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「政治はポスターがやってんじゃない、人間がやってんだ」69人の「候補者全員」を捉えた画期的な動画

亀松太郎記者/編集者
杉並区議選の69人の候補者全員を取材した動画が公開された(撮影・亀松太郎)

明日4月23日に投票日を迎える統一地方選。全国の市区町村で、首長や議員の候補者たちが「一票」を求めて戦っている。そのうちの一つ、東京都杉並区の区議選で、これまでにない画期的な「候補者たちの動画」が公開された。

徹底した選挙取材で知られるフリーランスライター・畠山理仁(はたけやま・みちよし)さんが、選挙期間中の5日間に、杉並区議選に立候補している69人全員に直接会い、それぞれの候補者が選挙運動する様子を撮影。その「動画」をYouTubeで公開したのだ。

杉並区議選は定数48議席に対して、69人が立候補している多人数選挙だ。畠山さんはたった一人で、その候補者全員に会って取材し、撮影した動画を、誰もが見られるような形で公開した。

「候補者が実際に動いている様子を、有権者に見てもらいたかった」という畠山さん。「政治はポスターがやってんじゃない、人間がやってるんだというのを感じてほしい」と話している。

「今後4年間、つきあっていけるかどうか」が大事

杉並区議会議員選挙2023」。そんなタイトルの動画プレイリストが4月21日の夜、YouTubeで公開された。そこに並ぶのは、杉並区議選の全候補者69人の名前。サムネイルの顔写真をクリックすると、各候補者の動画が再生される。

駅前で演説する様子もあれば、カメラに向かって語りかける様子もある。住宅街を歩きながら話す候補者もいれば、黙って街宣車に乗り込むだけの候補者もいる。動画の長さも、1分から15分までさまざまだ。

だが、これらはいずれも、杉並区議選を追うライターの畠山さんが一人で取材し、撮影した「候補者たちの素顔」の動画だ。4月16日の告示から5日間かけて、69人の候補者すべてに直接会った。その記録である。

「地方議会の議員というのは、自分の代わりに政治のことをやってくれる『代理人』。選挙では、今後4年間、自分がこの候補者とつきあっていけるかどうか、というのが非常に大事なんです」(畠山さん)

その判断をするために「候補者の動画を見て、自分の勘を働かせてほしい」と、畠山さんは語る。

「買い物にたとえると、選挙公報やポスターは『カタログ販売』みたいなもので、実物からかけ離れていることがある。本当は有権者自身が、候補者本人を直接見てもらうのがいいんですが、なかなか難しいので、動画に撮って公開したんです」

「宝探しみたいで、すごく面白かった」

畠山さんは20年以上にわたり、全国各地の選挙を取材し、その様子を記事や動画で発表してきた。独立系候補の選挙戦を追った著書『黙殺』は、2017年の開高健ノンフィクション賞を受賞した。

2022年の参院選で、東京選挙区に出馬した34人の全候補者に取材したこともある。その模様を追ったドキュメンタリー動画では「唯一無二の選挙記者」と紹介されている。

畠山さん渾身の選挙ルポ『黙殺』は、2017年の開高健ノンフィクション賞を受賞した(撮影・亀松太郎)
畠山さん渾身の選挙ルポ『黙殺』は、2017年の開高健ノンフィクション賞を受賞した(撮影・亀松太郎)

そんな選挙取材のスペシャリストである畠山さんでも、今回はハードルの高いチャレンジだった。

杉並区議選の選挙期間はわずか1週間。その短い間に69人もの候補者に直接会って取材し、撮影した動画を公開する。誰もが「そんなのは無理じゃないか」と思う挑戦だ。

「ギリギリできるかどうかと思っていました。でもやってみると、宝探しみたいで、すごく面白かった。5日目の木曜に最後の一人を見つけたときは、最高に嬉しくて小躍りしましたね」

畠山さんの取材がスタートしたのは、4月16日の選挙告示日。杉並区役所の立候補届出会場で、各候補者や運動員を待ち構え、取材を申し込んだ。

しかし「選挙期間中は忙しくて対応できない」「候補者のスケジュールは決まっていない」といった理由で、取材に応じてもらえないケースも多かった。

それでも、畠山さんは諦めない。

「この候補者だったら、今日はたぶんこのあたりを回るだろう」と予想して、自転車や自動車で移動しながら、候補者を探す。あるいは、電車に乗って区内の各駅で降りて、駅前で演説していないか確認する。

そんなふうにして、なんとか候補者を見つけて、会いにいく。

「ハラハラしますが、会えたときの感動といったらないですね。向こうは『本当に会いにきたのか』とビックリしますが、『ここまでして会いにきたなら、なにか話さなければいけないな』と思ってくれるんですよ」

「選挙取材は何年やっても飽きない」という畠山理仁さん。4月22日の朝、Zoomで取材に応じてくれた(撮影・亀松太郎)
「選挙取材は何年やっても飽きない」という畠山理仁さん。4月22日の朝、Zoomで取材に応じてくれた(撮影・亀松太郎)

「政治というのは、やっぱり人間がやるもの」

そんな苦労を重ねて69人の候補者全員に会ってみると、いろいろな発見があった。

「たとえば、大きな政党に属している候補者でも、独立系の候補者よりも独自の戦い方をしている人がいたり、政党のイメージと全く異なる主張をしている人がいる。これは、全員に会ってみないとわからないことでした」

すべての候補者に会ってみて、畠山さんが痛感したのは「政治というのは、やっぱり人間がやるものなんだな」ということだ。

「現場を回ってみると、この人だったら4年間おつきあいしてもいいんじゃないかと思える人がたくさんいた。それは大きな発見で、『杉並って、いい候補者がたくさんいるな』と思いましたね」

多くの有権者にも、そんな発見をしてほしい。そう考えた畠山さんは、ほとんど睡眠を取らずに、撮り溜めた「候補者たちの動画」を編集して、YouTubeにアップしたのだ。

「有権者の人たちが、たった1分でも候補者の動画を見ることで、何かを感じてもらえればいい」

畠山さんはそう期待する。

「選挙も人づきあいと同じです。ちらっと見ただけで、声をかけてみようかなと思う人もいれば、目を合わせたくないなという人もいる。そんな勘を働かせてもらうために、動画を公開したということですね」

選挙でおなじみのポスター掲示板。しかし、ポスターだけではわからないことも多い(撮影・亀松太郎)
選挙でおなじみのポスター掲示板。しかし、ポスターだけではわからないことも多い(撮影・亀松太郎)

候補者を絞り込んでから「動画」を見るという手も

畠山さんが撮影した「杉並区議選の全候補者の動画」は、こちらのプレイリストから見ることができる。

また、杉並区の住民有志が運営している候補者紹介サイト「杉並区議選ドラフト会議」では、各候補者のプロフィール情報からこの動画にアクセスできるように、リンクを張っている。

69人すべての動画を見るのは時間的に難しい。そんな人は「ドラフト会議」で、ある程度の人数まで候補者を絞り込んでから、それらの動画を見てみるというのも良いだろう。

統一地方選の投票日は、4月23日である。

※参考記事:「あなたの推しは誰?」投票に行きたくなる、かもしれない新感覚ウェブサイト

記者/編集者

大卒後、朝日新聞記者になるが、3年で退社。法律事務所リサーチャーやJ-CASTニュース記者などを経て、ニコニコ動画のドワンゴへ。ニコニコニュース編集長としてニュースサイトや報道・言論番組を制作した。その後、弁護士ドットコムニュースの編集長として、時事的な話題を法律的な切り口で紹介するニュースコンテンツを制作。さらに、朝日新聞のウェブメディア「DANRO」の創刊編集長を務めた後、同社からメディアを引き取って再び編集長となる。2019年4月〜23年3月、関西大学の特任教授(ネットジャーナリズム論)を担当。現在はフリーランスの記者/編集者として活動しつつ、「あしたメディア研究会」を運営している。

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