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「新しいパンツに履き替えなさい!」シーズン真っ只中にもかかわらず、NHLが突然の通達を出した理由は?

加藤じろうフリーランススポーツアナウンサー、ライター、放送作家
NHL歴代最多勝GKのマーティン・ブロデューア(Photo:Jiro Kato)

当サイトに、一昨日掲載した、

の記事で触れたとおり、オールスターゲームが終わり、NHLのレギュラーシーズンが後半戦に入りました。

これからプレーオフへの出場権を懸けた戦いが、激しさを増してきますが、NHLはシーズンが佳境へ向かうこの時期に、全てのGK(ゴールキーパー)に対して、通達を出しました。

どのような内容かと言うと、、、

「プレー中に着用するパンツを、改定された規定に則した、新しいパンツに履き替えなさい」

というもの!

カナダのメディアによると、この通達は1月中頃に全30チームへ送られ、来季から導入される予定だった規定を前倒しして、「明日(現地時間)から全てのGKが順守するように」と記されているとのことです。

▼アイスホッケーのGKはプレーヤーより大きな防具をつける

話を進めていく前に、アイスホッケー選手がプレー中に着用するパンツについて、簡単に紹介しましょう。

激しいコンタクトプレーがある上、最も早いシュートは「108.8マイル(およそ175キロ=オールスターゲームのスキルズコンペティションでの歴代最速値)」にも至るだけに、選手たちはヘルメットと防具をつけて試合へ臨みます。

なかでもシュートを受けるGKは、顔を覆うゴーリーマスクをはじめ、下の写真のように、プレーヤーよりも大きな防具をつけてプレー。

昨季のベストGKに輝いたブレイデン・ホルトビー(Rights of Jiro Kato)
昨季のベストGKに輝いたブレイデン・ホルトビー(Rights of Jiro Kato)

近年は防具も向上し、丈夫で軽量な物が増えてきましたが、 GKはプレーヤー(FW&DF)よりも、およそ倍の重さの防具をつけて、試合に臨まなくてはなりません。

▼GKは両足につけたパッドの下にパンツを履いてプレー

今回の規定の対象となっているGK用のパンツとは ↓ このような物です。

GKはサスペンダーで止めたパンツの上に、レガードと呼ばれる防具を両足につけてプレーをします。(写真は上半身用の防具とユニフォームを脱いだ状態)

GKはレガードと呼ばれる防具を両足につけてプレーする(Rights of Jiro Kato)
GKはレガードと呼ばれる防具を両足につけてプレーする(Rights of Jiro Kato)

NHLは、このGK用のパンツについて、太ももの部分を1インチ(およそ2.5センチ)細くした上、丸みを帯びた形状にするよう通達しました。

▼得点シーンがたくさん見られるように!

太ももの部分を細くするのは、もちろんシュートが止められる確率を下げるため。一方、丸みを帯びた形状にするのは、シュートのリバウンドが不規則に落ちる可能性を減らし、セカンドチャンスが生まれやすくするためだと報じられていますが、このような改革を実施するのは、一にも二にも「得点シーンがたくさん見られるように!」という狙いであるのは明らか。

両チームがゴールを争うスポーツでは、無用な失点を防ぐために様々な戦略が講じられ、ロースコアの試合が増えている傾向は否めません。

NHLも同様で、昨季のレギュラーシーズン全1230試合の平均得点は、1試合あたり「5.34」(両チームの合計得点)

丁度10年前(2005-06シーズン)は、「6.17」だったため、アリーナに足を運んだファンは、10年前のほうが、1試合あたり、およそ1回多くゴールシーンを見て(応援しているチームか否かは別ですが・・・)、楽しむことができたのです。

▼進化を続けるGK

しかしながら、前述したように、各チームがディフェンスの強化に注力しているのに加え、GKのプレーも進化し続けています。

昨季のレギュラーシーズン(各チーム年間82試合)で、半分以上の試合に出場したGKの中で、高評価が与えられる目安となるセーブ率(100本シュートを受けた際に、何本セーブしたかのアベレージ)92%以上をマークした選手は「12人」

対して10年ほど、さかのぼってみると、ドミニク・ハシェク(当時・オタワ セネタース)、ミッカ・キプラソフ(同カルガリー フレイムス)、ヘンリク ・ランドクウィスト(ニューヨーク レンジャーズ)の「3人」だけ。

この数字が物語るように、NHLのGKは進化を続けているのです。

▼改革を続けるNHL

NHLも、このような流れを看過していたわけではなく、いくつかの改革を試みてきました。

まずは ↓ こちらをご覧いただきましょう。

アジアリーグの試合が行われるアイスリンク(Rights of Jiro Kato)
アジアリーグの試合が行われるアイスリンク(Rights of Jiro Kato)

この写真は、日本のトップチームも加盟しているアジアリーグの試合会場を、ゴール裏から見たものです。

続いてNHLのホームゲームが行われるアリーナ↓も、ご覧ください。

NHLのホームゲームが行われるアリーナ(Rights of Jiro Kato)
NHLのホームゲームが行われるアリーナ(Rights of Jiro Kato)

アジアリーグのリンクとの違いに、お気づきですか?

まず氷上の青くペイントされている(筆者が記した白色☆のある)場所が、「ゴールクリーズ」

この場所は、相手チームの選手が味方のパスを待ち続けるなど、パックがない状況で、とどまっていることが禁じられているエリアで、いわばGKの聖域。

アジアリーグをはじめ、世界選手権などでも採用されている国際ルールに準じたアイスリンクより、NHLのアリーナはGKの聖域の両サイドがカットされ、狭くなっています。

また、その後ろの赤い二本の線で区切られている場所(赤色★)は、GKがバックを扱うことのできるエリアです。

もし、ゴールラインよりも後ろにあるパックを、GKが赤い二本の線で区切られたエリアの外で扱ってしまったときは、ペナルティが課せられます。

この二本の線は、国際ルール仕様のアイスリンクには(ほぼ)存在せず、北米のアリーナ特有のもの。

NHLを頂点とする北米のアイスホッケー界では、GKのプレーする環境をシビアにする改革を続けることで、得点シーンがたくさん見られるように努めているのです。

▼最後の手段は !?

明日からの全面施行に先駆けて、なかには新しい規定に則したパンツで、既にプレーをしているGKも見られます。

「早く(新しいパンツを着用してのプレーに)慣れたい」と話し、オールスターゲーム前から着用しているセルゲイ ・ボブロフスキ(コロンバス ブルージャケッツ)のようなGKがいるのに対し、オールスターゲームで見事なシュートを決めた マイク ・スミス(アリゾナ コヨーテス)のように、「馬鹿げている」とNHLの通達の意図に、賛同しないGKも見られます。

明日以降、新しいパンツを着用したGKのプレーに、どのような影響が出るのか興味深いところではありますが、NHLが仕掛け続ける改革も、選手たちの力によって年を追うごとに効果が薄れ、数年経つと元に戻ってしまうのが、これまでの通例。

おそらく、、、もとい、まず間違いなく、プレー中に着用するパンツを、「新しいパンツに履き替えなさい!」との通達によって、「得点シーンがたくさん見られるようになる」という効果も数年後には薄れ、元の木阿弥になってしまうでしょう。

このような流れを振り返ると、最後の手段として考えられるのは、「ゴールポストを巨大化する」以外には、ないのかもしれません???

フリーランススポーツアナウンサー、ライター、放送作家

アイスホッケーをメインに、野球、バスケットボールなど、国内外のスポーツ20競技以上の実況を、20年以上にわたって務めるフリーランスアナウンサー。なかでもアイスホッケーやパラアイスホッケー(アイススレッジホッケー)では、公式大会のオフィシャルアナウンサーも担当。また、NHL全チームのホームゲームに足を運んで、取材をした経歴を誇る。ライターとしても、1998年から日本リーグ、アジアリーグの公式プログラムに寄稿するなど、アイスホッケーの魅力を伝え続ける。人呼んで、氷上の格闘技の「語りべ」 

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