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舌も6カ月ごとにチェックする米国の歯科医  もっと必要なデンタル・オンコロジー

片瀬ケイ在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー
米国では半年に1度、お口の中をくまなく点検が基本(写真:アフロ)

まれな舌がん、生活習慣に関連も

 タレントの掘ちえみさんが、舌がんの診断を受けた。舌がんを含む口腔がんそのものは、日本では希少がんに位置付けられ、米国でもまれながんとされる。それでも口の中での発生個所としては、舌にできる場合が一番多いという。米国がん協会によれば、2019年には53,000人が口腔・咽頭がんの診断を受けるという推計だ。

 一般的にタバコやアルコールが口腔がんのリスク要因で、以前は60歳以上の男性に発症することがほとんどだった。またインドやパキスタン、タイ、台湾などのアジア諸国では、噛みタバコの利用者が多いため、口腔がんが発生する率が非常に高く、頬っぺたの内側などに腫瘍ができる事例が多いという。

 一方で、米国ではそうした従来のリスク要因がないのに、比較的若年で口腔がんを発症する人が増える傾向にある。最近の研究では、HPVウィルス16型、18型が関連することが示されている。また若い男性に人気の煙のでない加熱式タバコでも、口腔がんのリスクが高まるという。

歯科の定期検査でお口のチェック

 米国では一般的に6カ月ごとに歯医者に定期チェックと歯のクリーニングに行く。20年以上前、私が日本にいた頃は、歯医者は虫歯になったら行くところだった。米国に来た当初は、歯が痛くないのに、6カ月ごとに歯医者通いなんて金儲け主義?疑ってかかるような見方をしていた。

 歯科医での定期チェックでは血圧を測り、病歴や服用している薬などを確認し、歯科衛生士に歯石除去などのクリーニングをしてもらう。その後、歯科医が登場し、歯と歯茎はもちろんのこと、噛み合わせからあごの動き、口の中に変った点はないかを、くまなく点検する。舌もつまんで裏側まで見る。

 首のあたりもリンパが腫れていないか触れてチェックする。患者が喫煙者だと、喫煙は歯周病悪化の要因でもあるので、禁煙を強く勧めてくる。

 舌がんを含む口腔がんは、初期では痛みも出血もないが、口の中の粘膜に白板症(前癌病変)や、赤くただれた病変、しこりなどの異常があれば、こうした歯科医の定期チェックで見つかる可能性が高い。ただしこうした異常も、すべてが口腔がんではなく、良性の場合も多い。

早期発見が難しいわけ

 口腔がんは、目に見える病変なので、早期発見の機会がある。しかし、テキサス大学MDアンダーソンがんセンターで頭頚部がん外科の教授を務めるAnn Gillenwater医師によれば、現実には、米国でもほとんどの口腔がんは、進行した状態で診断を受けるという。

 歯科医が口腔がんを発見できる最前線にいるものの、一般の歯科医ががん治療をするわけではない。食べ物や歯周病などで口腔内粘膜が傷ついたり、炎症を起こしたりすることは、しばしば起こる。こうした炎症はあまり心配はいらず、短期間で治ってしまう。

 これに対して口腔がんの例は少なく、症例を実際に見た経験のない歯科医が多いので、ちょっとした病変に気づいても、自信をもって診断するところまでいかない現状があるようだ。

 また小さな病変を指摘されても、患者はその後、どうしたらいいのか。口腔がんの専門医に見てもらうほどではないだろうと様子見を続けてしまうこともある。

 さらに米国では歯科保険に加入していない人が多く、保険に加入していても、こうした定期チェックとクリーニングで、個人負担が1回につき120ドル(約1万3000円)くらいかかる。口内炎はよくあることなので、わざわざ歯医者に行かない人もいる。

がん治療と歯科の深い関係

 しかしがん患者、がんサバイバーの立場からは、がん治療に関して歯科医に頼りたい場面は沢山ある。口腔がんの発見もそうだが、歯の治療は、がん治療を始める前に完了しておかなければならない。

 抗がん剤治療中は白血球が減って免疫が落ち、感染しやすくなる時期がある。長丁場の抗がん剤治療中に、歯茎が腫れて膿がたまるような膿腫になったら、速やかに痛みや感染拡大を止めてほしい。

 口の中の粘膜炎も、多くの患者が悩まされる抗がん剤治療の副作用の一つ。また治療中は味覚が変になり、食欲が落ちてしまうこともある。首に放射線治療を受けた知り合いは、唾液がでにくくなって、口が乾いてつらいと言っていた。がん治療では、できるだけ食べて体力を落とさないことが大切なので、口の中の問題は、重大事である。

 がんの治療が終わっても、治療の後遺症がある程度残る場合もある。顎部に放射線治療や化学療法を受けた子供の場合は、その後の歯や顎の発達をよくモニターする必要がある。抗がん剤で歯茎がやせる場合も多く、入れ歯を使っている人は、治療後の入れ歯の調整も大切だ。

 口の専門家として、がん治療の副作用を少しでも緩和できるよう、歯科医ががん治療中の患者を積極的にサポートしてくれたら、本当に心強いと思う。

がんサポートができる歯医者さん

 米国の歯科クリニックはどこも非常に親切だ。それでも私が治療を受けていた時は、サポートどころか、歯科医や歯科衛生士がどんな反応を示すか心配で、「私、がんの治療中なんです」と、口に出すのさえ勇気がいった思い出がある。

 歯科医も歯科衛生士も、「力になれることがあったら、何でも言って」と優しい言葉をかけてくれたが、その当時は、何を頼んでよいかもわからなかった。

 私の治療が終わって数年後に、筆者の地元でデンタル・オンコロジーを専門とする歯科医に出会った。私ががんサバイバーであることを告げると、どんな治療薬を使ったのか、金属っぽい味覚変化や口内炎に悩まされなかったか、歯磨きに問題はなかったかと尋ねてくれた。

 歯磨きの刺激で吐き気が出る場合もあるが、逆に吐き気の副作用に悩まされている時こそ、口の中を清潔に保つ必要があるので、適切な歯磨き方法に悩む人も少なくない。

 抗がん剤治療の経験者にとっては一般的な内容なのだが、この歯科医の具体的な問いかけに、「この人は、私の経験を理解してくれている!一から説明しなくていいんだ」と、とても感動した。

 この歯科医は一般歯科診療のほか、がん患者に対しては、口腔がんチェックと治療後の歯科的修復、がん治療に入る前の口腔内チェックと必要な歯科的対応、治療中の口内炎、口の渇き、味覚変化への対処、患者のオンコロジー・チームとの定期的なコミュニケーションなどのがん治療のサポートもしているのだという。

もっと必要なデンタル・オンコロジー

 米国ではテキサス大学MDアンダーソンがんセンターハーバード大学歯科医学校メモリアル・スローン・ケタリングがんセンターの外科部門などで、歯科医を対象としたデンタル(オーラル)・オンコロジー研修医プログラムを設置してる。

 デンタル・オンコロジーを専門にする歯科医の数は少なく、ほとんどはがんセンターにいるのだと思う。しかし一般地域にも、口腔がんの発見や、がん治療サポート、がん治療医との連携に積極的に取り組んでくれる歯科医がもっと増えてほしいと切に願う。

 いまや、がん治療=入院ではなくて、治療中もふつうの生活を続け、治療後もサバイバーとしての人生が続いていく。がん患者やサバイバーの身近にいる地域の歯医者さんにこそ、こうしたがんサポートを期待したい。

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参考資料 リンク

日本歯科医師会 動画:口腔がん発見のために

米臨床腫瘍学会 HPVワクチン接種により口腔HPV感染が減少

英語リンク 口腔がん財団の口腔がんファクトシート

在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー

 東京生まれ。日本での記者職を経て、1995年より米国在住。米国の政治社会、医療事情などを日本のメディアに寄稿している。2008年、43歳で卵巣がんの診断を受け、米国での手術、化学療法を経てがんサバイバーに。のちの遺伝子検査で、大腸がんや婦人科がん等の発症リスクが高くなるリンチ症候群であることが判明。翻訳書に『ファック・キャンサー』(筑摩書房)、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『夫婦別姓』(ちくま新書)、共訳書に『RPMで自閉症を理解する』(エスコアール)がある。なお、私は医療従事者ではありません。病気の診断、治療については必ず医師にご相談下さい。

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