気象予報士制度は必要か?「予報士1万人」時代の気象業界を考える(5)

気象庁「推計気象分布(気温)」の例。1km格子。(ウェザーマップ予報資料より)

■ 天気予報は個人向けに売れる「商品」なのか

 独自予報の業務許可制度(気象予報士制度)が始まった当初は、民間気象事業者の予報は「ピンポイント天気予報がなされる」という点が目玉のひとつだった。東京地方や埼玉県南部などのようにある程度の「面」で発表される気象庁の天気予報よりもいっそう詳しく、自分の「頭の上」のピンポイント天気予報を民間事業者が行うことで、市場の拡大を期待した形だ。

気象庁「降水ナウキャスト」の例。目先数時間は予想可能。(気象庁ウェブサイトより)
気象庁「降水ナウキャスト」の例。目先数時間は予想可能。(気象庁ウェブサイトより)

 しかし、個別の雨雲の具体的な動きなどから見通しが立てられる目先の数時間ならともかく、たとえば前日の段階で、東京都千代田区と中央区の翌日の天気予報にどの程度の差をつけられるか、精度の観点からは現代においても疑問を禁じ得ない。この程度の距離で、前日から明らかな差異をつけて予報をできる場面はほとんどないと感じる。

 また、正直、有料でこうしたピンポイント天気予報を購入しなくても、気象庁が発表する無料の天気予報で十分、と思う利用者も少なくないと思う(厳密には無料ではなく、気象庁が天気予報を発表するために私たちの税金が使われているわけではあるが)。気象庁が発表し、無料で利用できる天気予報だけで問題ないのならば、わざわざお金を払って個別に天気予報を日々買おうという人は決して多くないと思う。個人も企業も財布のヒモが固いこの時代、BtoCどころかBtoBの形態ですら、独自予報単品での購入については躊躇されることが多いと思う。天気予報そのものを売るだけでは、気象庁発表の天気予報がある以上、簡単に売れるはずはないのだ。

 少なくとも、広く一般消費者のことを考えると、個人で自分のために天気予報を積極的に「買う」かというと、そのハードルは相当高い。テレビやインターネットで天気予報を見れば済む話で、自分の財布からお金を出してまで独自予報を買うだけの動機・メリットは多くないと考えられる。平時であれば、オーダーメイドの天気予報がなくても生活していけるのである。オーダーメイドの天気予報は、いわば「嗜好品」なのだ。

■ 「オーダーメイド天気予報」は付加する情報・サービスがあればこそ

気象庁「分布予報」の例。20km格子の細かさで発表。(気象庁ウェブサイトより)
気象庁「分布予報」の例。20km格子の細かさで発表。(気象庁ウェブサイトより)

 個人での購入はともかく、企業の活動においては運輸・流通・小売分野など、独自のピンポイント天気予報を利用してビジネスに利用している業種は多い。ただ、こうした業種はすでに民間気象事業者からすでに予報を購入し、コンサルティングなどを受けて利活用していて、これ以上急激に予報の販売先が増えるとはなかなか考えにくい状況だ(価格やサービスに不満があれば、気象会社が変わるだけ)。

 さらに、企業などが実際に予報を購入する場合は、天気予報そのものだけでは購入するだけの動機には必ずしもなりにくいと思う。購入に至る要因としては、提供される気象データが顧客にとって使いやすい形式であることだったり、気象技術者の電話によるコンサルティングが受けられるということであったり、イベントの実施可否の判断を顧客に説明するための材料や責任としてであったりすることが理由で、天気予報に付加されて提供される情報・サービス・意味を必要としての購入であるケースが少なくないと感じる。

 現在のところ、気象庁の天気予報の提供形式・公開方法では、たとえば特定の地点の気象データという形ではまだ容易には使いにくく、顧客のニーズに応える形式(データフォーマットなど)で民間気象事業者が独自のピンポイント天気予報を提供し、各業種で利用している側面も大きいだろう。しかし、後述するように、気象庁では保有する気象データをもっと広く使ってもらおうと積極的に施策を進めており、今後はより簡単に気象庁発表の天気予報をユーザーがカスタマイズして利用することが可能になる方向で急速に進展していくと思う。データ形式の面だけで「独自予報」を販売していくのがだんだん厳しくなっていくであろうことは、容易に想像できる。

2012年、長居公園ではイベント会場の近隣で落雷の犠牲者も。(大阪市で著者撮影)
2012年、長居公園ではイベント会場の近隣で落雷の犠牲者も。(大阪市で著者撮影)

 また、独自予報の購入の動機として、企業の安全対策という面で天気予報を購入し、社会的な責任を果たす必要性ということも挙げられるだろう。気象状況の急変といった災害に対し、たとえば、建築現場で作業員を守るため、イベント会場で来場者を守るため、学校で児童・生徒を守るため、天気予報を購入し、気象技術者から適宜アドバイスを受けて作業やイベントなどの実施可否を判断するという利活用法だ。事故が起こらないようにするために活用するという利用法は当然だが、さらには万が一不幸にして事故が起こってしまった場合においても、気象情報をしっかりとチェックする体制をとっていたといういわば証拠として、企業のリスク管理のために有料情報を入手するという面も小さくはないと考えられる。

 いずれにせよ、天気予報そのものだけの価値だけではなく、有料の情報を購入することにより付随される有益・有用な部分を求めて、お金を払って天気予報を購入しているという面が大きいと感じられるのだ。

■ 「気象ビッグデータ」の活用を気象庁が推進

 気象庁は最近、保有する観測・解析・予報のビッグデータをもっと活用してもらおうと積極的に取り組んでいる。産学官が合同で「気象ビジネス推進コンソーシアム」を2017年3月に立ち上げ、活発に活動・PRしているところだ。

気象ビジネス推進コンソーシアムが積極的に活動している。(気象庁ウェブサイトより)
気象ビジネス推進コンソーシアムが積極的に活動している。(気象庁ウェブサイトより)

 さまざまな気象データを活用できる余地は世の中にまだまだ残っており、ここに気象ビジネスの市場が拡大するチャンスがあると筆者も思っている。ただ、それは「独自予報を売る」という形態ではなく、気象庁をはじめとした機関が保有する膨大なデータのなかから、各業態・業種によって活用できるものを上手に抽出し、時々刻々と計算される最新のデータを用いて、日々の業務に利用する、という形態においての市場拡大だろう、と思う。

 膨大なデータから活用できそうな情報を選び扱っていくという形のビジネスを考えると、民間気象事業者だけでなく、むしろそうしたビッグデータを取り扱う技術に長けた情報システム系の企業・団体にも大きなチャンスがあるのかもしれない。人工知能(AI)技術の活用も当然ながら活発に進められるだろう。そうした情報の意味付けやコンサルティング、提案などを顧客に行う場面において、ビッグデータの扱いに詳しく、気象分野においても深い知見を持つ技術者が活躍できる可能性があると強く感じられる。

■ 気象ビジネスの業界最大手はどこ?

 気象予報士制度ができる時、「気象庁は防災業務に専念するため普通の天気予報は一切やめ、警報などの防災情報のみの発表をする」という話が出たこともあったが、やはりそれは極端すぎるということでそうではなくなったと先輩技術者から聞いたことがある。実際、いわゆる普通の天気予報であっても防災上の利用法もあるため、完全になくし、「あとは民間から買ってください」とすることはできなかっただろう。

横浜地方気象台。気象庁には全国に出先機関である気象台を持つ。(著者撮影)
横浜地方気象台。気象庁には全国に出先機関である気象台を持つ。(著者撮影)

 しかしながら、気象庁が予報を発表している限り、いわば業界最大手は「気象庁」だと思う。全国の各都道府県に出先があり、日々天気予報を発表する技術者が24時間体制で詰め、ユーザー(主に災害時には地方自治体)をフォローできる体制を取っている民間気象事業者を筆者は知らない。また、民間事業者の発表する天気予報と気象庁の発表する天気予報は、サービス上は別物だと線を引くのは、相当に難しいことなのだと思う。

 それ以上に、こと防災情報の分野において、国として行う防災事業と、民間の防災ビジネスが重なることも多い。ただし、そうした場面において、「国が責任を持って、住民の命を守る地方自治体の支援をする」という防災上の大義と、「気象情報の提供をビジネスとして行うので、民業圧迫をしないでほしい」という声と、どちらが広く受け入れられるかというと、明らかに前者であろうと思う。気象情報を提供するだけで商売をするということが、特に防災分野においてはそもそも無理な話だと感じる。

■ 気象庁は次々と「新商品」を開発

 近年、地方自治体の防災業務について強くサポートするため、さまざまな施策が次々に運用を始めている。住民を守るために、日々、新しい防災情報の開発も行われている。

東京地方の細分区域図。警報は市区町村単位で発表される。(気象庁ウェブサイトより)
東京地方の細分区域図。警報は市区町村単位で発表される。(気象庁ウェブサイトより)

 2010年5月からは、気象庁の発表する警報・注意報は原則市町村単位で詳細に発表されることになった。地方自治体の避難情報発表などの防災活動上、より有益に活用してもらうためである。今、気象庁の発表する情報の最重要命題は当然ながら「防災」であり、住民の生命・身体・財産を守るため、地方自治体の避難情報発表をより強力にサポートする目的で、毎年のように様々な新しい情報の運用を開始しているのだ。

 2017年夏からは最小1kmメッシュで地図上に、大雨災害の危険度のレベルを色分け表示した「危険度分布」のコンテンツも運用開始となった。大雨警報が市町村ごとに発表されるなかで、さらに危険な地域はどこであるかをリアルタイムで示し、避難勧告・避難指示などの情報発表により効果的に利用してもらおうというものである。

 このような一次的な防災気象情報を作成して提供するということについては、気象庁が率先して行う業務であろうし、民間気象事業者としては気象庁以上の情報を提供するのはかなり厳しいのではないか、と感じる。

 しかも、防災業務は国が責任を持ってやる方向で進めているので、もちろん無料だ。そうしたなかで、地方自治体などに気象情報を「売る」ことには一層の工夫が必要だと思う。コンサルティング業務の手厚さなど気象庁以上のサービスを提供できなければ、かなり厳しい状況になってきているように感じる。既報のとおり、災害対策基本法が改正され、国(気象庁)が自治体に対して助言など積極的に支援していくことがはっきりしたので、なおさらのことだろう。

■ 今後の気象ビジネスに「独自予報」「気象予報士」の必要性はあるのか?

気象庁提供「危険度分布」。災害の危険地域が絞り込める。(気象庁ウェブサイトより)
気象庁提供「危険度分布」。災害の危険地域が絞り込める。(気象庁ウェブサイトより)

 「気象ビッグデータ」の利活用など、気象ビジネスの市場拡大は今後も強く推し進められると思うが、「独自予報」を販売する業態は今後も拡大していくのだろうか。筆者は、それはかなり厳しいと感じる。ただ右から左へ予報を売るだけではビジネスとして成立せず、たとえそれが気象庁発表の予報ではない「独自予報」であったとしても購入の動機付けにまでは至らないだろうと思っている。

 民間気象事業者は、これまでも少なからずそうだったが、気象情報というコンテンツをそのまま売るのではなく、どのように使ってもらうか利活用法をアドバイスしたり、利用者とともにその方策を考えたりする「気象・防災コンサルタント」としての業務が今後はますます主力の商品となってくるのではないか。その際には先述の通り、高いスキルを持った気象技術者が求められると思う。ユーザーのニーズに応えられる提案力やコミュニケーション能力も問われるだろう。

 前回までに見てきたように、気象予報士を取り巻く環境はこの約四半世紀で大きく変わってきた。また、今後も大きく変わっていくことに疑いはないと思う。こうした社会環境などをつぶさに見つめて考えると、筆者は、独自予報業務の許可制度、さらにはそれを技術的に担保する資格としての「気象予報士制度」は引き続き必要なのかという疑問をぬぐうことができない。今、制度そのものの見直しの時期に来ているのではないかと強く感じるのだ。

 

 

 次回(第6回・最終回)は、これまでの内容を踏まえ、気象予報士制度の将来について筆者の私見を示すことにする。

 

◆ これまでに配信済みの記事 ◆

 気象予報士制度は必要か?「予報士1万人」時代の気象業界を考える(1) (2017年9月15日)

 気象予報士制度は必要か?「予報士1万人」時代の気象業界を考える(2) (2017年9月19日)

 気象予報士制度は必要か?「予報士1万人」時代の気象業界を考える(3) (2017年9月22日)

 気象予報士制度は必要か?「予報士1万人」時代の気象業界を考える(4) (2017年9月26日)