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NTTの思い切った賃上げは日本を30年間の眠りから目覚めさせるか

城繁幸人事コンサルティング「株式会社Joe's Labo」代表

先日、NTTがグループで採用する新卒の初任給を14%以上引き上げると発表し、話題となりました。専門性が高い人材に対してはさらに10%上積みして24%引き上げるとのことで、近年例のない賃上げとなります。

【参考リンク】NTT、大卒初任給14%増 人材獲得で、23年4月

もともと同グループは従来の年功賃金からジョブ型賃金への切り替えを進めています(管理職は2021年より。一般従業員にも拡大予定)。

年功賃金をやめた場合、スタートラインとしてぎりぎりまで低く設定されていた初任給の底上げは不可欠でしょう。

ただ、現在の日本の状況を考えると、これは単なる一企業の意思決定のレベルを超えた影響を引き起こす可能性があります。重要なポイントをまとめておきましょう。

物価上昇を阻む日本型雇用という防波堤

米国、欧州の消費者物価が前年比で8%を超える一方で、日本はいまだ2%台という緩やかな物価高にとどまっています。

【参考リンク】日米欧の物価上昇率の比較

色々な理由が指摘されていますが、筆者は「過去30年間ほとんど上がらなかった日本人の賃金」が本丸だとみています。賃金が上がる見込みがないため、企業側の価格転嫁が進まないためです。

ちなみに岸田総理と日銀の黒田総裁も賃上げの重要性で一致しているので、筆者と同じスタンスだと思われます。

【参考リンク】賃上げの重要性「意見一致」=黒田日銀総裁、岸田首相と会談

ではなぜ日本人の賃金は上がらないのか。

それは日本型雇用においては労使が雇用の維持を最優先するため賃上げには消極的であること、実際に解雇や賃下げには極めて高いハードルがあることが理由です。

要するに、賃上げの余裕があっても将来何があるかわからないから我慢しようと考える労使が多いということですね。

また、この20年で定年が実質的に60歳から65歳に引き上げられ、さらに昨年4月には70歳雇用が努力義務化されたことも大きく影響しています。

「雇用を死守しなければならない期間」が(年金財政が厳しいからというお上の都合で一方的に)10年も延ばされたら、労使としてはさらなる賃金抑制で対応せざるを得ないのです。

まとめると、日本には構造的に賃金が上がりづらい事情があり、それが企業による価格転嫁を抑えているということになります。

賃上げと価格転嫁のマグマは溜まっている

ただ、そういう事情に納得しない人達もいます。これから社会に出る新人や、転職市場でいくらでも選択肢のある優秀層がそうです。

彼らは年功給とは無縁の外資系企業や新興企業に、より高い処遇で就職するという選択肢があり、実際に優秀層ほどそうした選択を行う傾向にあります。

【参考リンク】NTT、さらば「GAFA予備校」 人材流出阻止へ人事改革

また企業側もいつまでも価格転嫁を我慢できるわけでもなく、コスト高を企業努力だけで吸収するのは早晩限界に達するでしょう。

つまり、なにかをきっかけとして、上記のサイクルが逆転、一気にインフレのマグマが噴き出す可能性があるということです。

NTTは長く日本の基幹産業の雄として存在感を維持し続けてきたマンモス企業であり、多くの大手企業が賃上げや人事制度のモデルとしてベンチマークの対象とし続けています。

同社の思い切った賃上げ姿勢が大手各社に波及し、来年春闘において賃上げが大きな動きとなる

→ 価格転嫁のタイミングをはかっていた企業が一斉に動き、幅広い業種で物価が押し上げられる

という流れは十分にあり得ると考えています。

インフレと聞くと、70年代に20%を超える物価高に見舞われたオイルショックを連想する人も多いでしょう。オイルショックで経済の効率化を進めた日本は、その後の80年代に世界でも一、二を争う経済大国へと成長しました。

当時とはあまりに置かれた状況が違うため一概には言えませんが、“令和のオイルショック”の到来は、30年間眠り続けていた日本社会を揺さぶり起こすきっかけとなるかもしれません。

人事コンサルティング「株式会社Joe's Labo」代表

1973年生まれ。東京大学法学部卒業後、富士通入社。2004年独立。人事制度、採用等の各種雇用問題において、「若者の視点」を取り入れたユニークな意見を各種経済誌やメディアで発信し続けている。06年に出版した『若者はなぜ3年で辞めるのか?』は2、30代ビジネスパーソンの強い支持を受け、40万部を超えるベストセラーに。08年発売の続編『3年で辞めた若者はどこへ行ったのか-アウトサイダーの時代』も15万部を越えるヒット。08年より若者マニフェスト策定委員会メンバー。

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