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「ねじれの時間があるのは自然なこと」就任1年の岸本聡子・杉並区長

亀松太郎記者/編集者
杉並区長に就任して1年が経った節目に記者会見する岸本聡子区長(撮影・亀松太郎)

東京都杉並区の岸本聡子区長が昨年7月に就任して、1年が経過した。杉並区で初の女性区長という点に加え、自転車での登庁や外国特派員協会での記者会見などの積極的な発信によって、国内外の注目を集めている。

難しい議会運営を象徴する「3つのねじれ」

さらに、今年4月の杉並区議選では、岸本区長が応援する女性候補が数多く当選。女性議員が半数以上を占める議会が生まれ、杉並区政への注目度は一層高まった。

・参考記事:カラフルになった議会 「女性議員が半数以上」でどう変わる?

しかし、議会の勢力は、区長に賛成する議員と反対する議員が拮抗しており、順風満帆というわけではない。

難しい議会運営を象徴するのが、区立施設の再編をめぐる動きだ。

6月の第2回定例会では、JR荻窪駅に近い「天沼・本天沼」地区の区立施設の再編を進める条例改正案が議会に提出されたが、本会議前の委員会で否決されるという異例の事態が起きた。

JR中央線の荻窪駅の北側にある「天沼・本天沼」地区。区立施設の再編をめぐって、議会で意見が対立した(作成:亀松・野村)
JR中央線の荻窪駅の北側にある「天沼・本天沼」地区。区立施設の再編をめぐって、議会で意見が対立した(作成:亀松・野村)

結局、本会議で条例改正案は可決されたが、岸本区政が一筋縄ではいかない状態であることが示された。

・参考記事:太宰治が暮らした杉並の住宅街で起きている「集会所」をめぐる問題とは?

実は、区立施設の再編計画をめぐる混乱において、3つの「ねじれ」が生じている。この「ねじれ」について、岸本区長はどう考えているのだろうか。7月12日に開かれた記者会見で心境をたずねた。

その1・区長選の「公約」とのねじれ

まず、1つ目の「ねじれ」は、昨年の区長選挙での公約に関するものだ。岸本区長は、住民合意のない区立施設の統廃合を「見直す」という公約を掲げて、当選を果たした。

しかし今回の議会で、岸本区長は、天沼の高齢者向け集会施設(ゆうゆう館)を廃止する条例改正案を提出した。その点について「公約違反ではないか」という声も出ている。

区立施設の再編計画によって廃止が決まった高齢者向け集会施設「ゆうゆう天沼館」(撮影・亀松太郎)
区立施設の再編計画によって廃止が決まった高齢者向け集会施設「ゆうゆう天沼館」(撮影・亀松太郎)

公約との「ねじれ」を指摘する声に、どう答えるのか。岸本区長はこう答えた。

「(区立施設の統廃合を)見直すという公約を掲げていましたが、その中でも緊急の行政需要があるものや、すでに計画が進んでいるものについては、続行するという線引きをおこないました。それ以外のものに関しては見直すことができる、ということを就任当初から申し上げた。天沼・本天沼地域においては、児童相談所を新しく開設する予定など様々な計画が進行していたこともあって、計画通り実行するという苦渋の決断をしました」

杉並区では、岸本区長の就任後、児童館やゆうゆう館など区立施設の再編整備の進め方を検証する作業部会を設けたり、住民との意見交換会を実施したりして、「見直し」を進めている。

しかし、天沼・本天沼地区の区立施設については、再編計画が児童相談所の新規開設などとリンクしていることから「見直し」の対象にできなかったと、岸本区長は説明した。

杉並区議会の本会議。岸本区長に賛同する議員と反発する議員の数が拮抗している(撮影・亀松太郎)
杉並区議会の本会議。岸本区長に賛同する議員と反発する議員の数が拮抗している(撮影・亀松太郎)

その2・委員会と本会議のねじれ

2つ目の「ねじれ」は、議会の採決だ。区立施設の再編を進める条例改正案が、区民生活委員会では否決、本会議では可決と、ねじれた結果になった。この点に対する岸本区長の回答は「むしろ自然なこと」という意外なものだった。

「区長が代わって1年ですが、施設再編計画というのは非常に長期的な計画であって、区政としてなかなか急に変えることができない。それと同様に、議会でもこれまで計画や予算を承認してきたという経過がありますので、議会においても急に方向転換はできないというのは当然だと思っています。物事が変わるときというのは常にプロセスというのがある。ねじれの時間があることは致し方がないと思っていますし、むしろ自然なことではないかと考えています」

このように、岸本区長は「区政が変化するプロセスで、ねじれが生じるのは当然」という考え方を示した。

その3・選挙で応援した議員たちとのねじれ

岸本区政をめぐる3つ目の「ねじれ」。それは、岸本区長と議員の関係に関するものだ。

4月の区議選で、岸本区長は共産党や立憲民主党などの10人以上の候補と政策合意書を結び、積極的に応援した。その多くが当選して、議会の勢力図を大きく変えた。

4月の区議選では、岸本区長が応援した候補が多数当選したが・・・(撮影・亀松太郎)
4月の区議選では、岸本区長が応援した候補が多数当選したが・・・(撮影・亀松太郎)

しかし、天沼・本天沼地区の区立施設の再編に関する条例改正案については、岸本区長の応援を受けた議員たちの多くが「反対」に回ったのだ。選挙からまだ2カ月ほどしか経っていないにもかかわらず。

このような「ねじれ」について、どう考えているのか。岸本区長は次のように答えた。

「私と政策合意を結んで、選挙で協力した議員の意見が分かれてしまったことについても、さきほどと同様です。何か物事を変えるというとき、全員が同じ方向を向くことはできない。それでも、その先にある将来を議論していくことでしか、未来を共に作っていくことはできません。これは区民もそうですし、議会もそうですし、区役所の中もそうだと思っています。それが、変化・移行期のプロセスだと、私は考えています」

記者/編集者

大卒後、朝日新聞記者になるが、3年で退社。法律事務所リサーチャーやJ-CASTニュース記者などを経て、ニコニコ動画のドワンゴへ。ニコニコニュース編集長としてニュースサイトや報道・言論番組を制作した。その後、弁護士ドットコムニュースの編集長として、時事的な話題を法律的な切り口で紹介するニュースコンテンツを制作。さらに、朝日新聞のウェブメディア「DANRO」の創刊編集長を務めた後、同社からメディアを引き取って再び編集長となる。2019年4月〜23年3月、関西大学の特任教授(ネットジャーナリズム論)を担当。現在はフリーランスの記者/編集者として活動しつつ、「あしたメディア研究会」を運営している。

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