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中学受験・学校選びの隠れたポイント~その学校はいじめ防止基本方針をホームページで公表していますか?~

神内聡スクールロイヤー・兵庫教育大学大学院教授
(提供:イメージマート)

いじめ防止基本方針を公表している私立中高の割合

過熱する中学受験ブームにおいて、「どの学校を受験するか」という学校選びのポイントは様々です。

一般的には、校風、大学進学実績、校舎・設備、カリキュラム、制服、部活動などが学校選びのポイントになることが多いでしょう。

しかし、スクールロイヤーという仕事をしていると、職業柄、どうしても最初にチェックしてしまうポイントがあります。それは「その学校のホームページに『いじめ防止基本方針』を公表しているか」という点です。

いじめ防止対策推進法13条は、

学校は、いじめ防止基本方針又は地方いじめ防止基本方針を参酌し、その学校の実情に応じ、当該学校におけるいじめの防止等のための対策に関する基本的な方針を定めるものとする。

と規定しており、各学校で学校の実情に応じた「いじめ防止基本方針」を策定することを義務付けています。

また、同法のガイドラインである「いじめの防止等のための基本的な方針」では、「策定した学校いじめ防止基本方針については、各学校のホームページへの掲載その他の方法により、保護者や地域住民が学校いじめ防止基本方針の内容を容易に確認できるような措置を講ずる」と示しており、各学校で策定したいじめ防止基本方針をホームページで公表することを推奨しています。

ところが、実際にいじめ防止基本方針をホームページで公表している私立学校はどのくらいあるのでしょうか。

文部科学省が毎年度実施している「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」によると、令和4年度の調査結果では、いじめ防止基本方針をホームページで公表している私立中学校は42.8%、私立高校は38.2%にすぎません。

つまり、半分以上の私立中高はいじめ防止基本方針を公表していないのです。

いじめ防止基本方針を公表しているか・していないかは、私立学校の教育力を直接的に示す指標ではないので、中学受験の際にはほとんど関心を持たれるポイントではありません。

しかし、いじめ防止基本方針は「学校の実情に応じて」策定するものなので、その内容を読むと、学校の校風や教育方針は少なからずわかります。それだけでなく、「進学実績」「国際性」「探究学習」「SDGs」などといった華やかでわかりやすい指標と比べると地味ではありますが、その学校の実直な生徒指導のあり方や、生徒と教員の距離感なども推察できます。

したがって、いじめ防止基本方針は志望校を選ぶ受験生にとっても、他校と差別化を図りたい学校にとっても、重要な指標となり得るのです。

いじめの取組みに関する公立・私立・国立の学校差

実はいじめの取組みに関しては、公立・私立・国立では統計上も差異があることがわかっています(詳細は下記文献をご参照下さい)。とりわけ、公立・私立・国立で差があるのが、いじめ問題に関する校内研修の実施と、いじめ防止基本方針の公表です。

下記の表をご覧いただけると、その差がよくわかります。

(文部科学省「令和4年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」より筆者作成)
(文部科学省「令和4年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」より筆者作成)

前述のとおり、私立中高でいじめ防止基本方針をホームページで公表している学校は4割程度ですが、国立大学附属校でも中学校は8割程度で、高等学校だと6割弱なのは意外に思われるかもしれません。

特筆すべきは、文部科学省のガイドラインを比較的忠実に遵守する傾向にある公立学校であっても、どの項目も100%ではないという点です。例えば、いじめ問題に関する校内研修を実施している高等学校は、公立であっても75%程度で、4分の1の公立高校は校内研修を実施していません。さらに言えば、私立中高でいじめ問題に関する校内研修を実施している割合は3割程度しかありません。

これは大変興味深い傾向です。なぜなら、いじめ防止対策推進法のガイドラインの運用では、重大事態対応のように法律では必ずしも求められていない事項であってもガイドラインに記載されていれば徹底的に遵守されている事項がある一方で、校内研修のようにそうではない事項もあるからです。

例えば、いじめ重大事態に関しては、いじめ防止対策推進法の法律本体に「保護者の申立てがあれば、それだけで重大事態が発生したものとして調査を開始する」とは一言も書いていないにもかかわらず、重大事態調査ガイドラインで「保護者の申立てがあれば、たとえ学校がそう考えていなくても重大事態が発生したものとして調査に当たること」と記載されているため、ほとんどの学校では保護者の申立てだけでもいじめ重大事態調査組織を設置するなどの徹底的なガイドラインの遵守が実務上も行われていますが、重大事態調査よりもはるかに負担が少ないと考えられるいじめ予防等の校内研修の実施に関しては、さほどガイドラインを遵守しているわけではないのです。

ガイドラインだけに捉われず、学校の実情に応じた現実的ないじめ防止基本方針を策定する必要性

いじめ防止基本方針は学校のいじめに対するスタンスを示す重要な指標であり、ガイドラインでもホームページでの掲載が推奨されていますが、だからと言ってガイドラインどおりに方針を策定すればよいかというと、そうではありません。むしろ、ガイドラインは法律が方針に求めている事項以上に、あれこれと方針で記載する内容に注文を付けすぎているのです。

いじめ防止対策推進法13条が方針に求めていることはたった1つだけ、「その学校の実情に応じた方針を策定する」ことです。それなのに、ガイドラインであれこれと方針で記載する内容を細かく規定してしまうとどうなるか。

①どこの学校も似たり寄ったりの方針の内容になり、学校の実情に応じた方針が作れなくなってしまう

②ガイドラインに忠実な方針を作ると、かえって学校の実情に合わない非現実的な内容になり、いざ実際にいじめ対応をする時に自分たちが作った方針どおりに対応できず、困ってしまう

③あまりにもあれこれ書きすぎた方針になると、今度は見直すことを忘れがちになり、同じ方針が何年も見直されずに放置されてしまう

といった問題が起きてしまいます。

しかも、ガイドラインで「いじめ防止基本方針で盛り込むべきである」と求めている事項は、よく読んでみると「本当にそうなのかな?」と思うような内容も少なくありません。ガイドライン制定時の審議の経緯をたどってみても、出典が明らかでなかったり、学術的な査読論文等で必ずしも検証されたりしているわけでもない見解が含まれています。

確かに、いじめ防止対策推進法13条は、ガイドラインを「参酌」することも求めていますが、何もガイドラインどおりに作成することを義務付けてはいません。

ガイドラインはあくまでも法律を解釈する際の基準の一つにすぎず、法律よりも優先されることはありません。まずは、法律で求められている「学校の実情に応じた」いじめ防止基本方針を策定することが重要であり、さらに学校の実情が変化したのであれば、絶えず見直すことが重要です。

いじめ防止対策推進法とそのガイドラインは、それで救われた子どもたちが存在することは真実である一方、実際の日常的な子どもの人間関係や学校現場の現実をあまりにも無視した内容によって子どもたちや教員にかえって多大な負担を負わせている面もあることもまた、実務上明らかです。

いじめの議論においては、ネットやメディアで紹介されている特定の立場のみに依拠した主張に偏りがちですが、それだけでなく、法律やガイドラインどおりにいじめ対応するとかえってうまくいかず、現場で本当に困っている子どもたちや先生方の実情にもちゃんとアクセスして、公正な議論を展開していくべきだと思います。

参考文献

神内聡(2021)「いじめ対応に関する公立高等学校と私立高等学校の比較」『現代学校経営研究』27号186-193頁

スクールロイヤー・兵庫教育大学大学院教授

スクールロイヤー。日本で初めて法曹資格を持つ教師として活動し、現在は教職大学院で「チーム学校」や外部人材の効果検証、教師文化、法教育等の研究活動を行う。また、教師の経験を活かし、学校現場に詳しい弁護士として様々な学校のスクールロイヤーを担当する。専門は学校経営論。高校では公共・世界史の授業や部活動顧問等を担当。東京大学法学部卒業、同大学院教育学研究科修了。専修教員免許(中学社会・地理歴史・公民)を取得。著書に『学校弁護士 スクールロイヤーが見た教育現場』(角川新書)、『スクールロイヤー 学校現場の事例で学ぶ教育紛争実務Q&A170』(日本加除出版)等。

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