Yahoo!ニュース

【NHL】20歳で選んだ指導者の道。悲願達成なるか。

加藤じろうフリーランススポーツアナウンサー、ライター、放送作家
フロリダ・パンサーズのヘッドコーチ、ポール・モリース(sportsnet.ca)

カロライナ・ハリケーンズを破って、1996年以来のスタンレーカップ・ファイナル進出を決めたフロリダ・パンサーズ。チームの指揮を執るポール・モリースは、若くして指導者の道を歩き始めました。

それは、ジュニアのOHL(オンタリオ・ホッケー・リーグ)でプレーしていたときのことでした。

相手選手が放ったスラップシュートがスティックに当たり目を直撃。幸いにも視力を失う重傷にまでは至りませんでしたが、ホッケー選手としてのキャリアに終止符を打たざるを得ませんでした。

やむを得ない理由とはいえ、そのときのモリースの年齢はまだ「20歳」。

指導者への道を選択したモリースは、OHLでキャリアを積み、1995年、ハートフォード・ホエーラーズのアシスタントコーチに就任。NHLでの指導者キャリアをスタートさせたのです。

そのシーズンのハートフォードは、開幕から低迷が続き、ヘッドコーチであるポール・ホルグレンを解任。アシスタントコーチのモリースをヘッドコーチに昇格させたのです。そのときモリースの年齢は「28歳」。1979年にワシントン・キャピタルズの指揮を執ったゲイリー・グリーン(26歳)に次いで、NHL史上2番目に若いコーチとなったのです。

1997年、ハートフォードがカロライナに移転し、チーム名を「カロライナ・ハリケーンズ」とした後も、モリースはカロライナで指揮を執り、2001-02シーズンには、チームをスタンレーカップ・ファイナル進出へと導きました。

その後、AHLトロント・マーリンズ、NHLトロント・メープルリーフス、遠くロシアのKHLメタルーグ・マグニトゴルスク、そして、再び北米に戻り、NHLウィニペグ・ジェッツでも指揮を執ったモリースですが、積み重ねたNHLでの勝利数は、「817」。これを上回る成績を残したコーチはたった5人だけ。

今回、イースタンカンファレンス・ファイナルでカロライナと対戦したモリース。

彼が指揮を執ったNHLでの試合数は「1767」ですが、そのうち、カロライナ(前身のハートフォードも含む)での試合数は「920」にも及びます。「3人の子供たちも、カロライナにいた時に誕生しているから、さまざまな感情があふれている」と語ったモリース。

また、対戦相手だったカロライナのヘッドコーチであるロッド・ブリンダモアは、かつてカロライナでプレーした選手。その当時のヘッドコーチはモリースだったのです。モリースの下で、コーチ業を学んだブリンダモアとの対戦も、「さまざまな感情」があふれていたに違いありません。

ベンチで指揮を執るポール・モリースと、キャプテンのロッド・ブリンダモア(前列左)(写真提供: canescountry.com)
ベンチで指揮を執るポール・モリースと、キャプテンのロッド・ブリンダモア(前列左)(写真提供: canescountry.com)

イースタンカンファレンスの第8シードとして、プレイオフで戦っているフロリダ。

過去の歴史を紐解くと、今回のフロリダのような第8シードのチームがスタンレーカップを獲得したのは、2012年のロサンゼルス・キングスのみ。

22年に及ぶNHLの指導者キャリアの中で、未だ、スタンレーカップを手にしたことがないモリース。果たして、悲願のスタンレーカップを掲げることはできるでしょうか。

※フロリダ・パンサーズに関する筆者記事

【NHL】試合時間は5時間44分!第1戦からファンは寝不足に?

【NHL】氷上が帽子ではなくネズミでいっぱい!その理由は???

フリーランススポーツアナウンサー、ライター、放送作家

アイスホッケーをメインに、野球、バスケットボールなど、国内外のスポーツ20競技以上の実況を、20年以上にわたって務めるフリーランスアナウンサー。なかでもアイスホッケーやパラアイスホッケー(アイススレッジホッケー)では、公式大会のオフィシャルアナウンサーも担当。また、NHL全チームのホームゲームに足を運んで、取材をした経歴を誇る。ライターとしても、1998年から日本リーグ、アジアリーグの公式プログラムに寄稿するなど、アイスホッケーの魅力を伝え続ける。人呼んで、氷上の格闘技の「語りべ」 

加藤じろうの最近の記事