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創立149年の小学校が「病院跡地」へ移転、杉並区の計画推進に「区長の支援者」から反対の声

亀松太郎記者/編集者
JR阿佐ケ谷駅前にある小学校の移転計画が論議を呼んでいる(作成:亀松・野村)

お笑いタレントの「阿佐ヶ谷姉妹」が住む街として全国的に有名になった東京都杉並区の阿佐ヶ谷。JR中央線沿いの落ち着いた住宅街だ。そこでいま、約150年の歴史を持つ杉並第一小学校(杉一小)の移転計画をめぐって議論が起きている。

前区長が決めた移転計画に慎重な姿勢を見せていた岸本聡子・杉並区長が1月下旬、「現計画を見直し、小学校を現地改築とする計画に改めることは難しい」として、計画を前に進めることを表明したからだ。2022年の区長選で岸本氏を応援した区民の中には「実に残念」と失望する声もある。

杉並区議会では2月から3月にかけて、第1回定例会が開かれている。そこに提出された2024年度の一般会計予算案の中に、杉一小の移転改築の設計費用が盛り込まれた。3月18日の本会議で予算案が可決されれば、小学校の移転に向けて大きく動き出すことになる。

移転計画で揺れる杉並第一小学校(撮影・亀松太郎)
移転計画で揺れる杉並第一小学校(撮影・亀松太郎)

2月の本会議では、多くの議員から移転計画についての質問が出た。岸本区長は「これまで多くの人々が協力してきた事実と実績を尊重しなければならない」と説明した。しかし、小学校の移転に反対する住民たちは納得していない。

阿佐ケ谷駅前で大規模な「再開発」が計画された

JR中央線・総武線の阿佐ケ谷駅の北口から約100メートル。ケヤキ並木が美しい中杉通りに面して、杉一小の白い校舎が建っている。開校は1875年(明治8年)。杉並区で最初の公立小学校だ。当初は別の場所にあったが、1884年に現在の場所に移り、それから140年の歴史を刻んできた。

そんな由緒ある小学校がなぜ、移転することになったのか。理由は、JR阿佐ケ谷駅の北東地区の大規模な「再開発計画」にある。

もともと杉一小(A)のすぐ東隣には、「けやき屋敷」と呼ばれる広い敷地を持つ個人の住宅(B)があった。さらにその東隣に、地域医療支援病院である河北総合病院(C)がいまもある(冒頭の地図を参照)。

しかし、けやき屋敷の住宅が取り壊されることになり、その跡地(B)に河北総合病院が移転することになった。そして、病院の跡地(C)に杉一小が移転する計画が立てられた。空いた小学校の跡地(A)には、杉並区と民間業者が共有する複合施設が作られるという。

JR阿佐ケ谷駅前は再開発によって、大きく変わろうとしている(作成:亀松太郎)
JR阿佐ケ谷駅前は再開発によって、大きく変わろうとしている(作成:亀松太郎)

つまり、杉一小は阿佐ケ谷駅に近い現在の場所から、約150メートル東に移転することになる。それに対して、近くの住民から反対する意見が出ているのだ。

病院跡地の「土壌汚染」が心配

なぜ、反対なのか? 

まず、土壌汚染の問題。小学校が移転するのは病院の跡地だ。そのため、医薬品や危険物が地中に埋まっていて、子どもたちの健康に悪影響を及ぼす恐れがあるという。

次に、地盤の問題。移転予定地はもともと河川や沼地があった場所で、軟弱な地盤だとされる。小学校には災害時の避難所としての機能も求められるが、震災や水害の避難所としては使えないと、反対する住民たちは主張している。

もう一つ、今回の再開発計画では、けやき屋敷の所有者と杉並区の間で土地を交換する予定だが、杉並区にとって不利な換地比率になっているという指摘がある。

このような理由から、杉一小の近くの住民らで作る「阿佐ヶ谷の原風景を守るまちづくり協議会」は、「杉一小は現在の場所に残すべきだ」と訴えている。

校庭が1.5倍になり「教育環境が充実」

一方、杉並区は、杉一小の移転理由として「校庭が広くなる」というメリットをあげている。

杉並区によると、杉一小の校庭の面積は区内の小学校で最も狭く、約1800平方メートル。区立小学校の平均の約4300平方メートルの4割程度しかない。それが、病院跡地に移転することで約1000平方メートル増え、校庭がこれまでの1.5倍になるのだという。

杉並区の白石高士教育長は区議会で「体育の授業や運動会のトラック競技、休み時間の遊びなどをより安全に実施することができ、教育環境の充実がはかれる」と述べ、現在の場所で校舎を建て直すよりも、河北総合病院の跡地に移転するほうが望ましいという見解を明らかにした。

また、岸本区長はできるだけ情報開示に努めてきたと説明。「これまでに寄せられた質問に対する区の見解を約70ページの資料(PDF)にまとめ、公開した」と語った。

西隣の敷地に移転する予定の河北総合病院。その跡地に、杉並第一小学校が移転する計画だ(撮影・亀松太郎)
西隣の敷地に移転する予定の河北総合病院。その跡地に、杉並第一小学校が移転する計画だ(撮影・亀松太郎)

前区長の「置き土産」を踏襲することに

この阿佐ケ谷駅北東地区の再開発計画は、田中良前区長のときに作られた。田中氏の著書でも「杉並最大のまちづくり」として、計画が決まった経緯を紹介している。

一方、岸本氏は2022年の区長選で、「住民合意のない駅前再開発の見直し」を公約の一つに掲げて立候補。187票差の激戦を制して、区長になった。その選挙戦の模様は、全国の映画館で上映中のドキュメンタリー『映画 ○月○日、区長になる女。』で詳しく描かれている。

※参考記事:スッピンを撮られても気にしない「区長になる女」 軽やかに「女たちの選挙」を描く異色ドキュメンタリー

ところが、岸本区長は阿佐ケ谷駅前の再開発については、前区長時代の計画の見直しを断念。今年1月22日、YouTubeでビデオメッセージを公開し、元の計画どおり前に進めることを明らかにした。

「杉一小の移転改築に反対の考えをお持ちの方々は、にわかに気持ちを切り替えることは難しいと思いますが、よりよい学校づくり、よりよい地域の将来のために、できることをともに考えていただきたい」

岸本区長はこう述べて、理解を求めた。

岸本区長の支援者から上がる「裏切られた」の声

このような岸本区長の姿勢に対して、支援者の中からは「信頼を裏切った」と批判する声も出ている。

「実に残念な内容です。田中前区長時代の負の遺産継続を岸本区長が表明してしまったからです。杉一小の子ども・教員・保護者をはじめ地元住民が強く反対しているのに、一切無視するとは。「区長が変われば区政も変わる」そう信じて岸本区長を当選させた多くの人々の信頼も裏切ってしまいました」

X(旧Twitter)でこんな投稿をしたのは、区長選で岸本氏を支援した「杉並の問題をみんなで考える会」の世話人・漆原淳俊さんだ。漆原さんは「岸本区長は、前区長時代の再開発計画を推進したい区役所の幹部に取り込まれてしまっているのではないか」と心配する。

昨年4月の区議選の直後は岸本区政に賛同する姿勢を見せていた区議の中からも、異論が出ている。阿佐ヶ谷などを地盤に活動する松尾百合(ゆり)議員だ。

松尾議員は3月15日の予算特別委員会で、杉一小の移転に反対する意見を述べ、2024年度の一般会計予算案にも反対した。そして、ブログで次のように記し、岸本区長を強く批判した。

「杉並第一小学校を病院跡地に移転する計画が予算化されたことは許容できません。岸本区長の選挙公約とも異なります。阿佐ヶ谷の人たちが岸本さんに期待して投票した思いは裏切られました」

一人会派の松尾議員は、杉一小の移転計画に対して長年にわたり、反対してきた。ブログからは、その声が岸本区長に届かなかった無念さが伝わってくる。

かつてケヤキの森があった広い敷地で、病院を建築するための工事が進んでいる(撮影・亀松太郎)
かつてケヤキの森があった広い敷地で、病院を建築するための工事が進んでいる(撮影・亀松太郎)

一般会計予算は可決されそうだが・・・

他の議員たちの反応はどうか。

杉一小の移転計画に対して、自民、公明、維新、都民ファーストと無所属の一部は、賛成の意見を示している議員が多い。むしろ、岸本区長が公約にしたがって計画を「一旦停止」したことについて、無駄に時間を浪費したと批判している。

一方、共産、立憲の区議たちは、前区長が進めた計画に批判的な姿勢をとっている議員が多いが、岸本区政を支える立場のため、その決断を完全に否定するわけにもいかないという悩ましい状況だ。

その他の議員の判断はそれぞれで、一括りにすることができない。

杉一小の移転計画に関する費用も含んだ一般会計予算の議決は、3月18日午後の本会議で行われる。それに先立って、3月15日に開かれた予算特別委員会では、賛成多数で可決された。

したがって、本会議でも可決される可能性が大きいが、岸本区政の今後に不安が残ることになりそうだ。

(追記)一般会計予算は3月18日、賛成多数で可決された。

岸本聡子区長が主人公のドキュメンタリー映画が全国でヒット中だが、議会運営は必ずしも順風満帆といえない(撮影・亀松太郎)
岸本聡子区長が主人公のドキュメンタリー映画が全国でヒット中だが、議会運営は必ずしも順風満帆といえない(撮影・亀松太郎)

記者/編集者

大卒後、朝日新聞記者になるが、3年で退社。法律事務所リサーチャーやJ-CASTニュース記者などを経て、ニコニコ動画のドワンゴへ。ニコニコニュース編集長としてニュースサイトや報道・言論番組を制作した。その後、弁護士ドットコムニュースの編集長として、時事的な話題を法律的な切り口で紹介するニュースコンテンツを制作。さらに、朝日新聞のウェブメディア「DANRO」の創刊編集長を務めた後、同社からメディアを引き取って再び編集長となる。2019年4月〜23年3月、関西大学の特任教授(ネットジャーナリズム論)を担当。現在はフリーランスの記者/編集者として活動しつつ、「あしたメディア研究会」を運営している。

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