Yahoo!ニュース

「あなたの推しは誰?」投票に行きたくなる、かもしれない新感覚ウェブサイト

亀松太郎記者/編集者
推しの候補者を探せるウェブサイト「杉並区議選ドラフト会議」(撮影・亀松太郎)

4月23日の投票日に向け、全国で統一地方選が展開されている。そのうちの一つ、東京都杉並区の区議選では、選挙管理委員会が投票率アップを目指して「ボートマッチ(投票マッチング)」を企画したが、途中で断念に追い込まれた

「ボートマッチが中止になったのは釈然としない。自分たちで何かできないか」。そう考えた杉並区の住民有志が区議選に合わせて、「杉並区議選ドラフト会議」という新感覚のウェブサイトを立ち上げた。

キャッチコピーは「あなたの推しは誰!?」。利用者が気になる政策を選ぶことで、多数の候補者の中から自分の「推し」を探せるサイトだ。

運営者は「スマホで簡単に見られるので、電車の中などで気軽にチェックしてもらいたい」と話している。

「俺たちにも何かできないか」と発案

「自分はフリーランスで動きやすいので、一応代表ということになっていますが、別に選挙のことに詳しいというわけではないんですよ」

そう語るのは、サイトを運営する杉並デモクラティックボートの田中はじめさんだ。2月中旬に杉並区選管のボートマッチが中止になったとき、地元の居酒屋で話題になり、「俺たちにも何かできないか」と盛り上がった。

杉並区選管の「ボートマッチ」が中止されたのをきっかけに、企画が動き出した(撮影・亀松太郎)
杉並区選管の「ボートマッチ」が中止されたのをきっかけに、企画が動き出した(撮影・亀松太郎)

「最初はボートマッチをやろうとしたんですが、技術的に難しくて断念しました」

知り合いから紹介してもらったウェブ制作チームの助けを借りて、3月から4月にかけて急いでサイトを作った。できあがったサイトは非常にシンプルな作りだが、その分、「動きが軽快で使いやすい」と好評だ。

サイトにアクセスすると、杉並区議選(定数48)に立候補した69人の顔写真と名前が表示される。表示順はランダムで、アクセスするたびに変わる。写真をタップすると、「新人/現職」「性別」「政党」といった基本情報のほか、具体的な政策に対する候補者のコメントが映し出される。

「杉並区議選ドラフト会議」のサイトにアクセスすると、まず69人の候補者の顔写真と名前が表示される(撮影・亀松太郎)
「杉並区議選ドラフト会議」のサイトにアクセスすると、まず69人の候補者の顔写真と名前が表示される(撮影・亀松太郎)

ここまでだと単なる候補者紹介サイトだが、ユニークなのは「推しを探す」という機能だ。

スマホ版の場合、画面右下に「推しを探す」というボタンがある。それをタップすると、「新人/現職」「性別」などの基本情報や、「学校給食の無償化について」「パートナーシップ制度について」といった政策に関する項目を選べるようになる。

利用者が気になる項目にチェックを入れると、それに該当する候補者だけが表示されるという仕掛けだ。

「区政」だけでなく「国政」に関する項目も

何もチェックが入っていない初期状態では、69人全員が表示される。

しかし、たとえば「現職4期以上」「学校給食の無償化に賛成」を選ぶと、2人に絞り込まれる。また「女性」「重要視する政策:ジェンダー平等」を選ぶと、7人が表示された(4月17日時点)。

杉並区の岸本聡子現区長と田中良前区長への評価を5段階で問う項目もある。岸本区政を最高の5点とする候補者は3人。前区政を5点とする候補者は1人。つまり、区長への評価をもとに絞り込むことも可能だ。

利用者が気になる項目にチェックを入れると、候補者が絞り込まれる(撮影・亀松太郎)
利用者が気になる項目にチェックを入れると、候補者が絞り込まれる(撮影・亀松太郎)

具体的な政策に対する意見は、連絡先がわかる立候補予定者全員に事前アンケートを送って、回答を反映させたという。そのため、アンケートに返答していない候補者は基本情報のみで、政策への意見は見られないという課題がある。

「残念ながら、まだ全員から回答をいただけていませんが、返答を待っています。できるだけ多くの候補者の回答を反映したいと考えています」(田中さん)

もう一つ気になるのは、ピックアップされている政策の内容だ。「学校給食の無償化」や「都市計画道路・再開発問題」といった区政に直接関連する項目のほか、「選択的夫婦別姓」や「憲法9条」といった国政レベルの項目もある。

その点について、ある候補者は「原発問題など、杉並区と直接関係ない項目がいくつも並んでいるのは違和感がありますね。むしろ区政の問題について、もっときめ細やかに聞くべきでしょう」と指摘する。

区議選なのに、国政レベルの政策について質問しているのは、なぜなのか? 

「区議選だとしても、この国で暮らしているときに重要な問題については聞いておきたいと思いました。投票する人たちも、候補者が選択的夫婦別姓などの問題についてどんな意見を持っているのか、知りたいのではないでしょうか」(田中さん)

現職議員の「議案への賛否」を比較するチラシ

杉並区では、他の住民有志も「投票率アップ」のために活動している。

告示翌日の4月17日。JR荻窪駅の前で「4月23日 選挙に行こう!」と書かれたチラシを配る女性の二人組がいた。

チラシの裏面には「杉並の区議さんは、何に賛成、反対したのかな?」という言葉が躍る。その下にあるのは、48人の現職区議(一部は元職)の名前が入った一覧表。杉並区議会で問題になった「議案」の一部について、各議員が賛成したのか反対したのか、○と×でわかりやすく整理しているのだ。

48人の議員の「議案への賛否」が一覧表になっている(撮影・亀松太郎)
48人の議員の「議案への賛否」が一覧表になっている(撮影・亀松太郎)

「隣の中野区で同じようなチラシを作っている人がいて、参考にさせてもらいました」。それぞれの議案に対する賛否は、杉並区議会のサイトから資料をダウンロードして調べた。

一人はデザイナー、一人は編集者兼イラストレーター。子供の絵本などを制作している二人は、昨年7月に就任した岸本聡子区長の行動に共感しているというが、このチラシは投票率アップのためと説明する。

「区議選で誰を選んでいいかわからない。そんな人のために、それぞれの区議がどんな意見を持っているのか知ってもらうのが目的です。これをきっかけに区議選に興味を持ってもらって、一人でも多くの人に投票に行ってほしい」

このチラシに掲載されているのは、区議会の実際の「議案」に対する賛否だ。したがって客観的なデータにもとづいた比較だと言えるが、一方で、取り上げるのが「現職議員」に限られてしまう面がある。

その点について、ある新人の候補者は「新人が載っていないのは不公平に感じる。事前にアンケートするなどして、新人候補の意見も反映してもらえるとうれしい」と要望していた。

杉並区のJR荻窪駅前では、投票を呼びかけるノボリがはためいていた(撮影・亀松太郎)
杉並区のJR荻窪駅前では、投票を呼びかけるノボリがはためいていた(撮影・亀松太郎)

「区議選はテレビで扱わないので関心を持ちにくい」

選挙割すぎなみ2023」というプロジェクトもある。一昨年の衆院選、昨年の区長選に続くキャンペーン企画だ。

杉並区議選で投票した際に「投票済証」をもらい、飲食店や古着屋などに持っていくと、料金が安くなったり、食べ物がサービスされたりする企画だ。4月17日の時点で、約20店が協力している。

投票率アップが狙いということだが、具体的な数値目標はあるのだろうか?

「特に目標を決めているわけではないですが、前回より1ポイントでも上げたいです。昨年の区長選は37%だったので、今回はせめて40%までいってほしい」

プロジェクトのメンバーの竹下ミホさんはこう語る。

4月17日の夕方。JR荻窪駅の前では、複数の候補者が「投票へ行きましょう」と呼びかけていた。そのうちの一人に意見を聞くと、こんな答えが返ってきた。

「衆院選や参院選に比べると、区議選はテレビでも大きく扱われないので、有権者が興味を持ちにくい。区は地域のみなさんの生活に一番関わりがある施策をしているのに、自分に関係がないと思っている人が多い。その意味では『杉並区議選ドラフト会議』や『選挙に行こう!』のチラシのような試みはすごく良いと思います」

前回2019年の杉並区議選の投票率は、39.5%だった。はたして、今回はどうだろうか?

記者/編集者

大卒後、朝日新聞記者になるが、3年で退社。法律事務所リサーチャーやJ-CASTニュース記者などを経て、ニコニコ動画のドワンゴへ。ニコニコニュース編集長としてニュースサイトや報道・言論番組を制作した。その後、弁護士ドットコムニュースの編集長として、時事的な話題を法律的な切り口で紹介するニュースコンテンツを制作。さらに、朝日新聞のウェブメディア「DANRO」の創刊編集長を務めた後、同社からメディアを引き取って再び編集長となる。2019年4月〜23年3月、関西大学の特任教授(ネットジャーナリズム論)を担当。現在はフリーランスの記者/編集者として活動しつつ、「あしたメディア研究会」を運営している。

亀松太郎の最近の記事