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「科学的根拠」、「トランスジェンダー」を禁句にするトランプ政権の「忖度」

片瀬ケイ在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー
ジョージア州アトランタにある疾病対策センター

「科学的根拠」が禁句?

 米国保健福祉省のCDC(疾病対策センター)といえば、国内外の疾病や脅威からアメリカ市民すべての健康を守るべく、幅広く公衆衛生に取り組む機関である。インフルエンザなどの予防接種から、食中毒予防、エボラ出血熱対策まで、全米の医療機関がCDCのガイドラインに従って動いている。

 トランプ政権がそのCDCに対し、「科学的根拠」、「トランスジェンダー」、「エビデンス(証拠)にもとづく」などの言葉を予算要求書の文章で使わないように指導したとワシントンポスト紙が12月15日に報道し、大きな波紋を呼んでいる。「胎児」、「(福祉などを)受ける権利」、「多様性」、「弱者」という言葉も「禁句」に含まれていた。

 その後、保健福祉省の広報担当者は電子メールで、「予算策定過程で、保健福祉省が「禁句」を指導したというのは完全な誤解。保健福祉省は引き続き最新の科学的エビデンスを使いアメリカ市民の健康増進に取り組む。保健福祉省はまた、施策の評価、予算策定にあたっては、エビデンスのデータを元にするよう強く求める」と表明したと、ニューヨークタイムズ紙が伝えた

 同紙の報道によれば、どうやら予算要求が通りやすいよう、連邦議会与党の共和党が嫌がる言葉を避けるという「忖度」がその背景にあったようだ。

科学を信じない米国人

 米国というと最先端医療、エビデンスにもとづく標準治療といったイメージを持つ人が多いかもしれない。しかし実際には、地球温暖化の科学的証拠を信じない人が多数いるのが米国である。保守的な共和党支持者の中には、日本人には想像しがたいほどの強い宗教観や、政府に個人の自由を侵されるのを嫌悪する人々が沢山いるのだ。

 筆者の住むテキサス州も保守的で、いまだに、公立学校でダーウィンの進化論だけを教えるべきか、あるいは聖書に書かれている天地創造が現実に起こったとする創造説も教えるべきかといった議論がある。ちなみに信仰深いペンス副大統領も下院議員時代の2002年に、進化論はあくまで仮説にすぎず、従って仮説という位置づけで教えるべきだという演説を長々と連邦議会で行ったことで知られている。

 多くの共和党支持者、保守派にとって、堕胎、ゲイ、トランスジェンダー、多様性は受け入れ難く、否定の対象である。

 また科学的根拠のもとに実施されてきたワクチン接種の安全性や公衆衛生への効果を疑い、政府がワクチン接種を強要するのは個人の自由に対する侵害だと反対する保守派もいる。実際、子供にワクチン接種をさせない親が年々増えるにつれ、はしかなどの局地的な流行も増えておりCDCは懸念を深めている。

 前述のワシントンポスト紙の報道によれば、「科学的根拠」や「エビデンスにもとづく」といった言葉に代えて、「CDCの推奨事項は、地域ごとの基準や要望を考慮した上で科学的にもとづく」に言い換えるよう指導されたと言う。例えばテキサス州のようにワクチン接種に反対する一部の地元感情が強い場合は、それも考慮していると予算要求書に書けということか。

政治で科学の足をひっぱるな

 言葉を軽く考えてはいけない。科学的な根拠にもとづいて実施しているものを、政治勢力を「忖度」して、明確な根拠もなく「地域ごとの基準や要望など」といったあいまいな言葉を加えれば、やがては言葉が一人歩きして、科学的根拠などなし崩しになってしまう。

 私たちの今の生活や安全は、人々の生活や環境を少しでも改善できたらと、科学者らがこれまで地道に積み重ねてきた研究の上に成り立っている。政治も、人々の生活をよくするためにあると信じたいところだが、少なくともトランプ政権下では逆行することばかりだ。当たり前に享受してきた科学の成果も、私たちが意識的に守っていかなければ、あっけなく後退してしまうものなのかもしれない。

在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー

 東京生まれ。日本での記者職を経て、1995年より米国在住。米国の政治社会、医療事情などを日本のメディアに寄稿している。2008年、43歳で卵巣がんの診断を受け、米国での手術、化学療法を経てがんサバイバーに。のちの遺伝子検査で、大腸がんや婦人科がん等の発症リスクが高くなるリンチ症候群であることが判明。翻訳書に『ファック・キャンサー』(筑摩書房)、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『夫婦別姓』(ちくま新書)、共訳書に『RPMで自閉症を理解する』がある。なお、私は医療従事者ではありません。病気の診断、治療については必ず医師にご相談下さい。

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