Yahoo!ニュース

岸田総理の国民に対する「賃上げ約束」は果たされるか

城繁幸人事コンサルティング「株式会社Joe's Labo」代表
(写真:イメージマート)

先日、来年度予算の成立後に岸田総理が行った会見において「デフレ完全脱却の歴史的チャンス」との言及があり、各紙のヘッドラインにも流れました。

【参考リンク】岸田首相「デフレ完全脱却の歴史的チャンス」…中小賃上げや生産性向上目指す

筆者自身もそうですが、この言葉に強い違和感を覚えた人も多いはずです。

というのも、現在日本の消費者物価は22か月連続で日銀の掲げる2%目標を超えており、人々はデフレではなくインフレの心配をしている状況です。

「デフレ脱却の歴史的チャンス」などと言われても、いったいどこの国の話なのか疑問に感じて当然でしょう。

いや、政府自身も電気・ガス価格激変緩和対策事業や燃料油価格激変緩和補助金などを通じて物価高対策を行っていますから、知らないわけはありません。

日本がいまだデフレ真っ最中でその脱却が最重要だと言うなら、あらゆる種類の補助金を即日廃止すれば済む話でしょう。

実は、安倍政権から続く現政権には、同様にいくつかの矛盾点が特徴的にみられます。いい機会なので、それらの矛盾点についてまとめておきましょう。

そうした矛盾をつないでいくと、彼らが日本の現状をどうとらえているか、どこに行こうとしているのかがおぼろげながら見えてくるはずです。

また、同会見では総理は国民に対して「年内に物価を上回る賃上げを実現する」とも明言していますが、果たしてそれは実現するのでしょうか。

アベノミクス以降の矛盾した政策が意味するもの

2012年に始まった第2次安倍政権には、以下のような明確な、そして矛盾した特徴がみられます。

・民間企業の賃上げに固執する

“官製春闘”という言葉はもはや定着した感すらありますが、共産主義でもない日本で民間の賃金水準に政府が介入するのはそれ自体矛盾した行動です。

そもそも政府や日銀には賃金水準をコントロールする手段がありません。

・その割に、賃上げを阻害する本丸にはけして触れようとしない

とはいえ「賃上げを阻害している障害を取り除き、賃上げしやすい環境づくりをする」ことは可能です。

日本の場合は解雇規制を緩和すること、そして高騰する社会保険料の負担を労使から軽減することが該当します。

ただ、なぜか安倍政権ではこうした政策は全く手を付けられていません。

・“賃金抑制政策”は実行する

一方で、実質的な定年の延長や、社会保険料の引き上げは一貫して続いています。

90年代に60歳に引き上げられた定年は、2000年代に65歳までの雇用確保措置が義務化され、ついに安倍政権下の21年には70歳までの雇用努力が法改正で明記されることとなりました。

まだ努力義務ですが、既に大手企業は採用や春闘において「70歳まで雇い続けられるか」を基準に判断しはじめています。

はっきりいって強烈な賃金抑制圧力です。

社会保険料もそうですね。子ども・子育て拠出金(という名目の社会保険料)を導入してサラリーマンの手取りを減らしたのは他でもない安倍政権です。

そしてその矛盾した傾向は、子育て支援金という名目で新たに社会保険料を上積みする岸田政権にもしっかり引き継がれているように見えます。

冒頭の会見でも「今年中に物価を上回る所得の実現」を国民に約束する等、むしろ賃上げへのこだわりは安倍政権以上です。

政府は「企業よ!賃上げは任せたぞ!」と言い続けるしかない

以上のような矛盾点の数々からは、以下のような現実が見えてきます。

1.彼らは単純に「物価さえ上げれば給料は上がる」と考えていた

2.(賃金が上がらない本当の理由をさっぱり理解していなかったため)定年の度重なる引き上げや社会保険料の引き上げといった賃金ブレーキ政策を躊躇なく同時に実行してしまった

3.物価だけは上がったものの賃上げが追い付かないという現実を今さら認められないため、何が何でも賃上げするよう企業にはっぱをかけ続けている

これが、アベノミクスから岸田総理の「新しい資本主義」の、掛け値なしの実態でしょう。

そう考えれば「物価高に対しガソリン等の補助金をばらまきつつデフレ脱却千載一遇のチャンスを叫ぶ」という意味不明な冒頭の会見も、少なくとも背景くらいは理解できるでしょう。

ちなみに、政府による賃上げ応援の声は大きければ大きいほど「自分たちはやるべきことはやっている。上手くいかなかったら企業が悪い」という言い訳にはなるため、今後も続くと思われます。

インフレのしわ寄せの届きにくい一部の輸出大手の正社員か、会社と対等以上の交渉が可能な優秀者は、比較的物価に応じた賃上げを獲得できる可能性は高いです。

でもそれ以外の人にとっては長く厳しい冬の時代が続くはずです。

唯一の解決策があるとすれば、より好待遇の職への転職だけでしょう。本来、組織内で評価されない人ほど率先して転職するのが筋であり、そういう人が年功給に胡坐をかいてしがみつけてしまっていた従来がぬるま湯すぎではありました。

そういうポジションの人ほど、今後は生きるために転職市場に打って出ざるを得なくなるというのが、ひょっとするとアベノミクスの数少ない功績かもしれません。

人事コンサルティング「株式会社Joe's Labo」代表

1973年生まれ。東京大学法学部卒業後、富士通入社。2004年独立。人事制度、採用等の各種雇用問題において、「若者の視点」を取り入れたユニークな意見を各種経済誌やメディアで発信し続けている。06年に出版した『若者はなぜ3年で辞めるのか?』は2、30代ビジネスパーソンの強い支持を受け、40万部を超えるベストセラーに。08年発売の続編『3年で辞めた若者はどこへ行ったのか-アウトサイダーの時代』も15万部を越えるヒット。08年より若者マニフェスト策定委員会メンバー。

城繁幸の最近の記事