YouTubeがゲーム画面共有のTwitch.tvを10億ドル(1,000億円)で買収する理由
YouTubeがゲーム映像配信サービス「Twitch」を10億ドルで買収か? 業界メディアが報道
Eスポーツタイトルを中心にゲーミング分野に特化したストリーミングサービスの大手として知られている「Twitch」。4,300万人以上の月間視聴ユーザーを記録しソニーの次世代機PlayStation 4ではShare機能を通じて標準対応されるなど巨大プラットフォームへと成長している同サービスを、Google傘下のYouTubeが10億ドルにて買収するという電撃ニュースが海外にて報じられています。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140519-00000001-isd-game
2013年、米国のネット広告売上高は、427億8,100万ドル (4兆2,781億円)となり、米テレビ広告費 401億ドル(4兆100億円)を抜き去ったことは、ネットメディアの成長を物語っている。ネットは、2007年にラジオ、2010年に新聞、2011年にCATV、そして2013年についにテレビの広告費をぬいた。つまり3年サイクルで旧来のメディアを凌駕してきたのだ。
つまり、2013年以降、米国では、地上波のテレビ広告よりも、ネットの広告の方が価値をもちはじめたのだ。
そして、このTwitch.tvだ。
まずは、一度アクセスしていただきたい。
おそらくヘッドセットをつけたゲーマーたちが延々とゲームをしながら、だべっているシーンが続くだけだ…。
ただ、それだけなのだ(笑)。
このTwitchは、ただ、単に視聴するだけなら何も面白いことが起きているとは思えないだろう。
しかし、これがゲームに参加してみると、一緒の世界に住んでいるかのような錯覚にとらわれる。
同じようなゲームをしている人にとっては、カリスマゲームプレイヤーの神業的な攻略スキルと同時に、彼、彼女たちの日常会話を楽しめるのだ。しかも、国家の壁を超越して。
世界4,000万PVをはじき出す、Twitchユーザーのティーンネイジャーたちは、まだスマホで自立することなく、PCやPS4のゲーム画面にへばりつきながら、黙々とゲームをしながら、ゲームジョッキーと化した彼らとの時間をゲームに参加しながら、共有している。
その時間は、数時間にも及ぶ。その間、彼らはテレビを見ることもなく、コミックスを読むこともなく、ラジオを聞くこともなく、ただ、ゲームに興じるのだ。しかも、世界中のユーザーと英語でのコミュニケーションで。
facebookのSNSは単なるTwitchのログインに便利なアカウントと替り、 自分がtwitchの世界に没入しているチャンネルを知らせる「お知らせツール」としか機能していない。
この圧倒的な母数の、しかも、共通の行動特性を持った、消費意欲の高い世界の若者層を、21世紀のテレビを標榜するYouTubeが取得することの意味ははてしなく大きい。
当然、広告は、煩悩のままゲームを1日中楽しむ、オルタナティブな世界の住人にフィットしたものが表示されることだろうし、誰がいつ、どのタイミングで、どんなゲームをしている時に、クリックしたのかまでのログが取得され、ビッグデータとして処理され、再度、ターゲティング広告として精度をあげて露出されていくことだろう。
また、YouTubeは、どちらかというとアーカイブや、エンベッド(外部サイトでの露出提示)に優れており、生のライブ機能としての吸引力は弱い。そこで、プラットフォーマーとしては、生視聴で「今のユーザー」をかき集め、「豊富なアーカイブ力」でより滞留させるという戦略は非常にシナジーが高い。
当然、Twitchユーザーの場合、画面の滞留時間が長い特性を持っているから魅力的だったのだろう。
しかし、新興のTwitchをそもそも、10億ドル(1,000億円)の価値で考えることができるのだろうか?
過去の事例を参考にしてみると…。
Tumblr(当時3億人UU/月)を米Yahoo,Inc.が買収したのが、11億ドル(1,100億円)2013/05/20
Waze(モバイルナビゲーションサービス)を米Googleが買収したのが、11億ドル(1,100億円)2013
Instagram(売上げゼロ 5,000万人ユーザー)を米facebokが買収したのが、10億ドル(1,000億円)2012
Viber(無料電話アプリ)を楽天が買収したのが、9億ドル(900億円)2014/02/14
NECビッグローブを日本産業パートナーズが買収したのが、700億円 2014/1/21
あの会社はいくらで買えたのか?比較企業買収 M&A 2014年度 より
基本的に、twichは、TumblrやWaze Instagram Viber ビッグローブ並の価値があると評価されているということだ。当然、その買収価格よりも需要なのは、その価値を活かせるかどうかの力量次第である。