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全編録画によるAppleのライブイベントは、1時間にわたる全編コマーシャルだった

神田敏晶ITジャーナリスト・ソーシャルメディアコンサルタント
出典:Apple

KNNポール神田です。

Appleの『ライブイベント』である『AppleEvent』が開催された。

https://www.apple.com/apple-events/september-2020/

従来であれば、招待されたメディアを集めスティーブ・ジョブズシアターで開催されるイベントも、新型コロナの影響でリモート上で展開される事となった。そう、プレスカンファレンスのほとんどがリモートで開催される昨今となっている。

2020年6月に開催された『WWDC(Apple開発者会議)』同様に、今回も完全なる『録画』による『ライブイベント』となった…。

従来は、『プレスカンファレンス』としてプレスを会場に招いて行うが、Appleの場合は、昔から記者との質疑応答時間があるわけでもなく、かこみ取材もない。発表内容も世界で同時ストリーミング配信されるので、発表内容は記者も一般客もまったく同様だ。そこで、プレスが集まる理由としては、Appleの新製品をいち早く『見て触れる』ことにある。そのインプレッションをどう伝えるかの『差』でしかない。

一方、記事の速報合戦では、自宅のデスクの前で見ている一般客のほうが検索したりいろんな情報を得られる場合が多い。実際に米国に渡米して、ホテルに宿泊し、行列に並んでシアターで参加した記者も、混雑するプレスルームやホテルからの時差ボケをかかえたままの、ほぼ完全徹夜状態での執筆となるからなおさら辛い。

たとえ、日本時間の深夜の2時からといっても、このように『録画』で最初から視聴できるので、朝早起きして、情報の速報を見てから視聴したほうが理解しやすい…ということとなる。しかも、前回の『WWDC』以降、Appleの『SpecialEvent』は完全なる録画放送となった。

■完全なる『録画放送』は『イベント』といえるのか?

Appleは『SpecialEvent』を『ライブ』とは謳っていない。だから、『録画放送』でもまったく構わない。1時間のカメラワークから、カット割りの演出まですべて計算されていてもおかしくない…。

ただ、ただ、この完全なるカット割りで、演者の一人も、言いよどみがない発表は、果たして『イベント』といえるのだろうか?

筆者の抱く違和感は、Appleの発表に対してのオーディエンスの反応も拍手もなにもない違和感だけではない。

AppleはCEOのティム・クックをはじめ、各プロダクトやサービスの担当者が直接語りかけるところに重要な意味がある。しかし、高度に演出された身振り手振りで歩き回る、完璧な演出を『役者』でもない企業の『担当者』がおこなっているという違和感がある。観客がいなくても、リアルタイムであればたとえ1時間でも飽きずに視聴することができる。

録画の説明の中にさらに録画のビデオが流れる。その間に、隙間のない編集で説明画面がインサートされる。

当然、テレビ番組であれば、コマーシャルがはいったりして緩急のリズムがある。

しかし、今回の発表は、1時間の間、まったく休むことなく情報のラッシュである。しかもカメラは常に忙しく動いている。

そう、コマーシャルがない番組を見ているのではなく、全編のコマーシャルを見させられている気がした。

最大の異様さの原因は、スピーカー全員がカメラを見ているようだが、微妙に視点がカンペを見ながら、喋り続けているところだ。テレビの通販番組は、やはりプロが頭にすべて暗記してしゃべるが、プレゼンのプロでない彼らは、カンペを見ながら素人ができるだけプロらしくしゃべるから、嘘っぽいく安物のCMのように見えてしまう。視点の先がカメラから微妙にずれているので気になって仕方がない。

■『トゥルーマン・ショー』を見させられている気がしてしかたがない

1998年のジム・キャリー主演の『トゥルーマン・ショー』は、リアリティ・ショーの世界の中で生きている男の物語だ。普通に暮らしている人々が、なぜか製品をコマーシャル口調でかたりかける。そう人生そのものがジムキャリー以外の役者によって構成されていたという物語だ。同じように、2000年のマシュー・マコノヒー主演の『エドtv』では、リアリティーショーで一般の人が著名人になっていくさまをシニカルに描いている。

今回の発表は特に、リアリティーショーとしての『トゥルーマン・ショー』や『エドTV』を見させられている気がしてしかたがない。

そう、このAppleEventで感じた違和感は、観客がいなくて、ライブでもない、オーディエンスの空気を感じない録画による『疑似イベント』は、日本語字幕もついて理解しやすいが、事前に用意された1時間もの全編コマーシャルを見させられているとしか思えなかった。

そして、一番気になったのが、9月に毎年発表される iPhone についての言及も一切なかったことだ。コマーシャルでは自社に不都合な事は絶対に流さない…。いや、Appleのファンの一人としては、ティム・クックからの中国での生産体制の遅れ?などかなんでも良いので、例年の発表とちがったことについては、一言でも言及してほしかった。

Appleという企業は、ユーザーの求めるものを作る企業ではなく、最高のものを作り、ユーザーにそれを届けて、その最高に気づいてもらうという、いい意味での『上から目線』の会社だ。しかし、2年前のiPhoneのユーザーは、この発表を機に買い替えを検討していたかもしれない。せめて、『年内には新しいiPhoneをお届けしたい』や『来年早くには…』などのコマーシャル以外のメッセージを聞かせてほしかった。

そう、ユーザーの期待にまったく反応せずに、自分たちの伝えたい素晴らしい世界観だけを自己満足で披露された気がしただけの1時間だった。

ITジャーナリスト・ソーシャルメディアコンサルタント

1961年神戸市生まれ。ワインのマーケティング業を経て、コンピュータ雑誌の出版とDTP普及に携わる。1995年よりビデオストリーミングによる個人放送「KandaNewsNetwork」を運営開始。世界全体を取材対象に駆け回る。ITに関わるSNS、経済、ファイナンスなども取材対象。早稲田大学大学院、関西大学総合情報学部、サイバー大学で非常勤講師を歴任。著書に『Web2.0でビジネスが変わる』『YouTube革命』『Twiter革命』『Web3.0型社会』等。2020年よりクアラルンプールから沖縄県やんばるへ移住。メディア出演、コンサル、取材、執筆、書評の依頼 などは0980-59-5058まで

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