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「地方選挙こそボートマッチが必要」投票率低下にどう歯止め?

亀松太郎記者/編集者
ボートマッチに詳しい松本正生・埼玉大学名誉教授(撮影・亀松太郎)

4年に一度、春に実施される統一地方選挙。4月23日に投票が行われる後半戦では、全国の市区町村の首長や議員が選ばれる。

そのうちの一つ、東京都杉並区の区議選では、選挙管理委員会が自治体として初めて「ボートマッチ(投票マッチング)」の実施を予定していた。しかし総務省から「公選法に抵触する恐れがある」と指摘され、断念した。

※参考記事:「選挙っていつまでも変わらない」自治体初のボートマッチを断念した杉並区「夜の区役所」で語られた言葉

ボートマッチは、選挙の際に有権者がウェブでいくつかの設問に答えると、自分の考えに近い候補者を知ることができるサービス。国政選挙や知事選では大手メディアなどが実施しているが、市区町村の議会選挙となると、そこまで手が回らないのが実情だ。

そんな中、投票率の低下に歯止めをかけようと、杉並区の選管がボートマッチを企画したのだが、実現できなかった。この動きをどう評価すべきか。そもそも、ボートマッチにはどんな効果と課題があるのか。ボートマッチに詳しい松本正生・埼玉大学名誉教授に聞いた。

全国各地で実施される統一地方選
全国各地で実施される統一地方選写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ

ヨーロッパと異なる「日本型ボートマッチ」

ーーボートマッチはどのようにして始まったのでしょうか。

松本:ボートマッチの起源はヨーロッパのオランダです。その後、ドイツやベルギー、スイスなどでも導入されました。そこでは、政党が選挙前に発表した政策集(マニフェスト)に基づいて、NGOのような第三者機関が主体となってボートマッチを実施しています。ボートマッチは、各政党の政策と有権者の意見がどうマッチするのか分かる仕組みなのです。

ーー日本でボートマッチが本格的に実施されたのは、2007年の参院選が最初ということですね。

松本:ヨーロッパの場合は、各政党が政策集をきちっと作って公表するから、それに基づいてボートマッチを実施すればいいのですが、日本の場合はそうではなかった。一方、選挙になると各メディアが「候補者アンケート」をしていたので、それをもとに各党の政策のような形でまとめ、有権者にも同じアンケートに答えてもらって、政党と有権者の一致度を示すようにしました。

ーーヨーロッパと日本では、ボートマッチの前提条件が違うわけですね。

松本:ただ、2007年のころは、民主党が自民党と拮抗する勢力になっていて、有権者も自民と民主のどちらを選ぶのかという点で、わかりやすい構図がありました。「自分はどちらの政策に近いのか知りたい」という人たちがボートマッチに関心を持ちやすい環境があったと言えるでしょう。

ーーその後、他の新聞社もボートマッチを実施するようになりました。

松本:民間ベースでボートマッチが広がったことは意義があります。しかし、ヨーロッパのように政党が公表した政策集ではなく、候補者のアンケートに基づいて実施しているという点は、ボートマッチの基準が定まらないという課題につながっています。各メディアが別々にアンケートを実施して、それぞれ独自にボートマッチを作成するため、メディアごとに違う結果が出てしまうわけです。

杉並区の選挙管理委員会が作成したパネル。20代の投票率は約20%しかない(撮影・亀松太郎)
杉並区の選挙管理委員会が作成したパネル。20代の投票率は約20%しかない(撮影・亀松太郎)

このままだと投票率はジリ貧になっていく

ーーたしかに、複数のボートマッチの結果が違うと、どれが正しいのかよくわからないと感じてしまいますね。ところで、今回、杉並区が自治体としては初めて、ボートマッチを実施しようとしましたが、どう考えたらいいでしょうか?

松本:率直に言うと、すごいなと思いました。選管は普通、そういう冒険的なことをしないので、よく選管がやる気になったな、と。

ーー杉並区の選管としては、特に若い世代に選挙に関心を持ってもらう手段としてボートマッチを企画したということなんですが、地方選挙でのボートマッチは意義があるといえますか?

松本:そう思いますね。私も、国政選挙だけでなく、地方選挙でもボートマッチを実施したほうがいいのではないかと思っていました。地方議会の議員さんの情報はメディアでもあまり流れていないので、地方選挙でこそボートマッチを実施する意味があるのではないか、と。

ーー本来は、選管ではなく、メディアが地方選挙のボートマッチを実施してくれるといいのでしょうが・・・

松本:メディアが実施すれば面白いと思いますが、今のメディアにはそこまでの余力がないですよね。だから、選管が「ボートマッチをやろう」という気になったのも理解できます。投票率がどんどんジリ貧になっていく中で、そこに歯止めをかけられる方策って、なかなかないでしょうから。

ーーしかし、総務省から「選挙運動にあたる可能性がある」として「待った」がかかりました。

松本:おそらく、実施の方法しだいだろうと思います。ボートマッチの設問を誰がどのように決めるのか。そのプロセスをきちんと公開していくことが必要でしょう。いろいろな課題をクリアしたうえで、ボートマッチという形を通じて、「いま地域社会で問題となっているのはこういうことなんだ」と提示するのは意味があるのではないかと思いますね。

ーー杉並区の選管は今回、総務省の指摘を受けてボートマッチを断念したわけですが、今後、どう考えていけばいいでしょうか。

松本:これをきっかけに、ボートマッチの意義について改めて議論が広がるといいですね。「自治体が実施するのはやっぱり難しい」ということであれば、メディアがどこか手を挙げるとか、地元の有志が集まってボートマッチを企画するとか。地方選挙を盛り上げるために、なんらかの動きが起きると面白いんですけどね。

記者/編集者

大卒後、朝日新聞記者になるが、3年で退社。法律事務所リサーチャーやJ-CASTニュース記者などを経て、ニコニコ動画のドワンゴへ。ニコニコニュース編集長としてニュースサイトや報道・言論番組を制作した。その後、弁護士ドットコムニュースの編集長として、時事的な話題を法律的な切り口で紹介するニュースコンテンツを制作。さらに、朝日新聞のウェブメディア「DANRO」の創刊編集長を務めた後、同社からメディアを引き取って再び編集長となる。2019年4月〜23年3月、関西大学の特任教授(ネットジャーナリズム論)を担当。現在はフリーランスの記者/編集者として活動しつつ、「あしたメディア研究会」を運営している。

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