるんですわ。毎日ですよ。その度に110番」(店主)

年末になると西成署も警察官を増員して、JR新今宮駅前の空き地に機動隊のバスを何台も駐車させた。喧嘩が小さなうちに芽を摘んでしまう。機動隊のバスが見られなくなったのは、つい10年程前からだ。さらにこんなエピソードもあったそうだ。

「毎晩来てくれてた常連さんで、わざわざ毎回お土産を持ってきた。それがコンビニで買ったオヤツだと言って…」

指名手配犯が西成で潜伏して、実際に何人も犯人が逮捕されている。『親子寿し』に訪れていた常連は、なんと有名なコンビニ強盗犯。逮捕された後、その事実を知ったのだという。

鮪がぎっちり詰まった鉄火巻き  筆者撮影
鮪がぎっちり詰まった鉄火巻き  筆者撮影

中国人実業家らが市場価格の3倍の値で西成の土地を買い漁る

酒のアテに鉄火巻きを。オープンして1時間。いつしか店は満席で全員が1人客。知らないお隣さんと会話をして、新たな成めしの情報を得て2軒目の参考にする。週末になると郊外からも訪れる、そんな客が増えているーー。

日本の経済と比例するように自由労働者への環境は著しく変化している。2000年以降、建設業界でコンプライアンス意識が高まると、それが障壁となって自由労働者の仕事が激減した。生活保護や年金といった福祉に頼る町に西成は様変わりした。

高齢化の波、シャッター通り。今の日本に押し寄せるネガティブなキーワード。ここに目をつけたのが中国人実業家たちだった。不動産業者は格安の物件を手当たり次第買収し、シャッター街の賃料が安いテナントに中国人経営のカラオケ居酒屋が次々とオープンした。現在、200軒を超えてさらに勢いづく。

「この店を売ってくれとの問い合わせがしょっちゅう。その全てが、中国人経営者の不動産屋。葉書が届いて電話も頻繁に掛かってくる。日本の不動産屋が提示する3倍近い価格です。西成でこんな価格見せられたら太刀打ち出来へんよ」(新子さん)

物件を高額で買収すれば賃料もそれに伴って値上げする。中国人所有の物件になると、次の借り手は決まって中国人かベトナム人。高すぎて二の足を踏むのが日本人だという。

大ぶりな海老とホタテ 冬は牡蠣が名物   筆者撮影
大ぶりな海老とホタテ 冬は牡蠣が名物   筆者撮影

観光客向けに特化した街づくりが進行する

「昔から治安なんか見てると、自分らが大人になって家庭を持って住もうとなかなか思わないですね。だからみんな出て行ってしまった。地元の小学校は今、全校生徒で20人ぐらい。僕らがおった時は1学年で2クラスやった。店は継いでますけど、住んでるのは僕もちゃうところですからね。ここらのホテルのオーナーさんとかでも、ここには住んではらへんからね」(店主)

JR新今宮駅前に星野リゾートの大型ホテルが4月22日に開業したように、コロナ禍が明けると西成もインバウンド需要がさらに高まると見られている。これまで以上に成めしが注目されるのは間違いない。歴史は確実に動いている。

店主の太田恵さんと、母の新子さん 筆者撮影
店主の太田恵さんと、母の新子さん 筆者撮影

『親子寿し』

住所 大阪市西成区萩之茶屋1-1-8

営業 16:30〜23:30

定休 日曜・祝日

記者/フォトグラファー

愛知県出身の大阪在住。1998年から月刊誌や週刊誌などに執筆、撮影。事件からスポーツ、政治からグルメまで取材する。2002年から編集プロダクション「スタジオKEIF」を主宰。著書に「プロ野球戦力外通告を受けた男たちの涙」などがある。

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