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波乱が続く「杉並区議会」 33年ぶりに「区長提出の議案」が委員会で否決

亀松太郎記者/編集者
杉並区議会の区民生活委員会で、区長提出の条例改正案が否決された(撮影・亀松太郎)

「挙手、少数であります。よって、原案を否決すべきものと決定いたしました」

予測不能の議会で、また波乱が起きた。4月の統一地方選挙で女性議員が半数以上となり、全国的な注目を集めた東京都の杉並区議会。

6月6日に開かれた第2回定例会の区民生活委員会で、岸本聡子区長が提案した「区立施設の再編」に関する条例改正案が反対多数で否決された。

杉並区の議会事務局によると、区長提出の議案が委員会で否決されたのは、1990年9月の建設委員会以来で、33年ぶりだという。

本会議でも「否決」されるか?

採決の結果は、樋脇岳(ひわき・がく)委員長を除く8人の委員のうち、賛成3人、反対5人だった。

しかも、4月の選挙で岸本区長が応援した議員たちが反対に回るという「ねじれ」が生じた。

本会議での採決は、6月19日に予定されている。

本会議でも同様に否決される可能性があるが、最大会派の自民党・無所属や2番手の公明党の議員は委員会で「賛成」に回っている。また、現在の杉並区議会は「一人会派」が多く、投票行動の予測が難しい。

本会議の採決がどうなるかは、不透明な情勢だ。

※参考記事:「一人会派」が鍵を握る? 波乱含みの「杉並区議会」定例会が始まる

4月の選挙を経て、杉並区議会は多数の会派が拮抗する状態となった(作成:亀松・野村)
4月の選挙を経て、杉並区議会は多数の会派が拮抗する状態となった(作成:亀松・野村)

5月の議長選挙でも波乱

杉並区議会は、5月中旬の議長選挙でも異変が起きている。

最大会派の「自民党・無所属」が推した議員ではなく、共産党や立憲民主党、そして、一人会派の多くの議員たちが投票したとみられる井口かづ子議員が議長に選ばれた。

議長選挙のあと、自民党の議員団は「混乱している」という声明を公表。もともと最大会派の自民党・無所属に所属していた井口議員が会派を離脱する事態となった。

※参考記事:「波乱の幕開け」となった杉並区議会、議長選出めぐり自民「混乱しております」

前区長が進めた「区立施設の再編計画」

今回、杉並区議会の区民生活委員会で否決されたのは、区立施設の再編をめぐる条例改正案だ。

杉並区では、2010年から22年まで3期にわたって区を率いた田中良・前区長のもとで、老朽化した小中学校や児童館、区民集会所などの「区立施設」を再編・整備する計画が進められてきた。

6月6日の区民生活委員会では、JR中央線の荻窪駅の北側にある「天沼・本天沼地域」の区立施設の再編が問題となった。

条例改正案が可決されると、廃止が決まる高齢者向けの交流施設「ゆうゆう天沼館」(撮影・亀松太郎)
条例改正案が可決されると、廃止が決まる高齢者向けの交流施設「ゆうゆう天沼館」(撮影・亀松太郎)

現在運営されている2つの区民集会所(本天沼区民集会所、天沼区民集会所)と1つの高齢者向け交流施設(ゆうゆう天沼館)を廃止し、新たに多世代交流型の施設(仮称・コミュニティふらっと本天沼)を整備するという案である。

3つの既存施設を廃止して、1つの新しい施設に統合しようという計画だ。

しかし、利用できる施設が減り、施設全体の床面積も少なくなることから、高齢者向けの「ゆうゆう天沼館」を利用している地域住民などから「高齢者が利用しにくくなる」と反対する声があがっていた。

区民生活委員会でも、議員たちから「代替案を検討することはできないのか」「地域住民の意見を反映できないのか」といった指摘があいついだ。

天沼・本天沼地域の施設の再編計画のスケジュール。複雑な計画となっている(出典・杉並区)
天沼・本天沼地域の施設の再編計画のスケジュール。複雑な計画となっている(出典・杉並区)

保育園や児童関連部門の移転も絡んだ「複雑な再編」

一方、今回の再編計画では、ゆうゆう天沼館の跡地に、区内の民間保育園が移転することが予定されている。

また、2026年の区立児童相談所の開設に合わせて、その建設予定地にある区の児童関連部門を、天沼区民集会所がある場所に移転させる計画となっている。

杉並区の担当職員は、もし再編計画が頓挫した場合、民間保育園の移転や児童相談所の開設に影響が及ぶことなどを説明して、条例改正案への同意を求めた。

岸本区長も次のように述べて、理解を求めた。

「この議案は本来、一つ前の第1回の定例会(2月〜3月)で提案するはずだった。そのときには議論が尽くされていないと考えたので、庁内で議論して、第2回の定例会での提案となった。もっと議論が必要だという考えがある一方で、児童相談所や保育園のさまざまな事情を考えると、ずっと遅らせるわけにはいかないと判断した」

杉並区の「天沼・本天沼地域」の区立施設の再編計画について、疑問点を指摘する和氣美樹(わけ・みき)議員(撮影・亀松太郎)
杉並区の「天沼・本天沼地域」の区立施設の再編計画について、疑問点を指摘する和氣美樹(わけ・みき)議員(撮影・亀松太郎)

「なぜやるのか、合理的な説明がない」

しかし区長や職員の説明に対して、議員の多くから疑問の声が上がった。

「3つの施設を1カ所に統合すること自体に無理がある」(松尾議員)

「地域住民の合意が形成されていない」(和氣議員)

「なぜいまやるのか、合理的な説明がされていない」(安田議員)

4時間近くに及んだ質疑。その末におこなわれた採決は、5対3の反対多数だった。区長が提案した議案が委員会で「否決」されるという異例の結果となった。

★区民生活委員会の各委員の賛否

<賛成>

藤本直也(なおや)(自民党・無所属/副委員長)

山本弘子(ひろこ)(公明党)

井口かづ子(無所属杉並)

<反対>

和氣美樹(わけ・みき)(共産党)

安田真理(まり)(立憲民主党)

山名奏子(かなこ)(れいわを耕す)

田中裕太郎(ゆうたろう)(杉並をセンタク致し候)

松尾百合(ゆり)(杉並わくわく会議)

採決の結果を知ったある議員(当選5回以上)は「区長提案の議案が委員会で否決されるのは、歴史的なケース。私は見たことがない。23区の他の議会でも珍しいのではないか」と驚いていた。

区長自身が「区立施設の再編見直し」を公約していた

岸本区長にとっては、自らが議会に提出した議案が委員会で否決されたのは、痛手だといえる。

しかも和氣、安田、山名の3人は、4月の区議会選挙で岸本区長が応援し、初当選を果たした議員たちだ。岸本区長が選挙で応援した議員たちが、岸本区長の提出した議案に反対するという皮肉な結果となった。

もっとも、これらの議員たちは選挙期間中に「施設再編の見直し」や「ゆうゆう館の機能の維持」といった公約を掲げていた。そのため、今回の条例改正案に反対することは十分に予想できたといえる。

そもそも岸本区長自身が、昨年6月の区長選で「住民合意のない区立施設統廃合の見直し」を公約の一つに掲げて当選したという経緯がある。

そのことから、区立施設の再編を計画通りに進めることに対して、「公約違反ではないか」と指摘する声もある。

杉並区議会の区民生活委員会で、議員たちの質問に答える岸本聡子区長(左)(撮影・亀松太郎)
杉並区議会の区民生活委員会で、議員たちの質問に答える岸本聡子区長(左)(撮影・亀松太郎)

「前区長の置き土産」にどう対応するか?

一方、岸本区長は「天沼・本天沼地域の区立施設の再編計画」を進めることについて、「苦渋の決断」と説明している。

5月24日の記者会見では「保育施設や児童相談所の整備にも影響が生じるため、悩みに悩んだ末、残念ながら白紙に戻すことは困難であるとの判断を下さざるをえませんでした」と述べた。

杉並区の区立施設の再編は、田中良・前区長の時代に進められてきた政策で、「前区長の置き土産」とも呼ばれる。

老朽化した児童館や高齢者向け交流施設(ゆうゆう館)といった区立施設を廃止し、多世代型の交流施設(コミュニティふらっと)などの新しい施設を整備する点に特徴があるが、児童館やゆうゆう館を利用してきた区民から反発が起きている。

岸本区長は就任後、児童館やゆうゆう館をめぐる計画の見直しに着手した。しかし、すでに計画が進んでいて「休止するのは難しい」と判断した事業は、計画通り進める決断をした。

その結果、計画が進んでいた下高井戸児童館については、廃止に向けた条例改正案が昨年11月、議会で可決され、廃止が決まった。

※参考記事:「区長は代わったのに」…廃止になった杉並・下高井戸児童館 反対の声を上げた母たちが感じた「行政の怖さ」(東京新聞)

本会議での採決の行方は不透明

6月6日の区民生活委員会で審議された「天沼・本天沼地域の区立施設の再編計画」も、さまざまな事情から、岸本区長が「休止するのは難しい」と判断した事業だ。

条例改正案で廃止になるとされている「ゆうゆう天沼館」は、近くに住む高齢者たちが囲碁や社交ダンス、カラオケなどを楽しむために利用している。絵画や英語、パソコンを学ぶ教室も開かれている。

5月下旬に施設を訪れてみると、建物の老朽化が目についたが、職員は「この地域は高齢者のみなさんも元気で、活発に利用されています」と話していた。

杉並区議会の本会議。今後も波乱含みの展開が予想される(撮影・亀松太郎)
杉並区議会の本会議。今後も波乱含みの展開が予想される(撮影・亀松太郎)

区立施設の再編に関する条例改正案は、6月19日の本会議で採決の予定だ。

委員会と同様に、本会議でも条例改正案が否決される可能性は十分にある。だが、反対派が圧倒的な多数というわけではなく、賛否が不明な「一人会派」も多い。

本会議(定数48)で、議員たちはどんな判断をくだすのか。採決の行方は不透明だ。

記者/編集者

大卒後、朝日新聞記者になるが、3年で退社。法律事務所リサーチャーやJ-CASTニュース記者などを経て、ニコニコ動画のドワンゴへ。ニコニコニュース編集長としてニュースサイトや報道・言論番組を制作した。その後、弁護士ドットコムニュースの編集長として、時事的な話題を法律的な切り口で紹介するニュースコンテンツを制作。さらに、朝日新聞のウェブメディア「DANRO」の創刊編集長を務めた後、同社からメディアを引き取って再び編集長となる。2019年4月〜23年3月、関西大学の特任教授(ネットジャーナリズム論)を担当。現在はフリーランスの記者/編集者として活動しつつ、「あしたメディア研究会」を運営している。

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